10年前、学校の立ち上げ時に選んだのが『できる日本語』
――早速ですが、『できる日本語』をこちらの学校で採用することになった経緯を教えていただけますか。
友国際文化学院は、開校したのがちょうど10年前で、2014年の10月なのですが、開校当時から『できる日本語』を使っています。元々私はグループ校である友ランゲージアカデミーで勤務していましたが、新規に友国際文化学院を立ち上げるための担当になりました。
それで、もう1人のメンバーとともに「進学を目的とした、新しい学校を立ち上げるけれども、教材は何を使おう」ということで、いろいろな教科書を分析したりする中で、友国際文化学院のこういう人材を育てたい、という教育目標を達成するためには『できる日本語』しかないんじゃないかということになり、この教科書を使うことにしました。
――そうだったんですね。その教育目標とはどのようなものですか。
一言で言うと、自立(自律)した人間を育てる、ということです。日本語教育を通して、この多文化共生社会の中で自立した人間を育成する、自分の頭で考えて行動できる人を育てる。だから、学校では知識をどんどん入れていくだけじゃだめで、「知って・使って・考えて」ということができる教科書があるといいと思っていて。学校立ち上げの時期は『できる日本語』が出たばかりのときでしたが、「これだ!」と思いました。
それから教育目標の中には「対話」という言葉も入っているぐらい、「対話」がすごく大切だと立ち上げメンバーとは話していて、友国際文化学院は「対話」を強化したいね、と。対話を重視している『できる日本語』を見たときに、もうこれしかないと思いました。
学校の目標に向かって授業や評価を設計する
――では採用すると決めてから、学校内の具体的な準備の面ではどうでしたか。
使うために準備した期間は3カ月です。10月開校だったので、7、8、9月の3カ月で集中して行いました。準備としては、まず教科書の分析ですね。教科書を読み込んでいくわけですが、読めば読むほど、ここではこれを言わせたいのか、とかこことここを比較させたいんだな、ということが分かるんですけど、もう1回読むとまた新しい発見があって。でも友国際文化学院が育てたい学生はこういう人っていうのが先生たちの頭の中にある状態で教科書を見ることができたので、そうするとここは力を入れたいよね、とかここはあんまり大切じゃないよね、というように見ていけました。
それから評価も同時に考えなければなりません。ただ漠然と1課、2課のテストを作るというだけではなく、友国際が育てたい人材という教育目標があって、そこまで持ってくるために使うテキストがあって、会話試験だったり作文、音読の試験だったりで評価をする。そして評価のためには、日々の授業がある。そういう教育目標までの流れの中で評価はどうあれば齟齬がないか、と考えるのはすごく大変でした。
――今の話は、学校の目標に向けて「日本語教育の参照枠」を参考にしてカリキュラムや評価を作って認定機関として申請してね、という今、必要になっている作業と同じことをやっていますよね?
はい、だからあの時、苦労してよかったと思っています。今、認定のために取り立てて動いているということはなくて。『できる日本語』がすでに参照枠に沿っているので齟齬がないというか。今までやってきたことを文字化して落とし込むだけ。文字化するのが難しいんですけどね。
結局、どういう人材に育てたいという目標があって、教材がある。この教科書なら教えやすいからとか、今まで漢字圏の学習者が多かったけど非漢字圏が増えたから教科書を変えようとか、そういうことじゃないんだと思います。教科書から授業が始まるわけじゃない。
なので、参照枠に沿ってどこの学校でも現場Can-do作るってなった時も、今、この教科書のここをやってるからこのCan-doとかじゃなくて、将来学生が巣立つときにどうなっていてほしいかってところから逆算していくことがすごく必要になるかなっていうのは思いました。
――今でこそ、「逆算する」という考え方は認知されてきていますが、その当時から、というのはご自身の経験からくるものですか。
そうですね。私はもともといろんな学校を非常勤で掛け持ちしていました。それぞれ、主婦だったり、子どもや進学したい人だったりと、学生の国籍や年齢、何を求めて来ているか、という特徴も違いました。ただ、どこに行っても同じ教科書を同じように目的なく使って、同じ授業をやっているのに疑問を感じていて。それぞれの学校の教育理念とか教育目標を先生たちが知っているかというと誰も知らなくて、ネットで検索しないと出てこないというのもおかしいな、と思って。
じゃあ何のために授業をしているかというと、今、目の前にいる学生のために授業をしているんですね。それはすごく大切なんですけど、対処療法的な教え方になってしまっていて。目の前にいる学生が文法をもっと勉強したいと言えば文法、JLPTの勉強をしたいと言えばJLPT。「方針はないの?」というのをずっと思っていて。
それで指標となるものが欲しいと思っているときにCEFRを聞きかじりました。何か目指すものがあって、そのために組み立てていく授業は、何で日本語学校で行われてないんだろうって思いました。そして結局、私は言葉を教えるだけじゃなくて、言葉を使って人を育てたいっていう風に思ってることに気が付いて。そのタイミングで立ち上げの話が出ました。
私、今の教育理念、教育目標とか暗記して言えるぐらいで、それにつなげて授業していく、評価していくことが大切だと思ってこの学校を立ち上げました。
――何をするにもそこに立ち戻って、ということですね。
はい、そうです。でも働いている先生方にもそれが理解されるように働きかけていくことが必要だっていうことが始めは分からなくて。学校の方針に賛同して来てくれているのだから説明しなくてもいいだろうって思っていた時期もありました。
ただ、目指すものを都度確認しないとみんな、分からなくなってしまうし、教務主任などがきちんと「こっちに行きます」って言わないと行ってくれないということが分かってきて。それで半年に1回、講師会議で教育目標を確認して、何回も教育目標に立ち返るようにしています。
新しい教科書を使う際の教師への働きかけは?
