対話と会話の違いを意識しよう
新聞やテレビを見ると、政治問題、経済摩擦、教育問題などさまざまな分野で「対話での解決を模索しています」といった表現が、よく使われています。
ところで、「対話」と「会話」の違いは何でしょうか。対話は「ダイアローグ(dialogue)」であり、“dialogue"はギリシャ語 “dialogos"という言葉から生まれました。“logos”は「言葉」、“dia”は「~を通して」という意味を表します。言葉を通してつながる、話し合いをすることが“対話”なのです。
天津で行われた日本語教育国際大会で、劇作家平田オリザは、対話とは「あまり親しくない人同士の価値や情報の交換、あるいは親しい人同士でも価値観が異なるときに起こる擦り合わせなど」と定義しています。いろいろな考え方、定義がありますが、私は、対話とは「異なる価値観を持つ人とやり取りをする中で、聞き手と話し手双方が、他者理解と自己理解を図り、新たな価値観を創り出すもの」だと考えています。
では、日本語教育では対話教育を積極的に行っているかというと、実際にはあまり「対話」と「会話」の違いは意識されていません。初級では会話力アップを目指し、中級になると「議論やスピーチがちゃんとできるように」と意気込み、さらに上級になると「ディベートができるクラスにしなくては……」となります。どうも「対話力を付けてもらおう」という教師の意識は、あまり見えてきません。
実は、一つのクラスで、異なる文化・価値観を持った人々が共に学ぶ、日本語教育の現場こそ、まさに「対話の場」として理想的な所だといえるのですが。
こうした対話という視点で初級教科書を見てみると、問題点が浮かび上がってきます。まず最初に文型導入、文型定着のための練習、そしてその文型を使っての応用練習。ロールプレイといっても、その課で習い覚えた文型を使うためのモノだったりします。場面状況があるといっても、それは「その文型のための場面設定」でしかないのです。同様に、その文型を使った会話練習が求められます。
異なる文化・価値観を持つ学習者が、その違いを出し合い、話し合い、さらに新たな価値を創り出すことに、日本語学習の意味、対話を軸とした教育の意味があるのです。習い覚えた文型・語彙を駆使して、自分の言いたいことを伝え、他者と語り合い、新たな価値を創造する過程こそが、意味あるものだと言えます。
もちろん会話力アップも、とても大切ですが、同時に対話力アップを図ることで、「伝え合う/語り合う日本語」「自己表現のための日本語」、そして「人とつながる日本語」が可能になると言えます。
「初級で、対話だなんて!」という声がよく聞かれますが、それは思い込みでしかありません。また、「初めに文型ありき」の教科書を使っていると、文型を磨き上げることに力を注ぎ、ついつい文型に目が行ってしまい、「何のために文法・語彙を学んでいるのか」ということが、なおざりになりがちです。
ここでちょっと「初めに行動目標ありき」の教科書『できる日本語 初級』を見てみます。14課「国の習慣」は「異なる文化の中で楽しく生活するために、習慣・文化・ルールを知り、自分の意見を簡単に言うことができる」ことが、課の行動目標です。14課を勉強しているクラスで、日本人を招いた授業がありました。次は、そこでのやり取りの一部です。
留学生A:日本人の若い者は、いつも、お年、人(お年寄り)に席を譲りません。びっくりしました。譲らなければなりません。本当に変と思います。
日本人:Aさんは譲りましたか。
留学生A:あの、私も見ていました。譲らなくてもいい感じしましたから。
日本人:他の人はどうですか。そういう経験、ありますか。実は、私は、とても疲れているときは、譲りません。
留学生B:私は、します、します。年上? 年をとった人は、譲ります。
留学生C:日本は家が遠いですから、疲れている人が多いと思います。だから、日本人がお年人を見たときに、席を譲らないと思います。
留学生D:ちょっと見て、「自分の国と違う」考えてはいけませんね。
日本人ビジターもびっくりするほど、いろいろな対話ができた授業でした。
嶋田和子
アクラス日本語教育研究所代表理事。著書に『できる日本語』シリーズ(アルク、凡人社)、『OPI による会話能力の評価(共著)』(2020 年、凡人社)、『人とつながる 介護の日本語』(2022、アルク)など多数。趣味:人つなぎ、俳句 目指していること:生涯現役
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