2011年に『できる日本語』第1弾が誕生してから12年経ちました。その間、多くの方が手に取り、実践してくださっていますが、いまだに次のような声が聞かれます。「Can doベースの教科書だから、語彙・文法といった項目の試験はしないんですか」「会話、とくにロールプレイはどう評価しますか」「最後の【できる!】って、どのように評価したらいいんでしょうか」。こうした質問に関しては、『できる日本語』が目指していることを理解すること、また「評価とは何か」について理解を深めることで、「なんだ、そういうことだったのか!」と、すとんとご理解いただけることと思います。そこで、「『できる日本語』を使った実践における評価」について、「日本語教育の参照枠」(文化審議会国語分科会)を引用しながら、3回シリーズでお伝えすることにしました。今回は「パフォーマンス評価」についてです。
パフォーマンス評価とは何か
前回は、評価について概要的なことをお伝えし、次に、「日本語教育の参照枠」(以下「参照枠」)に基づき「Ⅲ 日本語能力評価について:(4)多様な評価の在り方と事例」より「試験」についてお話ししました。今回は、いよいよ「パフォーマンス評価」に入ります。まずは、「参照枠」の説明を見てみましょう。
パフォーマンス評価とは、学習者に例えばロールプレイやエッセイなどの言語的な課題を与え、その遂行の度合いを評価することをいう。パフォーマンス評価は到達度、あるいは熟達度を測る試験として実施する場合と、試験によらない評価として実施する場合がある。(「参照枠」p.80)
ここで、「参照枠」がいう5つの言語活動について見ておきたいと思います。
この5つの言語活動は、大きく分けると、
*理解すること(「聞くこと」「読むこと」)
*話すこと(「やり取り」「発表」)
*書くこと
となります。
「話すこと」「書くこと」がどれぐらい、どのように出来るのかについて評価するのが、パフォーマンス評価となります。
『できる日本語』で、パフォーマンス評価をどう扱うのか
『できる日本語』は、5つの言語活動についてしっかり考えて作られました。課の行動目標が明確に定められ、さらにスモールトピックにも「できること」があります。初級6課のCan doを記してみましょう。
初級6課「一緒に!」 友達を誘ったり、行きたいところやしたいことを一緒に相談したりして、約束することができる。 |
||
ST1 |
一緒に行きませんか |
友達を誘うことができる。また、誘いを受けたり断ったりすることができる。 |
ST2 |
どちらがいいですか |
友達の意向を聞いたり情報を比べたりしながら相談することができる。 |
ST3 |
約束 |
会う場所や時間などを約束することができる。 |
※スモールトピック(ST)は、初級は3つ、初中級は2つです。
こうしたCan doのもと、【やってみよう】には<ロールプレイをする/ペアで話す/説明する>等、さまざまな言語活動があります。皆さんからは、「ロールプレイをした後、どのように評価したらいいですか。何をもって出来たと判定すればいいですか」という質問をいただきます。では、逆に私から質問をさせていただきましょう。
*何のために、ロールプレイごとに評価をするのでしょうか。
*評価は、教師がすると決まっているのでしょうか。
結論を言いますと、ここで評価をする必要はありません。もちろん教師がロールプレイの発表を見ながら、活動Can doだけではなく、方略Can doや能力Can doに関する学びについて把握する良い機会であり、それを押さえておくことは大切です。そういう意味では評価活動を行っていることになりますが、厳密なものである必要はありません。
ST1【やってみよう】では、<A=自分がしたいことにBさんを誘ってください。B=Aさんの話を聞いて、するかしないか答えてください>というロールプレイがあります。ペアでやったことを何らかの形で評価するというより、実生活において学習者自身が「十分にできた」「いやちょっとうまくいかない点がある」等自己評価をすることで、自分の言語活動を内省することにつながります。こうした自己評価に持っていくことのほうがずっと重要ではないでしょうか。なお、自己評価については、第3回で触れることにします。
【話読聞書】は、どんな言語活動なのか
【話読聞書】は、5つの言語活動の中で特に「話すこと(発表)」の力をつけることを目指しています。まずは「話すこと(やり取り)」から始まって「話すこと(発表)」の力を高める活動となります。ここで、またよく来る質問として「評価はどうしたらいいですか」ということがあります。一人ひとり発表をしたからといって、必ずしも「パフォーマンス評価として点数をつける」という行為につなげる必要はありません。これは、一つの学びの過程であり、あとでCan doを見て、自己評価を行うことのほうが、ずっと意味があると考えているからです。
【話読聞書】について言えば、目標は「話すこと(発表)」ですが、そのプロセスでは「仲間(教師)とやり取りをする/発表をする/やり取りや発表を聞く/(宿題で)書いてくる/最後に友達が書いたものを読む」等さまざまな言語活動が行われることになります。そこで、例えば、学習者が書いた作文についてパフォーマンス評価をするということも可能です。中級には【話読聞書】はありませんが、タスク「伝えてみよう」が同じ役割を果たしています。
また、【やってみよう】や【できる!】においても、書くことも行われます。そこで作品に関して、自己評価、相互評価、教師による評価等、さまざまな形で行うことができます。「誰が、どのように評価するのか」ということについては、第3回でもう少し詳しく触れることにします。では、次に、定期試験について取り上げます。
定期試験で「パフォーマンス評価」を実施
