2011年に『できる日本語』第1弾が誕生してから12年経ちました。その間、多くの方が手に取り、実践してくださっていますが、いまだに次のような声が聞かれます。「Can doベースの教科書だから、語彙・文法といった項目の試験はしないんですか」「会話、とくにロールプレイはどう評価しますか」「最後の【できる!】って、どのように評価したらいいんでしょうか」。こうした質問に関しては、『できる日本語』が目指していることを理解すること、また「評価とは何か」について理解を深めることで、「なんだ、そういうことだったのか!」と、すとんとご理解いただけることと思います。そこで、「『できる日本語』を使った実践における評価」について、「日本語教育の参照枠」(文化審議会国語分科会)を引用しながら、3回シリーズでお伝えすることにしました。今回は最終回として「次の学びにつながる評価」についてお伝えしていきます。
自己評価について考える
早いもので最終回となりました。今回は、「日本語教育の参照枠」(以下「参照枠」)に挙げられている自己評価、相互評価、そしてポートフォリオに関して取り上げます。まずは、自己評価について考えてみたいと思います。まずは、皆さんにお尋ねしたいと思います。「評価をする人は教師」という思い込みはないでしょうか。「参照枠」には、次のような説明が書かれています。
自己評価とは、言語能力記述文のリストで構成された自己評価表などを用いて、自身の言語熟達度を把握することのほか、学習に対する振り返りを記述し、学習の過程で読み返したりすることを通して、自律的な学習能力を育成することを目的とした評価活動のことを指す。(「参照枠」p.84)
さらに利点として「自身の学習に対する意識を高めることができる」「学習の調整につながること」を挙げています。クラス分けやランク付けのための評価ではなく、次の学びにつながる評価の重要性が言われていますが、まさにこうした自己評価は威力を発揮することになります。
「できること一覧」で自己評価に向き合う
『できる日本語』は活動Can doが明記されていますので、それを使って「何が、どのようにできるようになったか」を学習者自身にチェックしてもらう「振り返りシート」を使って、自己評価を行うのも良い方法です。イーストウエスト日本語学校(できる日本語教材開発プロジェクトのメンバー勤務校、以下E校)では3課ごとに実施し、初級では、学習者に合わせて各国語版を用意しています(サイト「できる日本語ひろば」にもアップ)。
http://www.dekirunihongo.jp/?page_id=665
図1は、E校の初中級第10~12課のチェックシートです。クラスに合わせて、さまざまな使い方をしています。確認のための試験が3課ごとに実施されるため、3課ごとチェックが多いのですが、非常にゆっくり進むクラスなどでは、その課が終わったらすぐにCan doチェックをするのも一つの方法です。また、ロールプレイなどに関して、「自分としては、どのように出来たのか」ルーブリックにチェックを入れ、さらに、「次に、どのような点を伸ばしたいのか」等について学習者自身の考えを書いてもらいます。
図1 「できること」一覧で「自己評価」(初中級)
次に、中級18課【できる!】の発表に関するAさん(ベトナム出身)の自己評価を紹介したいと思います。
図2「中級」第18課【できる!】自己評価
自己評価が学習者に与える利点として、実施している教師は次のような点を挙げています。
・できるようになったことと、まだできていないことを振り返る習慣が身につく。
・わからなかったところや難しい点などを、教師に伝える機会になる。
・学びがつながっていることを意識するようになる。
相互(ピア)評価を活用する
相互(ピア)評価について「参照枠」では、次のように説明されています。
学習者とその周りの人が相互に行うことである。クラスメートや家族、就労場面であれば職場の人などから、日本語の使用についてのコメントを得ることで、自分の熟達度を多面的に把握することができる。(「参照枠」p.86)
さらに利点として「他の学習者の評価に関わることを通して自己評価に対する内省を深めることができる」と記されています。図3は、図2の実践に関する他己評価シートです。
図3「中級」第18課【できる!】相互評価
発表を聴きながら(聞いた直後に)コメントを書くのは大変な面もあり、漢字の使用が少なくなっていますが、クラスメートのそれぞれの発表を真剣に聞いて、コメントを書いている姿が見えてきます。
ポートフォリオで学習者の学びを促す
皆さま、実践においてポートフォリオを活用していらっしゃるでしょうか。ポートフォリオは、学習者自身はもちろんのこと、教師や他に学習者を取り巻く人々にも、学習者の学びが見える化され、学びのプロセスを共有することができる、貴重なものと言えます。「参照枠」では、以下のように説明されています。
ポートフォリオとは「筆記試験の結果、パフォーマンス評価で使用したルーブリック、自己評価チェックリスト、相互(ピア)評価で行った、他の学習者からのコメントシートをファイル等に格納することができ、学習者や教師をはじめとする学習者の周りの人々は適宜これらの評価結果を参照することで、総合的な評価を行うことができる。
(「参照枠」p.87)
『できる日本語』の場合は、こうした物に加え、作文、発表原稿、ポスター、ビジターセッションで出会った方からのお手紙等々、さまざまな物があります。E校では、1人の学習者に1冊のフォルダーを渡し、クラスごとに置いておきます。ある日、初級クラスで、こんな会話が聞かれました。
Aさん:あのう、来週はじめて交流会に行きます。ちゃんと話せるか心配です。
教師: Aさん、ほら、自己紹介も、私の国、友だち、趣味……いろんなこと勉強したよね。Aさんの作文、すばらしかった。あれ、もう一度見てくださ~~い!
