皆さんが日本語を教えている学習者はどこから来ていますか。学習者の出身国、出身地域についてどれぐらい知っていますか。日本語や日本文化を教えるだけでなく、学習者の国や文化にも関心を持ち、少しでも知っておくと、思いがけない会話のきっかけになったり、学習者の考え方を知る手掛かりになったりすることもあるかもしれません。第6回はミャンマーです。(編集部)
ミャンマーの基本情報
国名 ミャンマー連邦共和国
首都 ネピードー
人口 約5100万人
宗教 仏教(約90%)、キリスト教、イスラム教など
言語 ミャンマー語、カレン語、シャン語など
ミャンマーと聞くと、どんなことを思い出しますか。やはりアウンサンスーチー、軍事政権、クーデターといった不安定な情勢のことでしょうか。昔はビルマと呼ばれていたミャンマーは、お坊さんが町を歩く熱心な仏教国であり、東南アジアの中でも特に生真面目でコツコツ働く人が多いことから介護分野など日本で働く人材として期待されていました。ここ数年の情勢不安定に加えてコロナ禍の影響もあり、日本に行くことを目指して国で日本語を勉強していた多くの若者が来日をあきらめざるを得ない状況が続きましたが、昨年からは留学、特定技能、技能実習のビザで来日するミャンマー人が再び増え始めています。
「先生、じけんがありません」ミャンマー人学習者
東アジア、東南アジアはどの国も「真面目」「よく勉強する」「先生を尊敬する」と言われますが、中でもミャンマー人は生真面目です(もちろん個人差はあります)。それに加えてシャイで控えめ。タイやベトナムなどの大都市では若い人々の生活は日本とそれほど変わらないものになってきていますが、ミャンマーでは最大都市ヤンゴンの中心部でも伝統的なスタイルで生活している人がまだまだ多いです。ヤンゴン市内の日本語学校では、男性は腰に布を巻いて、裸足にビーチサンダル、女性は木から取った白い日焼け止め「タナカ」を頬や額に丸く塗って、時には民族的な衣装を着て日本語を学ぶ姿が見られます。
日本のアニメやドラマも好きな人はいるでしょうが、それほど一般に浸透している様子はなく、それまでに耳にしている日本語が少ないので、ほとんどの人は完全にゼロの状態から日本語学習をスタートします。まず格闘するのが日本の文字。「い」の2画目が短くて点のようになっている、「ふ」のバランスが取れていない、「へ」の最後が下まで下がりきらない、「か/カ」「が/ガ」などひらがなとカタカナの区別がついていないなど、文字をすらすら読んで書けるようになるまでに少し時間がかかるようです。
発音の面では「おはようございまっ」「たべまっ」と、語尾の「す」が聞こえない人が一定数います。注意して、何回か気をつけて言ってもらうと言えるのですが、また元に戻ってしまいます。全員がそうというわけではなく、特定の人がいつもそうなのでどういうところに原因があるのか不思議です。ちなみに東京の私のうちの近所でスーパーのレジの方(日本人)がいつも「いらっしゃいまっ」「ありがとうございまっ」と言うので、ミャンマーの学生たちのことを思い出します。もう一つ、ミャンマー人の発音でよく例に挙げられるのが「時間」が「事件」に聞こえるというもの。これは母音の発音に加え、アクセントの問題もあるようですが、「時間」は頻繁に使う語彙で、「先生、じけんがありません」と言うと理解してもらえないこともあるので指導が必要な部分です(直りにくいのですが)。
視力検査?不思議なミャンマー文字
ミャンマー語の文字を見たことがありますか。独特の、視力検査で使う記号のような丸っこい文字です。見た目にはかわいらしい文字ですが、Cのような形の組み合わせになった文字が多く、切れ目の向きやいくつつながっているかの違いで区別しているらしい文字は、初めて習う人にはどれも同じように見えてしまいます。
すらすら読めるようになるのは大変そうですが、ちょっと見てみるだけでも「あ」「め」「ぬ」や、「わ」「れ」「ね」の違いに苦悩する学習者の気持ちがわかるかもしれません。
ミャンマー語の基本的なあいさつをいくつかご紹介します。興味があれば文字も調べてみてくださいね。
こんにちは ミンガラーバー
ありがとうございます チェーズーティンバーデー
ありがとう チェーズーバー
はい ホウッテー
わかりません ナーマレーブー
中国語、ベトナム語などと同じく声調があり、発音も簡単というわけではなさそうですが、文法的にはそれほど複雑ではなく、比較的学習しやすいと言われています。何よりミャンマー語を少しでも知っている日本人は貴重なので、これから訪れる予感のするミャンマー人学習者の増加の波を見据えてあいさつ程度の言葉を覚えておくのもいいのではないでしょうか。
「ミャンマー人」もいろいろ 多民族国家
ミャンマーは多民族国家です。ひとことで「ミャンマー人」と言っても、多数派であるビルマ族に加え、比較的人口の多いシャン族、カレン族、カチン族など130以上の少数民族がいます。国際的に注目を集めたイスラム系少数民族のロヒンギャ問題も記憶に新しいところです。また、地理的に近いことからインド系住民も多く、ヤンゴンにはインド人街や寺院も見られます。
外国人の目からは誰がどの民族かはわかりませんが、話をしていると「私の父はビルマ族ですが、母はシャン族です」とか「あの人は〇〇族ですから…」などと言ったことが耳に入ってくることがあります。ミャンマー人に限らず民族感情は複雑なもので、政治情勢や難民問題といったデリケートな部分も含むので、無意識に相手の感情を傷つけたりしないように気を配る必要があると言えるでしょう。
言語、習慣は民族によって異なるものですが、料理にもそれぞれの特徴が現れるようです。ミャンマー料理は油っこいとよく言われます。油をたっぷり使って調理するのは事実で、それがお客様に対するもてなしの習慣なんだとか(実はミャンマー人女性もダイエットするときには油の量に気を使っているそうです)。しかし、少数民族の一つであるシャン族の料理は「比較的さっぱりしていて日本人の口にも合う」と言われていて、日本国内にあるミャンマー料理のレストランではシャン族の料理を出していることも多いようです。
ミャンマー料理のレストランは、東京の高田馬場のようにミャンマー人が多く住んでいる地域によくあり、故郷の味を求めてミャンマー人がよく訪れます。店内ではミャンマー語が飛び交い、メニューにはミャンマー文字が並び、日本に居ながらにしてちょっとした異文化体験ができますので、機会があれば一度足を踏み入れてみることをお勧めします。
シリーズ第6回はミャンマーを取り上げました。いかがでしたか。教室ではミャンマー人同士かたまって座り、静かに授業を受けている印象がありますが、コツコツと真面目に勉強することができる人が多いので、着実に伸びていくことが期待できます。シャイな気質もあって、みんなの前で積極的に話し出すようになるまでには時間がかかるかもしれませんが、自分の国について先生やクラスメイトに知ってもらいたいという気持ちはどの国から来た学習者も変わらないはずです。教室の中でも外でも、機会があればミャンマーのことについて聞いてみてください。きっとすてきな笑顔が返ってきます。
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