対話で、教科書に多様な香りを!
いよいよ最終回となりました。このシリーズは、教科書を見る日、使う力、そして日々の教材を作る力を養うことを目的に、皆さまと対話をしたいと、スタートしました。
長い日本語教師人生で私が関心を抱いてきたのは、(1)いかにして学習者の運用能力を伸ばすことができるか、(2)いかにして教師力をアップすることができるか、ということでした。どちらも、教科書の選択、使い方で、大きく変わってくるものです。だからこそ、「教科書を考えてみませんか」という問い掛けとなりました。
そこで最終回は、教師力アップに焦点を絞ってお話ししたいと思います。
「教科書を教える」ではなく「教科書で教える」と言われていますが、むしろ教科書を乗り越え、「今、ここで」を大切にしていくことが重要です。つまり、学習者と学びの場を共有し、場・関係性を重視した教育実践をしていくことこそが大切だ、と言えます。そして、教科書はそれをサポートするものとして存在しているのです。教科書は絶対的なモノではなく、学習者との対話によってさまざまな香りを醸し出すものなのです。
もう一度、繰り返したいと思います。教科書は、学習者の接触場面から生まれ、接触場面と密接な関係で使用されていることを忘れてはなりません。私は前に『LIVE from TOKYO一生の日本語を聴き取ろう』という教科書を作りました。著者がICレコーダーを持って、コンビニ、ファミレス、切符売り場……とさまざまな場面でのやり取りを録音し、それを教材化したものです。ちょっと薬局での会話をご覧ください。
「胃のむかつき、もたれをとるんですけど、ま、一緒に胃の中の粘膜を修復してあげて、それで痛みなんかも改善してくれるお薬になってますので」
これを聞いた学習者たちは「~てあげる・てくれる」の使い方に敏感に反応し、「これはおかしい!」「ううん、『~てくれる』は許せるけど、『てあげる』は絶対変!」と大騒ぎ。教科書の中の「雑菌のない蒸留水」のような日本語ではないものに触れ、他者との対話、自己との対話が生まれ、そこから新たな気付きが生まれていきました。
教師が変われば、学習者が変わる!
ゴールまであとわずかとなりました。長い間お付き合いくださって、本当にありがとうございました。最後に、「なぜ日本語教師という仕事がこんなに楽しいのか」についてお伝えしたいと思います。
日本語教師を始める前の私と「現在の私」を比べると、大きく成長したと思えます。物を見る目、人との関係性の築き方、仕事の仕方、さまざまなことが変わりました。何よりも「正解を求めがちだった私」「自明のことを疑おうとしなかった私」「教師の仕事は上手に教えることと思っていた私」などなど、数え上げたらきりがないほどの「かつての私」が消え去りました。育ててくれたのは、学習者、教師仲間、地域社会の人々、さまざまな仲間でした。
特にOPIとの出会いは、私の言語教育観を大きく揺さぶる大事件でした。4日間のワークショップを受けた私は、まさに「目からうろこ状態」。それまでコミュニケーション重視の教育をやってきたと思っていた私は、その甘さに気付いたのです。そこから、タスク先行型の教育、プロフィシェンシー重視の教育、教科書研究が始まり、学校自体も変わっていきました。<教師が変われば、学習者が変わる。学習者が変われば、学校が変わる>という言葉を、身をもって体験した私は、次の関心事として「日本語教師教育」を選んだのです。
ここでもう一度、日本語教師の魅力についてお伝えしたいと思います。それは「常に成長し続けることができる」ということです。私自身まだまだ発展途上ではありますが、仲間といっしょに切磋琢磨しながら「生涯現役」を目指して、日本語教師人生を歩み続けたいと考えています。読者の皆さんといつか、どこかでお目にかかって「すてきな対話」ができることを楽しみに、これからも教科書作りを続けます。最後に、私の座右の銘をお伝えして、お別れしたいと思います。
学ぶとは誠実さを胸に刻むこと
教えるとは希望を与えること
嶋田和子
アクラス日本語教育研究所代表理事。著書に『できる日本語』シリーズ(アルク、凡人社)、『OPI による会話能力の評価(共著)』(2020 年、凡人社)、『人とつながる 介護の日本語』(2022、アルク)など多数。趣味:人つなぎ、俳句 目指していること:生涯現役
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