Aさん:あっ、ファイルですね。そうです、そうです。あれがあるからOKです。
ポートフォリオの活用方法として、E校の先生は次のように語ってくださいました。
『できる日本語』は、スパイラルですから、初中級の第1課で「自己紹介」が出てきたら、前のレベルである初級のことを振り返ることができますね。また、そうしてみることで、学習者自身が楽しみながら「自分自身の成長」を実感することができるんです。学期の最後に「今学期何を学んで、何ができるようになったか」を振り返ることができるのは、とてもいいですね。
ポートフォリオをただの作品ファイルのようなものにするのではなく、それを効果的に「ポートフォリオによる評価」に落とし込むことが大切です。最後に「参照枠」にある活かし方について記しておきます。それぞれの現場で、ポートフォリオを生かし、より良い学びが生まれることを願っています。
ポートフォリオにおける振り返り記述などについて、記述内容についての評価の観点をルーブリックなどに整理し盛り込むことで、質的な評価が可能となる。また、評価の各段階に得点を与えることによって、数値化が難しい評価対象に総合点を与えることができる。(「参照枠」p.87)
自らの言語教育観を見つめ直す
現場で、どのような評価をすればよいか、さまざまな観点から見てきました。最後にお伝えしたいのは、教師自身の振り返りが大切だということです。評価に関する知識を得たとしても、教師自身が旧態依然とした「はじめに文型ありき」の考え方を持ち、教師主導型での教育実践をしているのでは、「Can do重視」「学習者の自律的な学び」といった言葉も、絵空事になってしまいます。
ここで、12年前に書いた『日本語教育のためのコミュニケーション研究』(くろしお出版)「日本語教師に求められるコミュニケーション教育能力」の中から、項目のみ記すこととします。
*教師の思考を停止させる「文型至上主義」と「教科書至上主義」
*「正確さ信仰」がもたらす「場・関係性の軽視」
*「教師は正しいことを教える人」「授業は教室の中で」という呪縛
*クリティカルな教材分析と開発に至る教材研究
*接触場面・母語場面に関する研究
*実践研究を妨げる要因
ひと昔前に提示した課題は、現場でもう解決されたのでしょうか。2021年に「参照枠」が出たあとも、「形だけCan doを使って、実際の授業は知識詰め込み式」「既習語彙だけで教えなければ、学習者が不安になる」等という相も変わらぬ考え方が横行しているのが気になります。「誰のために、何のために評価をするのか」を考えると同時に、さらに深く、「日本語を教えるとはどういうことなのか」について問い直すことが求められています。
そこで、今回評価を考えるにあたって、「参照枠」を軸にして進めることにしました。「参照枠」は、「国内外における日本語教育の質の向上を通して、共生社会の実現に寄与すること」を目的とし、方向性を示す枠組みとして作成されました。ぜひ「参照枠」の理念、目指していることを十分に理解して、より良い実践を目指していきたいと思います。
もう1つ「参照枠」が参考にしたCEFRの補遺版(CV)にある言語熟達度に関する説明を付け加えておきましょう。CEFR-CVでは図4を用いて「CEFRの6つのレベルは、空にかかる虹の色が境はぼやけて見えるように、言語熟達度もくっきりと分かれるのではなく連続性がある」と説明しています(p.36)。その上で単純化し、図5のように6つの色に焦点を当てています。教師として「言語熟達度の連続性」を忘れないようにしたいものです。
CEFR-CV<2.6 The CEFR Common Reference Levels>p.36
最後に、文化庁が2019年に出した「日本語教育人材の養成・研修の在り方について」からある言葉を引用しておきます。
日本語教育とは、広い意味で、コミュニケーションそのものであり教師と学習者とが固定的な関係でなく、相互に学び、教え合う実際的なコミュニケーション活動と考えられる。
(「日本語教育人材の養成・研修の在り方について」p.22)
参考文献:
嶋田和子(2012)「日本語教師に求められるコミュニケーション教育能力」野田尚史『日本語教育のためのコミュニケーション研究』くろしお出版、pp.187~206
文化庁(2021)「日本語教育の参照枠」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93476801_01.pdf
(2024.2.18検索)
文化庁(2019)「日本語教育人材の養成・研修の在り方について」
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/__icsFiles/afieldfile/2018/06/19/a1401908_03.pdf (2024.2.18検索)
Council of Europe(2020)Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment - Companion volume.
https://rm.coe.int/common-european-framework-of-reference-for-languages-learning-teaching/16809ea0d4 (2024.2.18検索)
できる日本語ひろば http://www.dekirunihongo.jp/
嶋田和子
アクラス日本語教育研究所代表理事。著書に『できる日本語』シリーズ(アルク、凡人社)、『OPI による会話能力の評価(共著)』(2020 年、凡人社)、『人とつながる 介護の日本語』(2022、アルク)など多数。趣味:人つなぎ、俳句 目指していること:生涯現役
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