「学習目標を考えることは大切です。必ず設定しておきましょう」そう言うとこのような質問を受けることがあります。「目標って毎回考えなければいけませんか」「『教科書○課を終らせる』という目標でいいですか」「目標設定のしかたがわからないんですけど……」ここでは、3回にわたって学習目標の必要性や設定のしかたについて皆さんと一緒に考えていきたいと思います。(執筆:望月雅美)
「目的」と「目標」の違い、そして「手段」について
具体的な話に入る前に、まず「目的」と「目標」の違いについて整理しておきましょう。
目的の「的」が「的(まと)」を意味しているように、目的というのは射貫きたいターゲット(的)、つまりその道の最終的なゴールです。そして、そこに行き着くまでの具体的なステップを示すのが目標です。目標の「標」は「道標」や「標識」の「標」ですね。そこからも「目標」というのは「目的」に向かって少しずつ進むための目じるしだということがイメージできるのではないかと思います。
たとえば、私たちがどこかへ行く時を想像してみてください。まずは行きたいところ(=目的地)を決めて、そちらの方向に進みます。行きたいところが決まっているのにやみくもに動いたり、理由もなく逆方向の電車に飛び乗ったりはしないでしょう。目的地を目指す際には、(まずあの角を曲がってバス停へ、バスで○○駅に着いたら次は電車で×駅へ…)というように、「あの角」「○○駅」といった「目標」を少しずつ定めて最適な経路を選んでいくと思います。その際に使うバスや電車は「手段」です。所要時間や交通費などを考えながら、自分に合った交通手段を選び、(まずはあの駅まで!)という到達目標に向かって進んでいくわけです。
・目的…射貫きたい的(ターゲット)。その道のゴール
・目標…目的を果たすための具体的なステップ。ゴールに1歩ずつコマを進めるための道標。
話を日本語学習に戻します。学習者が学習する「目的」は何でしょうか。学習者はどんなゴールを目指しているのでしょう。日本で進学、就職したいという人もいれば、日本で生活するため、あるいはただ好奇心を満たしたいという人もいると思います。こうなりたいという姿をイメージして、だいたいの方向性を定めて学習するのが「目的を持った学習」です。逆方向の電車に乗せないように、まずは学習者の学習目的(ニーズ)を把握しておきたいものです。
学習目的がわかったら、それに向かって1つずつ目標を設定して授業を進めていきます。目標は目的に向かうための道標です。これがなかったらどうでしょう。どこに向かうのかわからない授業は行き先のわからない電車に乗っているようなものです。目的地へ向かう際の「目標」は駅名や標識など、具体的で誰が見てもはっきりわかるものでした。日本語学習でも同じです。「○○を使って×ができるようになる」「△△の場面で×が使えるようになる」というように、できるだけ具体的で、できたかどうかがはっきりわかるような目標を設定しましょう。1コマの授業でこの目標、という決め方でもいいですし「○分でこれができるようになる」と時間で区切っても良いと思います。授業時間には限りがありますので、目標とセットで時間配分も考えましょう。ゴールを見すえて、それに向かって限られた時間で1つずつ目標を積み上げていく。この発想を持つと、授業を組み立てる上で無駄がなくなります(組み立て方については第3回でお話します)。
・学習目標は具体的に。
・誰が見てもできたかどうかはっきりわかるような目標設定を。
・限られた時間を有効に使って、1つずつ目標を達成していきましょう!
効率よく目標を果たすために使う「手段」となるのが、教科書や教材です。ここでよくある落とし穴が「手段の目的化」です。皆さんはこの落とし穴にハマっていませんか。
「手段の目的化」にならないように…
学習者の中で「この教科書を終わらせたいから日本語を勉強しています」という人はまずいないと思います。しかし、日本語を教えていく中で、担当ページをこなし教科書を終らせることに一生懸命になっている教師を見かけます。教科書は学習者がなりたい姿に向かうための1つの「手段」であるはずなのに、いつの間にか教科書を終らせること自体が目的化してしまっている例です(実を言うと新人の頃の私もそうでした)。
あらためて、担当する教科書を見てみましょう。その教科書を使って○課を学習することで、学習者は何ができるようになるのでしょうか。授業は学習者のなりたい姿に1歩近付く内容になっているでしょうか。「終わらせること」ではなく、「何ができるようになっているか」「どんな問題が解決しているか」がその授業の目標になります。
・「手段=教科書・教材」は「目標」を達成させるためのもの。
・学習者の学習目的(なりたい姿)をイメージした目標設定を!
学習者の学習する「目的」、「目的」に向かうための道標となる「目標」、目標を効率よく達成するために使う教科書などの「手段」。この3つを教師が把握して授業を展開すれば、授業は迷走することなく、学習者は効率良く日本語学習を進めることができるはずです。
私がそう思えるようになったのは、ほろ苦い失敗経験があるからです。次回は、恥ずかしながら私が経験した「目標を見失った授業」
→第2回「『学習目標』を見失った授業の失敗例」はこちらから
執筆:望月雅美
さまざまな日本語教育機関でこれまで8~88歳の日本語クラスを担当。現在埼玉大学日本語教育センター非常勤講師兼諸々。著書に『日本語教師の7つ道具シリーズ1授業の作り方Q&A78編』(大森雅美名義、共著)『どう教える?日本語教育「読解・会話・作文・聴解」の授業』(共にアルク)などがある。音楽と笑いと自然を愛する3児の母。
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