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「日本語教育の参照枠」から見直そう!ー文型中心と行動中心はどう違う?

 

皆さんはもう「日本語教育の参照枠」を見たり、聞いたりしたことがあると思います。でも、イマイチピンと来ないな…と思う方も多いのではないでしょうか。「で、何をどうすればいいの?」など、授業のイメージがつかめないといった声をよく耳にします。それもそのはず、「日本語教育の参照枠」は教育または学習についての考え方、そのあり方を述べたもので、カリキュラムや授業の方法を示したものではないのです。そこで、今回のコラムでは「日本語教育の参照枠」を教室での実践につなげてとらえてみようと思います。(亀田美保/大阪YMCA日本語教育センター センター長)

理念と実践をつなぐ鍵は「行動中心」という考え方

「日本語教育の参照枠」を読んだ方が、授業のイメージがつかめないと感じるのは無理のない話です。「日本語教育の参照枠」には言語観や教育・学習観が理念として示されているだけで、特定の教授法やアプローチを推奨するものではないからです。教室での実践を具体的に考えるのは私たち教師の仕事というわけです。

何だか突き放されたようにも感じられますが、理念と実践をつなぐ、一つの鍵となるのが「行動中心」の考え方です。「日本語教育の参照枠」では「行動中心アプローチ」という用語が使われていて、次のような定義があります。

「行動中心アプローチとは、多様な背景を持つ言語の使用者及び学習者を、生活、就労、教育等の場面において、様々な言語的/非言語的な課題(tasks) を遂行する社会的存在として捉える考え方のことである。」(「日本語教育の参照枠 報告」文化審議会国語文化会 令和31012日 P.10

日本語教育の場では主に、学習者が必要とすることばを使った行動をリアルにとらえ、それを学習目標とします。学習目標は授業の中でいくつかの課題(tasks)として設定され、それらの課題を達成するための教室活動を行います。「日本語教育の参照枠」には、319項目の「活動Can do」があげられていますが、これは学習目標や課題の例にもなると考えることができます。さらに、「活動Can do」を支える能力として「方略Can do」「テクストCan do」「能力Can do」が示されています。

学習目標に到達するための授業を組み立てる

さて学習者の行動を支える学習目標・課題(tasks)は当然のことながら、学習者によって違います。留学生の場合、「事務の窓口で受験に必要な書類の作成を依頼することができる」(「話す(やりとり)」)、「LMS上に送られる学校からのお知らせや課題などの指示を読むことができる」(「読む」)など。看護師の場合、「患者からのナースコールを聞き、適切に対応することができる」(「聞く」)、「引継ぎ時に業務上必要な情報をまとめて伝えることができる」(「話す(発表)」または「書く」)などが考えられます。

たとえば、「事務の窓口で受験に必要な書類の作成を依頼することができる」を例に、授業の進め方を考えてみましょう。まず、授業の組み立てを以下のように考えました。

 (1)動機付け・学習目標の共有

 (2)今できることの確認・必要な語彙整理

 (3)モデルの提示

 (4)文法・表現の確認

 (5)評価の観点の共有

 (6)課題へのチャレンジ

 (7)振り返り(自己評価等)

行動中心の授業の進め方には今のところ、決まった手順はありません。これはあくまで私ならこんな感じかな……という例のご紹介です。皆さんなら、どんな授業をしますか?

また、これは「日本語教育の参照枠」A2の初めぐらいの学習者を想定しています。まだ受験期とは考えられませんが、受験に必要な書類をあらかじめ知っておき、早めの準備を心がけてもらうのもいいのではないでしょうか。受験期であれば、(3)と(5)を工夫して、課題達成の質を高めることもできるでしょう。

さらに具体的に「事務の窓口で受験に必要な書類の作成を依頼することができる」を例とした授業内容を考えてみましょう。

 (1)動機付けとしてどこかの大学・専門学校の出願書類を提示し、必要な書類を確認し、学習目標を提示、共有します。

 (2)提出書類・提出先・期日などに関する語を確認し、窓口に行ったつもりで、ロールプレイを試みます。そして、気づいたことなどを話し合ったり、質問を受けたりします。

 (3)モデルとなる会話を提示し、会話の場面・状況が理解できたか確認します。

 (4)依頼など会話の中で使われる表現を練習します。

 (5)声のかけ方や依頼にふさわしい態度、通じなかった場合の対応なども評価の観点に含まれることを伝え、どんな声かけや態度、うまく伝えるための方略があるか話し合います。

 (6)(5)を踏まえて課題にチャレンジしてもらいます。

 (7)(5)に基づいて、ピア評価や自己評価をします。

90分ぐらいあればできそうですが、必要であればさらに時間をかけてもいいでしょう。

文型中心の授業と行動中心の授業、何がどう違うのか?

