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『できる日本語』を使った「評価」について考えてみませんか 第1回 試験のあり方を見直す

2011年に『できる日本語』第1弾が誕生してから12年経ちました。その間、多くの方が手に取り、実践してくださっていますが、いまだに評価についての質問が多く寄せられます。それは、『できる日本語』が目指していることを理解すること、また「評価とは何か」について理解を深めることで、「なんだ、そういうことだったのか!」と、すとんとご理解いただけると思います。そこで、「『できる日本語』を使った実践における評価」について、「日本語教育の参照枠」(文化審議会国語分科会)を引用しながら、3回シリーズでお伝えすることにしました。

なぜ「『できる日本語』を使った実践における評価」を取り上げるのか

評価について、研修会やセミナー等でよく出される質問に、次のようなものがあります。

 

*Can doベースの教科書だから、パフォーマンス評価になりますよね? 語彙・文法といった項目の試験はしないんですか。

*会話、とくにロールプレイはどう評価しますか。

*最後の【できる!】って、どのように評価したらいいんでしょうか。

 

最初のご質問に対して、ちょっとお応えしてみましょう。

もちろん語彙・文法の項目も試験として実施します。言語的知識も大切です。ただ、もしかしたら、出し方、やり方が皆さまが考えていらっしゃる試験内容とは違っているかもしれませんね。

ここで、皆さまが実施している「紙筆試験」の語彙・文法問題をちょっと思い出してみてください。学習者の学びをサポートするような試験問題になっているでしょうか。ただ断片的な知識を問うような試験をしていませんか。

話を進めるにあたって、2021年に文化庁から出た「日本語教育の参照枠」(以下「参照枠」)の「評価」に関する記述部分を軸にして、「『できる日本語』」を使って、具体的にどんなふうに評価活動を行うのか」ということについて、例を示しながら説明をしていきます。

具体的には「多様な評価の在り方と事例」として「参照枠」に示されている<①試験 ②パフォーマンス評価 ③自己評価 ④相互(ピア)評価 ⑤ポートフォリオによる評価>という5つの分け方に基づいて、『できる日本語』での実践例などを挙げながら解説を進めていきます。

本シリーズの内容は、以下のとおりです。

  

   第1回 試験のあり方を見直す

   第2回 パフォーマンス評価に向き合う

   第3回 「次の学びにつながる評価」に取り組む

 

評価には、目的や実施時期、内容などによって「診断的評価/形成的評価/総括的評価」がありますが、ここでは、「参照枠」の考え方に基づき「学習者の熟達度についての評価」に焦点を当てることにします。

 

CEFRでは、評価を言語学習のプログラムの広義の評価(evaluation)という広い問題ではなく、限定的な意味でのアセスメント(assessment)として扱っていることから、本報告でも、評価については熟達度評価を中心に示すこととする。(「参照枠」p.78)

「参照枠」における<評価の3つの理念>と<言語教育観の3つの柱>

「参照枠」を熟読なさっている方には、まさに「耳たこ」だとは思いますが、ここで改めて触れておきたいと思います。評価の3つの理念として、次のように記されています。(「参照枠」p.74)

 

1.生涯にわたる自律的な学習の促進

2.学習の目標に応じた多様な評価手法の提示と活用推進

3.評価基準と評価手法の透明性の確保

 

ここで、「自律的な学習」「多様な評価手法」「透明性」という3つのキーワードに注目してください。「誰が、何のためにする評価」なのかを明確にし、次の学びにつながる評価であることが求められていると言えます。今回は、評価についてのお話ですので、まずは評価の3つの理念についてお伝えしましたが、もう1つ大切なこととして参照枠における「言語教育観の3つの柱」があります。(「参照枠」p.6)

 

1.日本語学習者を社会的存在として捉える

2.言語を使って「できること」に注目する

3.多様な日本語使用を尊重する

 

「できること」に注目とあることから、Can doベースの教科書では、言語的知識は重要視されていないという誤解が生まれてくるのかもしれません。また、現場ではCan doに関して、「活動Can do」にばかり(だけ)目を向ける嫌いがあることも大きな課題と捉えています。実は、「参照枠」には、1.活動Can do 2.方略Can do 3.テクストCan do 4.能力Can doの4つの「言語活動についての言語能力記述文」が記されています。こうした基本的なことを押さえておけば、さまざまな誤解も解けていくと思われます。

現場で行われている試験を見直す

Can doベースの教科書を手にすると、パフォーマンス評価にばかり目が行きがちである

とお伝えしましたが、『できる日本語』の特徴として、<場面・状況を重視し、さらに言語的知識も大切にしている>ということがあります。「参照枠」がいう「能力Can do」もしっかり身につけることが求められています。だからこそ「『できる日本語』を使った日本語学習では、JLPTのN2までは、試験対策は必要なし」と言い切ることができるのです。

念のため、「参照枠」において記述されている4つの言語能力記述文について触れておきます。1.活動Can do、2.方略Can do、3.テクストCan do、4.能力Can doとなりますが、ここでは能力Can doに示されていることを引用しておきます。

 

「使用語彙領域」、「文法的正確さ」、「音素の把握」、「正書法の把握」、「社会言語能力」、「発言権」、「話題の展開」、「話し言葉の流ちょうさ」、「叙述の正確さ」などのカテゴリーを設けている。(「参照枠」p.13)

 

