ここでは、令和5年度の日本語教育能力検定試験を受験される方向けに、その傾向と対策について考えます。言語学は検定試験の出題範囲の5分野の中の「言語」の中の「言語の構造一般」に含まれる重要な領域ですが、苦手にしている方も多いところです。「何となく難しそう」「覚えることが多そう」などと思っている方は、人物を中心にして重要項目を整理してみるのも一つの方法です。
■近代言語学の父~ソシュール
まず、押さえて起きたい人物は、近代言語学の父とも呼ばれる、フェルディナンド・ド・ソシュールです。日本の時代区分で言うと、幕末から明治時代の頃に生きていた言語学者です。スイスのジュネーブ大学の教授でした。
ソシュール以前の言語学は、さまざまな言語の共通の祖先の言語(祖語)をたどり、それによって世界の言語をいくつかのグループ(語族)に分けるような通時言語学が主流であったものを、ソシュール以降は、ある特定の時代の言語の状態を探る共時言語学が中心になっていきました。
ソシュールは、言語話者の共通知識をラング、個人個人の1回きりの発話をパロールとし、ラングを言語学の研究対象としました。そして、言語の恣意性(意味=シニフィエ・所記と、音=シニフィアン・能記には関係がない)や、言語の線状(条)性(音素は一列に並び、二つ以上の音声を同時に発音できない)といった、重要な概念を打ち出しました。
■言語の経済性~マルチネ
言語学は各研究分野によって、形態論、音韻論、統語論などと細かく分かれて発展していきました。フランスの言語学者のアンドレ・マルチネは、言語の二重分節性を唱え、文→形態素→音素と細かく分解し、それらを組み合わせることで言語はさまざまな意味を表すことができることを明らかにしました。これを言語の経済性とも言います。
■思考は言語によって規定される~サピア・ウォーフの仮説
有名なサピア・ウォーフの仮説もしっかり押さえておきましょう。サピア・ウォーフというと1人の人の名前のようにも見えますが、これは、エドワード・サピアとベンジャミン・ウォーフという2人の言語学者によって唱えられた仮説です。仮説ですので実証されているわけではありません。人間は言語を使ってあれこれ考えるので、考える内容はその言語によって規定されるというのが仮説の内容です。どこまで規定されるのかについてはさまざまな説がありますが、言われてみれば「なるほど」と思える仮説かもしれません。
■現代言語学の父~ノーム・チョムスキー
ソシュールが近代言語学の父なら、チョムスキーは現代言語学の父と呼ばれます。今もお元気に活躍されており、言語学ではもちろんですが、政治的な発言でも時折話題になります。チョムスキーは、人間は生まれつき言語獲得装置(LAD=Language Acquisition Device)が備わっていて、LADには全言語に共通する普遍文法(UG=Universal Grammar)が設定されており、自分の母語に合わせてUGから個別文法を作るという言語生得説を唱えました。
■発話による伝わる意図~オースティン
言語学の研究対象領域は、言語そのものから、言外の意味まで広がっていきました。その後、語用論として発展していく分野の礎となったのが、オースティンの発話行為理論(スピーチアクト)です。この中で、オースティンは発話行為を発話行為、発語内行為、発語媒介行為の3つに分けました。とりわけ、発話によって意図が伝わることを発話内行為と呼び、言外の意味を強調しました。この発話内行為は、後にサールにより、間接発話行為として発展していきました。
■会話を成り立たせる原則~グライス
オースティンの理論を発展させ、会話の公理(会話を成り立たせる原則)として、量の公理、質の公理、関係の公理、様式(様態)の公理の4つの公理にまとめたのがグライスです。実際の会話でこれらの公理が成り立っていなくても会話が成立するのは、発話の含意があるからです。
■ポライトネス理論~ブラウン&レビンソン
相手との関係を良好に保つための言葉の使い方をポライトネスといいます。ブラウンとレビンソンは、フェイス(面子、欲求)には、積極的フェイスと消極的フェイスがあるとし、フェイスを脅かす行為をFTA(Face Threatening Act)呼び、FTAを避けようとするとしました。
■場に適した話し方~ハイムズ
ハイムズは伝達能力という考え方で、コミュニケーションにおいて言語能力以外の能力の重要性を指摘しました。ハイムズの考え方は、カナルとスウェインにより発展しました。そこでは伝達能力を文法能力、社会言語学的能力、ストラテジー能力、談話能力の4つから成り立っているとされました。こういった考え方はコミュニカティブ・アプローチの理論的背景になっています。また、ハイムズの考え方は、その後、CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)や、CEFRを参考にしたJF日本語教育スタンダードなどにも大きな影響を与えています。
執筆:新城宏治
株式会社エンガワ代表取締役。日本語教育に関する情報発信、日本語教材やコンテンツの開発・編集制作などを通して、日本語を含めた日本の良さを世界に伝えたいと思っている。
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