――やはり、意識して立ち戻る作業が必要なんですね。他の先生方への説明、という点で、立ち上げ時はそれまで使っていた教科書と変える、ということになったわけですが、一緒に働く先生たちへは具体的にどう働きかけたのでしょうか。
『できる日本語』はこういうコンセプトのテキストで、と先生方で理解したうえで使ってみようか、となったときに、まず使っている授業を見てみたいということになり、著者の学校であるイーストウエスト日本語学校さんに何度もお邪魔して、授業見学もさせてもらいました。著者である先生にも説明も受けました。それで、目指しているものに近づけそうだということで、納得していきました。
訪問した中には専任の先生だけでなく、非常勤の先生も入っていました。それが良かったのかなと思います。専任だけじゃなく、非常勤の先生も行って、みんなで納得してこのテキストを選ぶことができました。そこからまた後で新しい先生が入ってきても、納得しているメンバーが教えることになるので、そこは良かったです。
最初のメンバー以降、新しく入った方で経験のある方に対しては、「今まで使っていたテキスト」を聞いて、それと比較してこの教科書のコンセプトは、っていうのを説明します。前のテキストで使った教案を切り貼りして『できる日本語』を教える先生もいたりするので、「そうじゃないんです、ゴールを達成するためにここがこうなっていて」というのを説明していきます。それから学校で実際授業しているところを見てもらう。それで1、2カ月に1回クラスミーティングがあるので、そこでどんな問題があるとか、どんな授業をしているというのを確認して軌道修正していきます。「使える日本語を身に付けてほしいけどどうしたらいいか」という悩みを抱えつつ入ってくる先生は、割と早くやり方に賛同していただけて、戸惑うことなく移行できました。
でもやっぱり全く経験のない方だと、『できる日本語』は教科書に振り回されやすい。授業によっては『文法ノート』を開くことがあったり、語彙リストがあったりということもあって振り回されるというのがすごくあります。やるべきことを間違えてしまう先生も多くて、コミュニカティブにやればいいんだと思って文法の説明を一切しないとか。場面状況だけ見せて「こんな時、こう言います」の「こんな時」が「どんな時」なのか説明していない、ということがある。
新人研修はコンセプトの説明だけすればいいって思ってたんですけど、語学なので語彙も文法も説明しなければいけない、先生は分析をしなければいけない、積み上げじゃないといっても積み上げる部分はある、とかをちゃんと伝えきれていなかったと反省しました。
新人の先生にもやはり授業見学はたくさんしてもらっています。見学する授業の範囲の教案を作ったうえで見学してもらい、実際の授業は自分が作った教案とどう違うか見てもらったりしています。疑問に思ったり気付いたりしないと成長しないと思うので。
――ああ、その方法は漠然と授業見学をするよりもいいですね! 先生間の話で言うと、『できる日本語』での授業の引き継ぎはどうしていますか。
クラスによってなんですが、『できる日本語』はスライドにして授業では教えているので、基本はそのスライドを共有することで、ここでこんな説明をしたというのが分かるので、それは1つ引き継ぎになります。
あとは学期の始めの段階で担任がこの日はどこまでやるのか、この次にはこれをやって、というようにクラスの中で流れを決めてしまう。そうすると特に疑問は出なくなりました。日報を書くときは、とにかくつまずいたところは書くようにしてください、ということにしておく。そうすると翌日入った先生がフォローしてくれます。
授業の流れは一律ではなく、クラスによって決めています。クラスの担任が、そのクラスの3か月後のゴールに向けてそのゴールに達するにはどうするか、学校のCan-doを確認しながら決めて、クラスに入る先生に共有し、その流れで進めていきます。ゴールに達成するためにどうしたらいいか話し合う機会が多くて、先生同士で連携して進める教科書なので、先生の間では話し合いが増えましたね。
JLPT対策には向かない教科書?