私が足かけ23年間勤務したイーストウエスト日本語学校(以下、E校)では、年4回定期試験を実施しています。多くの学校で実施していることと思いますが、言語的知識を問う試験に加え、パフォーマンス評価として「会話試験」と「作文試験」を実施しています。
|
時期 |
筆記試験 |
会話試験 |
作文試験 |
中間試験 |
6月・12月 |
文字語彙・文法・読解・聴解 |
クラスごと やり取り・ロールプレイ等 |
学習したテーマから出題 |
定期試験 |
9月・2月 |
同上 |
E校で作成した10分間のプロフィシェンシーテスト |
出題範囲なし |
定期試験の会話は、「参照枠」のA2からC1までクラスのレベルによって、いくつものレベルに分け、試験問題を作成しています。試験は、<導入→音読→テーマ会話→ロールプレイ→最後のひと言>という流れになっています。「音読」があるのは、音声チェックはここだけとし、他では評価せず、他の評価項目に集中するという理由からです。
会話試験に関しては、『目指せ、日本語教師力アップ』(ひつじ書房)にて、会話試験の構成、テーマ会話の例、ロールプレイカード、さらには評価メモシート、評価ガイドライン(抜粋)なども掲載しています。また、『OPIによる会話能力の評価―テスティング、教育、研究に生かす―』(凡人社)には、会話試験を実施した後学習者に渡す「会話試験成績表」(p.103-104)も紹介されていますので、ここでは割愛することとします。
「ルーブリック」の有効活用をめざす
パフォーマンス評価について説明しましたが、ここで「参照枠」に述べられているパフォーマンス評価の利点について記しておきましょう。
*単に、「できた・できない」だけの評価ではなく、「何がどのくらいできたのか」について、多様な観点から評価を行うことができる。
*教師と学習者の双方がパフォーマンスに関する評価基準を共有することで、評価の透明性を高めることができる。
*学習者は与えられたパフォーマンス課題に対して、評価基準を基にした明確なフィードバックを得ることができる。
(「参照枠」p.80)
パフォーマンス評価でよく活用されるのが、評価の観点と評価の尺度をマトリクス表で示した「ルーブリック」です。「参照枠」では、「例えば言語的課題などの達成度と文法的正確さや使用語彙の範囲、発音などの質的側面等の観点を組み合わせた評価基準表」と説明し、利点として「評価の観点を明示することで、個人的な価値判断による影響を避け、達成すべき目標を学習者と共有することができる」ことを挙げています(「参照枠」p.80)。
ルーブリックは、それぞれの教育実践に合わせ、観点も自由に作成することができ、また、課題に合わせて作るもの、総合的に作るもの等、さまざまな選択肢があります。ここで参考として「誰でも、どこでも、簡単に使える(無料)JOPT(日本語会話能力試験)」のために作成されたルーブリックを掲載しておきます。画面では読みにくいのでぜひJOPTのページをご覧になり、参考になさってください。
JOPTのルーブリック(https://acrasweb.jp/?p=292)
参考文献
嶋田和子(2020)「教育現場に生かすOPI―試験開発と教材開発を例としてー」鎌田修・嶋田和子・三浦謙一編著『OPIによる会話能力の評価―テスティング、教育、研究に生かす―』凡人社、p.88~121
嶋田和子(2008)『目指せ、日本語教師力アップ!―OPIでいきいき授業―』ひつじ書房
文化庁(2021)「日本語教育の参照枠」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93476801_01.pdf (2024.2.18検索)
JOPT全般 https://acrasweb.jp/?cat=17
アクラス日本語教育研究所 https://acrasweb.jp/ (2024.2.18検索)
できる日本語ひろば http://www.dekirunihongo.jp/
嶋田和子
アクラス日本語教育研究所代表理事。著書に『できる日本語』シリーズ(アルク、凡人社)、『OPI による会話能力の評価(共著)』(2020 年、凡人社)、『人とつながる 介護の日本語』(2022、アルク)など多数。趣味:人つなぎ、俳句 目指していること:生涯現役
関連記事
2024年 09月 03日
日本語学校へビジターセッションに伺いました!-『できる日本語』の「できる!」の活動例
日本語学校へビジターセッションに伺いました!-『できる日本語』の「できる!」の活動例
2024年 07月 11日
教科書について考えてみませんか-最終回 対話で新たな教師人生を!
教科書について考えてみませんか-最終回 対話で新たな教師人生を!
2024年 07月 11日
こういう人材に育てたいという目標があって、教材があるー『できる日本語』採用校インタビュー(友国際文化学院)
「日本語教育の参照枠」を具現化できる教科書、『できる日本語』。全国で使っている学校が増えてきています。ではどのように導入したのか、迷ったりしたことは何か、導入後の様子はどうなのか? このシリーズでは『できる日本語』について知りたいと思っている方に向けて、使っている学校の先生方に学校の様子、どんな思いを持って導入したのかなど、「ホントのところ」を伺っていきます。今回お話を伺ったのは友国際文化学院の教務主任、鎌田さんです。
こういう人材に育てたいという目標があって、教材があるー『できる日本語』採用校インタビュー(友国際文化学院)
2024年 07月 08日
教科書について考えてみませんか-第11回「学習者が話したくなる教科書」とは
教科書について考えてみませんか-第11回「学習者が話したくなる教科書」とは
2024年 07月 01日