文化審議会国語分科会 国語課題小委員会は、1954年に出されたローマ字表記に関する内閣告示の見直しについて報告案を取りまとめました。70年前に定められたローマ字表記の内閣告示が見直されることになりそうです。ローマ字表記に関する現状と問題点についてまとめます。
複数のローマ字表記
ローマ字表記については、訓令式、ヘボン式など、複数の表記形式があることはよく知られています。例えば同じ名詞を表す場合でも、訓令式とヘボン式では書き表し方が異なります。
例えば、海外から日本に来た旅行者が、「宇治で抹茶を体験したい!」と思ってガイドブックを開いた時、そのガイドブックでは、以下のどちらかの表記になっていると思われます。
宇治:Uzi(訓令式)/Uji(ヘボン式)
抹茶:mattya(訓令式)/maccha(ヘボン式)
もしガイドブックによってローマ字の書き方が違っていたら、旅行者は、なぜ異なる表記が存在するのか、違う表記は違うものを表しているのではないかなどと、混乱してしまうかもしれません。
そもそも、「ローマ字のつづり方」は、どのように定められているのでしょうか。
ローマ字のルールが作られたのは70年前
「ローマ字のつづり方」が定められたのは1954年、今から実に70年も前のことになります。内閣告示は当時の総理大臣である吉田茂の名前で出されており、歴史を感じます。
「ローマ字のつづり方」は、「まえがき、第1表、第2表、そえがき」から成っています。第1表にはいわゆる訓令式のつづり方、第2表にはヘボン式と日本式のつづり方のうち訓令式と異なるものだけを掲げてあります。
「まえがき」では、「一般に国語を書き表す場合は、第1表に掲げたつづり方によるものとする。国際的関係その他従来の慣例をにわかに改めがたい事情にある場合に限り、第2表に掲げたつづり方によってもさしつかえない」としています。つまり、訓令式が基準になっており、事情がある場合はヘボン式などでもよいという位置づけになっています。
国民の支持はヘボン式優勢か
文化庁は毎年行っている「国語に関する世論調査」で、ここ3年ほどローマ字に関する意識調査をしてきました。令和3年度の調査では以下のような地名について、訓令式とヘボン式のどちらの書き表し方を使うかを聞いています。
前がヘボン式、後が訓令式のつづり方です。
・明石(あかし) Akashi(75.4%)、Akasi(23.3%)
・宇治(うじ) Uji(81.1%)、Uzi(17.5%)
・愛知(あいち) Aichi(88.0%)、Aiti(10.8%)
・厚木(あつぎ) Atsugi(61.0%)、Atugi(37.6%)
・岐阜(ぎふ) Gifu(83.1%)、Gihu(15.6%)
・五所川原(ごしょがわら) Goshogawara(43.9%)、Gosyogawara(54.8%)
・御宿(おんじゅく) Onjuku(52.1%)、Onzyuku(7.3%)
地名についてはGHQが地名などの標識にヘボン式の表記を求めたことなどの歴史的な経緯もありますが、実態を見る限り、多くの場合において70年前の内閣告示で基準とされた訓令式ではなく、ヘボン式を支持している人が多いという調査結果が出ています。
国語課題小委員会のまとめ
国語課題小委員会は、このような調査結果なども踏まえて、今期における審議経過を以下のようにまとめました。
第23期の文化審議会国語分科会は「ローマ字のつづり方に関する検討」を進めてきた。その審議の過程で、将来にわたって国語におけるローマ字が適切に用いられ、円滑なコミュニケーションの実現に資するよう、しかるべき手当てを行うべきであるという認識に至った。現状を更に調査しよく整理した上で、これからの社会におけるローマ字使用の在り方について、改めて考え方を示す必要がある。
ローマ字は誰のため?
そもそも日本人がローマ字を使ってコミュニケーションをするという機会は、あまり多くありません。
前述した令和3年度の「国語に関する世論調査」では、「日本語をローマ字で書き表すことがあるか」という質問に対して、「ない」という答えが75.8%を占めています。また「ある」と答えた20.4%の人も、その多くが「氏名をローマ字で書くよう求められたとき」という答えでした。
ローマ字が必要なのは、日本語が不自由なく読み書きできてローマ字を使う機会の少ない日本人ではなく、漢字はもちろん、平仮名や片仮名が読めない外国人ではないかと思われます。その中には、インバウンドで来日した外国人が観光のために必要という場合もあるでしょうし、災害にあった在住外国人が緊急のために必要になるという場合もあるでしょう。
もしそうだとすれば、ローマ字に関する調査は日本人だけではなく、そういったローマ字を必要とする外国人にもしていく必要があるでしょうし、外国人と日本人がローマ字を使ってコミュニケーションをしていく場合にどのような表記が望ましいのかという観点から考える必要もあるでしょう。そして、その上で、「適切に用いられ、円滑なコミュニケーションの実現に資する」ように、将来を見据えてローマ字の書き表し方を見直していく必要があるでしょう。
ローマ字のつづり方
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/roma/index.html
文化審議会国語分科会国語課題小委員会(第64回)(令和6年2月15日)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kokugo_kadai/iinkai_64/index.html
執筆:新城宏治
株式会社エンガワ代表取締役。日本語教育に関する情報発信、日本語教材やコンテンツの開発・編集制作などを通して、日本語を含めた日本の魅力を世界に伝えたいと思っている。
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