皆さんは、どんな文法の試験を実施しているでしょうか。場面・状況を重視し、さらに言語的知識も大切にした語彙・文法の試験をしているでしょうか。これは、『できる日本語』だから特別なのではなく、どんな教科書であっても大切にすべきことと言えます。

では、ここで、『できる日本語』教材開発プロジェクトがユーザーの方々にお送りしている試験問題を引用することにします。この試験問題や授業プリント等は、サイト「できる日本語ひろば」から申し込むことができます。

※サイト「できる日本語ひろば」

<テスト&プリント類>http://www.dekirunihongo.jp/?page_id=238

 

さきほど「『できる日本語』を使った日本語学習では、JLPTのN2までは、試験対策は必要なし」と書きました。そのためには、授業プリントなども紹介したいところですが、ここでは『できる日本語 中級 』の確認試験を抜粋して紹介することとします。

『できる日本語 中級』確認テストを例として

『できる日本語』教材開発プロジェクトが作成した確認テストは、初級と初中級は3課ごと、中級は2課ごとになっています。ここでは、中級の第5課&第6課の確認テストを抜粋して記載しますが、その前に少し説明を加えることとします。

既述したように、<場面・状況を重視し、さらに言語的知識も大切にしている>のが『できる日本語』の特徴の一つです。問題Ⅰは、その課のテーマに合わせた聴解問題です。問題Ⅱ~Ⅲは語彙の問題、問題Ⅳ~Ⅴは機能語の問題ですが、学習者にとって必然性のある文や談話の中で問うように心がけています。問題Ⅵでは動詞の活用の変化にも目を向けてもらい、最後の問題Ⅶでは、会話文の中で学習者自身に主体的に会話を考えてもらう問題となっています。

四角で囲った言葉がすべて平仮名になっている点にも注目してください。これは、漢字圏の学習者が漢字で意味を類推して分かってしまうのではなく、語彙として分かっているかどうかを確認したいからなのです。また、こうした確認テストは、課によっても、クラスによっても内容・形式は変わってきます。学習者に合わせて作成することが大切です。ここではあくまで一つのサンプルとして提示しました。



    

次に、上述したように『できる日本語』だからではなく、どんな教科書であれ、「場面・状況を重視し、さらに言語的知識も大切にした語彙・文法の試験」をすることが大切であることを示すために、2008年『プロフィシェンシーを育てる』の中で提示した試験問題を引用することにします。『できる日本語』が生まれるずっと前、「はじめに文型ありき」の教科書を使っている頃から、こうした点に配慮して紙筆試験を実施していたことがおわかりいただけると思います。

ずっと以前から行われていた「運用を重視し、会話の場面・文脈を重視した筆記試験」

単に言語的知識を問うような問題ではなく、語彙や機能語などを組み合わせて文章を作り出す力、場面・状況などを考慮してやり取りができる力などが測れる試験も考える必要があります。さまざまな例が考えられますが、ここでは『プロフィシェンシーを育てる』(凡人社)中の「プロフィシェンシーを重視した教育実践」(p.144-145)で示した事例の中から、2つ紹介したいと思います。それは、上述したように、『できる日本語』ができるずっと以前から行われていたものを示すことで、『できる日本語』だから!ではないということをお伝えしたいと思ったからなのです。

A  運用を重視したテスト問題

ねらい:ただ単に機能語を選択させる問題や、後件を書かせたりする問題ではなく、学習者が自ら文を生み出す力を見る問題も必要です。

【問題】次のことばを4つ以上使って、文を作ってください。

     ~として、~について、~に比べて、~につれて、~に対して、~にとって

B 会話の場面・文脈を大切にしたテスト問題

ねらい:場面や関係性によって、使用する文型は違ってきます。そのことをテスト問題を通して意識させることも1つの方法です。

【問題】「~なければならない」「~ことになっている」のどちらかを使って、会話文を完成してください。

     ~なければならない   ~ことになっている

銀行員:お客さま、恐れ入ります。ATMご利用のお客様は、こちらに1列に        。    

客A:えっ、そこに並ぶんですか? わかりにくいなあ。

銀行員:はい、申し訳ありません。

客A:Bさん、こっちじゃなくて、あそこに                   。   

客B:えっ? そうだったの……

 

銀行員の解答例:「お並びいただくことになっています」

 客Aの解答例:「並ばなきゃいけないんだって」

 

いかがでしたか。このあとの「教師のあり方」についても触れたいところですが、それは皆さまがそれぞれお考えいただくことにしたいと思います。私は久しぶりにこの箇所を読んで、大いに反省したことがあります。それは、「選択させる/書かせる/意識させる」と使役形を使っていることです。「使役は使わない」と研修会では言いながら、この頃はまだ論文などには若干残っていることに気が付き、大いに反省した次第です。

次回は、「パフォーマンス評価/自己評価/相互評価」を取り上げることにします。

参考文献

嶋田和子(2008)「プロフィシェンシーを重視した教育実践」鎌田修・嶋田和子・迫田久美子編著『プロフィシェンシーを育てる』凡人社、p.132~155

文化審議会国語分科会(2021)「日本語教育の参照枠」

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93476801_01.pdf 

(2024.3.1検索)

できる日本語ひろば http://www.dekirunihongo.jp/

嶋田和子

アクラス日本語教育研究所代表理事。著書に『できる日本語』シリーズ(アルク、凡人社)、『OPI による会話能力の評価(共著)』(2020 年、凡人社)、『人とつながる 介護の日本語』(2022、アルク)など多数。趣味:人つなぎ、俳句  目指していること:生涯現役

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