一方、これまで多くの実践に取り入れられてきた文型中心の授業の進め方と先に述べた行動中心の授業の進め方とで、何がどう違うのかを考えてみましょう。

文型中心の授業では、「導入」「練習」「応用」といった流れで授業が組み立てられています。そして、「応用」では実際の場面で使うことを想定したロールプレイなどの活動が行われます。ただし、ここでいう活動は、学習した文型が正しく使えたかどうかを確認する意味合いが強く、場合によっては、ロールプレイのモデル会話に教科書の同じ課に出てくる文型がたっぷり盛り込まれていて、場面や状況が限られてしまったり、やり取りがやや不自然になったりすることもあります。そして、評価の観点も、文型の正しい使用に比重が置かれていて、運用力そのものを評価するのでなく、筆記試験で文型習得の仕上がり具合が確認される、などといったこともあるのではないでしょうか。

最近では一つの文型を行動に関連付けようとする向きもあるようです。たとえば、「~てください」を学習する際、「ごく簡単な言い方で依頼することができる」というように、一文型に一つの学習目標・課題(tasks)を立てるような場合です。ただし、この場合、厳密には行動中心の考え方で言う「活動Can do」とはやや異なります。それは、この依頼がいつ、どこで、だれに対して、何のために行われるのか、現実味(オーセンシティー)もしくは文脈が感じられないことです。

先に例としてあげた進学を控えた留学生なら「推薦書を書いてください」と言うかもしれませんし、看護師さんならナースコールに対し「今行きますから、ちょっと待ってください」と言うかもしれません。「~てください」を使う場面・状況は無限と言っていいほどあります。逆に事務所の窓口で必要書類の作成を依頼する場合、「~がほしいです」「~てもらえませんか」「~をお願いします」など、使える表現は「~てください」以外にもたくさんあります。考え得る様々な場面・状況から学習者の行動に合った「活動Can do」を文型ごとに当てはめるとなると、数も膨大になり、学習時間を考えても効率がよいとは言えません。さらに、文型を教えることが優先されると、「活動Can do」が「学習者の行動」からブレてしまい、教科書が一冊終わったときに、特に必要と思えないような活動も混在し、まとまりがつかなくなる恐れがあります。

二つの考え方の違いを踏まえた運用を

私はこの文で行動中心のほうが文型中心より優れていると言いたいわけではありません。文型中心だから運用力が伸びないという指摘についても必ずしもそうは思いません。ただ、二つの考え方の違いを理解したうえで、教育の場や学習者の状況に合わせて選択したり併用したりするのがいいのではないかと考えています。文型中心は「言語知識の習得を重視し、言語知識を土台にことばの運用に結びつけようという方法」であるのに対し、行動中心は「自立して行動するためのことばの運用を重視し、課題遂行の積み重ねによって学習を進める方法」です。さらに行動中心では、言語知識に関して、方略や社会言語能力などと同様に運用を支えるための能力の一つととらえています。文型中心、行動中心のどちらか一方を捨て、どちらか一方を選ぶというより、それぞれの特長を生かした運用を工夫しましょう。

「日本語教育の参照枠」の活用が推奨される今、行動中心の考え方に沿った実践を取り入れることが求められており、これまで実践したことのない先生方もその必要に迫られることでしょう。多くの教師が経験・実践知を重ねるにつれ、行動中心の授業のあり方も洗練されていくものと思われます。そうした実践に関する議論や研究が活発に行われることを願うと同時に、ちぐはぐな折衷案でダブルバインドに陥ることのないよう、「混ぜるな、キケン!」をくれぐれも心がけたいたいものです。学習者のためのより良い実践を目指して、ともに考えていきましょう。

▼オンラインセミナーのご案内

本コラムに関連したセミナーを開催いたします。

「日本語教育の参照枠」から実践を見直してみよう文型中心から行動中心へ

「日本語教育の参照枠」と実践をつなぐヒントとなるのが「行動中心」の考え方です。これまで多くの現場で取り入れられていた文型中心の考え方との違いをふまえ、「行動中心」の考え方で授業をデザインするとどうなるか、小さいワークショップを交えて、参加者の皆さんと考えていきたいと思います。

日時:10月25日(金)20:00‐21:30

講師:亀田美保

参加費:無料

主催:アルク

詳細・申込:https://20241025-alcnj.peatix.com

亀田美保:大阪YMCA日本語教育センター センター長。1986年に台湾の台北YMCAで日本語教師デビュー。1987年より大阪YMCA勤務。20002003年国際交流基金よりインドネシアに赴任。2005年大阪YMCA復職後、2020年より現職。1991年に『テーマ別 中級から学ぶ日本語』(共著,研究社)初版を出版。以来、テーマ別シリーズの出版、改訂に携わる。そのほか、日本語教室、高校の多言語生徒支援、教師養成・育成など日本語教育の幅広い分野で活動中。仕事で時間のないときほど、海外ドラマ・映画の視聴に逃れ、さらに自分の首をしめるハメに……。イギリスの歴史ものとか刑事ドラマが好きです♡

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