――御校は進学に向けた学校ですが、「進学向きではない教科書だ」「JLPT対策には向かない教科書だ」という声を聞くことがあります。これについてどう思われますか。
まず、進学にはすごく適した教科書だと思います。実は本当は最初は、「進学に向かないんじゃないか」と思ったんですが、『できる日本語』ってすごく作り込まれていて。私、初級の11課と初中級の3課が大好きなんです。初級の11課で過去を振り返る活動があるんですが、ただ振り返るんじゃなくて今、どうして日本で勉強しているのかにつながるように振り返ってもらいます。初中級3課では未来を語ることになるので、じゃあ将来何をやりたいのかっていうことを過去からつなげる形で考えてもらいます。来日して数カ月でここまで行くので、進学を意識できるという意味でこんないい教科書はないと思います。あとはやっぱり、大学でも専門学校でも話せる人が求められていますよね。そう考えると初級のうちから話す練習をしておくと面接にも役に立つし、進学向きの教科書だと思います。
それからJLPTなんですけど、個人的には『できる日本語』をやっていればJLPT対策はいらないって思っていて。特に聴解に関しては全く問題ないです。聴解は初級から日々、「聞いてみよう」で聞いたり、コマイラストごとに聞いたり、聞き取れなかったら何回も聞く、というのを繰り返しているので何も対策していなくても聴解だけは満点だったりとか、はっきり効果が出ていると思います。
読解に関しては副教材の『漢字たまご』で情報検索の練習が出てきますよね。全部読み込むんじゃなくてキーワードや漢字を探して答えを探す練習をするので、『できる日本語』を使っている人にとっては情報検索は点を稼げるところになるんじゃないでしょうか。あとは語彙と文法などの言語知識についてはもう、教科書をしっかりやって覚えるしかない。
そうは言っても、やっぱりイラストばっかりのテキストだと学生も合格できるのか不安になっちゃうんですよ。ですのでN3以上のクラスでは選択授業という形で週1回対策を行っています。N3以上になると、読解については精読だったり短文・中文・長文だったりっていうのはテクニックもあるので別途対策が必要かなと思います。接続詞とか品詞とか複雑になってきたりするので、そこは対策しています。 対策したから受かるというよりは、学生が安心するっていうのと、学校全体でJLPTに向かう空気が作れるっていう、そういうことの方が大きいかなと思いますけど。
学生の不安に対して丁寧にフォロー
――「全くのゼロで来た学習者」への対応にはどうしていますか、という質問もよく出るのですが。
国でやってきたやり方と違うという戸惑いに対して、「そうじゃなくてこの学校でこういう方針でやっていて、だからこういうテキストを使っているよ」っていうのを母語でできるときは母語で説明します。ただ説明するよりも、やっている中でその良さが分かってくる部分もあるので、とにかく繰り返しやっていきます。
ただ、学生が不安に思っていることをちゃんとフォローすることは大事で、学生によって語彙と文法を何を覚えているか分からないっていう学生がいるので、その学生にはここを見てねって言って、課の終わりの語彙リストだったり、あと索引の見方もちゃんと説明したり、あとは翻訳リストも渡して、翻訳リストを教科書に書き込んでもらったりとかして、語彙はこれだっていうことを覚えてもらう。 文法が分からないっていう風になると、後ろのここが文法一覧で、ポイント一覧のところも見て、課が終わった後にまとめる時間を作って。で、この課で習った語彙はここです。課で習った文法がここにありますっていうのを毎回毎回繰り返して。習慣付けですね。
長い学生だと慣れるのに3カ月かかるので、もうほんとに不安でしょうがないっていう学生には『できる日本語』のものではないですが、文法解説の翻訳本を渡しています。でも渡しているけど、あんまり効果はなかったかな。やっぱり解説を読むよりも自分でちゃんと理解したときに学生の不安って消えるので。なので1個1個手当することが大事だと思っています。
「座っているだけ」では過ぎていかない授業
――この教科書を使い始めてから、学生の変化というのは感じますか。
そうですね、やっぱり話さないと授業が成立しないっていうところで話す力はアップしたと思います。学生たちが国で受けてきた教育とちょっと違ったりするので、話していいんだ、話すって楽しいなあ、話しながら語学って学んでいくもんなんだな、と感じているようです。これまでの教科書だと、初級のときはあんまり話さなくてよくて、レベルだけ上がっていって、中級ぐらいから会話の練習とかが多かったのが、もう来たばっかりのときから自己紹介で「私がこんな文でしゃべっていいんだ」、とすごく楽しそうです。やっぱり座っているだけで過ぎていく授業じゃないというところがすごくいいなと思います。
――教科書を変えたことでの先生たちの変化を感じることはありますか。
先生方が自分で考えるようになったと感じます。今までだと文型とか語彙とか、今日はこれを教えるということが決まっていましたけど、そうじゃなくてこれを教えることが何につながるんだろうっていうのを先生たちがいつも考えるようになりました。で、考え始めるとやっぱり楽しいのでアイデアも増えてくるんですね。
特に非常勤の先生ですが、こんなアプリを見つけたので、授業で取り入れたらいいと思いますって提案してくれたり、今の授業をもっと良くするために効果的な何かを外で仕入れて来たりと、自発的に動いてくれるようになって、学校としてはすごく活性化していい状態で。それはやっぱり目標に向かってこの教科書を使えているからだと思います。
たまに『できる日本語』を導入したのに結局うまく使えなくて、という話を聞くこともあるんですが、じゃあ『できる日本語』を使って何がしたかったのかを聞くと明確に答えられなかったりする。「目的・目標」を持って教科書を選び、使ってほしいと感じることが多いです。
――今日はたくさんお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
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