戦後の混乱期に誕生し、義務教育を終えることができなかった方のための学びの場であった夜間中学。それが最近では、日本に暮らす外国籍の方たちが日本語や教科を学ぶ場にもなっていることをご存知ですか。国は義務教育未修了者だけでなく、不登校の生徒の学び直し、さらに外国籍の方々に義務教育を受ける機会を保障するとして夜間中学の設置・充実を推進しています。平成29年には教育機会確保法が施行され、22年ぶりに2校の公立夜間中学が新設されました。そのうちの1校、千葉県松戸市にある松戸市立第一中学校みらい分校を取材しました。
夜間中学ってどんなところ?
みらい分校は松戸駅からバスと徒歩で10分ほどの場所にありました。校舎は廃校になった小学校を利用しています。現在の生徒数は22名。そのうちの7名が外国籍で、他に日本国籍だけれども日本語学習が必要な生徒もいるとのこと。生徒の年齢は16歳以上の10代から70代まで様々です。
松戸市だけでなく同じ県内の佐倉や白井(通学に片道1時間半かかる生徒も)から通ってくる生徒もいるそうで、熱心さが窺えます。時間割は17時20分から20時45分まで、途中に食事のための休憩をはさんで毎日4時限の授業があります。
松戸市立第一中学校の分校であるみらい分校には、中学1年、2年、3年の内容を学ぶコースがあり、それぞれ1.ベーシックコース、2.ミドルコース、3.チャレンジコースと名付けられていました。さらに授業で話される日本語に不安のある生徒を対象に日本語を集中的に学ぶ4.スタートコースが設けられており、このコースで来日間もない生徒たちが学んでいました。この生徒たちも日本語学習が進めば1~3のコースに移るということです。また音楽、美術、技術家庭、体育などの教科もあり、これらは全員で受けます。季節ごとの学校行事もあるそうです。公立中学なので保険費用や教材費以外に授業料はかかりません。
ちょうど17時20分からの全体会が行われていたので、見学させていただいたのですが、全校生徒と教師が一つの教室に集まり、日直の生徒によって出席確認やお知らせなどが進められていました。この日の日直は少し年配の日本人生徒。少人数ということもあるのでしょうが、笑いも漏れてアットホームな雰囲気です。外国籍の生徒にとっては、この日直の役目を果たすのも最初の関門らしく、「事前に一生懸命やり方を教えます」とは担当の先生のお話です。
すべては手探りの状態でスタート
教頭の稲積賢先生にお話を伺いました。
「平成31年の4月に開校してから、まだ1年たっていない状態で、すべては手探りでやってきました。なぜなら、夜間中学はそれぞれの学校で状況が違うためモデルとなるケースがないのです。他の夜間中学では外国籍の学生が8割というところもありますが、ここは7割が日本国籍です。カリキュラムもこの学校オリジナルのもので、ここの生徒にあったやり方を見つけていかなければならないと考えています」
―外国籍の生徒への日本語指導については?
「現在3名の教師で担当しています。1名は日本語を専門に教える日本語スタッフ*1で、他の2名は教科も教える教諭です。この3名でスタートコースの生徒をマンツーマンかそれに近い形で指導しています。その他の教師に関しても、クラスの外国籍の生徒にわかりやすいように日本語の教え方の研修も受けています」
―どのような外国籍の生徒がいるのですか。
「現在は10代後半から40代まで5つの国籍の生徒がいます。実は外国人で日本語を身に付けたいという方の問い合わせもあるのですが、ここはあくまで義務教育上の中学なので、数学や英語など他の教科も勉強しなければなりません。ですから生徒は中学までの学習を修了して高校進学を目指したり就職を考える人が多いですね」
日本語指導を担当されている教師のお一人は、日本語教育は専門外だったけれど、みらい分校で教えることになってから通信教育(NAFL日本語教師養成プログラム)で勉強し、昨年の日本語教育能力検定試験にも合格されたというから驚きです。
生徒との丁寧なコミュニケーションは夜間中学ならでは
日本語スタッフの中先生にもお話を伺ったところ、「ここで教えるのはとても楽しい」とのことでした。中さんは中国の大学やベトナムの技能実習候補生に日本語を教えた後、帰国し日本語学校に入ったのですが、そこはカリキュラムがきっちり決められ、クラスでの一斉授業で、少し窮屈さを感じたそうです。一人一人とゆっくりコミュニケーションを取ることも難しかったと。その点、夜間中学ではマンツーマンか、多くても2人に対して教えるので、時間をたっぷりかけてコミュニケーションできます。半年ぐらいでびっくりするほど上手になった生徒もいて、教え甲斐があり、とても良い現場だと話してくださいました。
多様な生徒の「みらい」を拓く夜間中学
先生方にお話を伺った後、スタートコースの授業を見学させていただきました。アフガニスタンの男性のクラス、アフガニスタンの女性のクラス(この2人は兄妹だそう)、そして日本国籍ですが日本語指導が必要な男性と中国の40代の女性のクラスの3つです。日本語初級教材を使い、語彙や文型、会話練習を行っていました。そこで印象に残ったことは生徒たちの熱心さです。少人数ならではの信頼感、安心感もあるのでしょう。毎夕ここに通ってくるだけでもたいへんだろうなと思うのですが、どの生徒の顔にも学びたいという意欲が感じられました。40代中国人の主婦の生徒は毎日、子どものために夕食を用意してから学校にやってくるそうです。
外国籍の生徒もスタートコースを終えると、日本人と同じクラスになるわけですが、うまく溶け込めるのか伺ってみました。すると「ここにいる日本人も様々なバックグラウンドを持った方たちなので、昼間の学校で日本人のクラスの中にポツンと入るより、ずっと溶け込みやすいのです」との答えが。「みんな違うから、逆に違いが問題にならない」というわけです。
稲積教頭の話によると公教育によって学びのセーフティネットを作るのが夜間中学の使命ということ。今回の取材で、まさに夜間中学は日本人、外国人を問わずここに集う生徒たちの「みらい」を拓くための場所なのだと実感しました。
執筆/仲山淳子
日本語教師歴30年のフリーランス日本語教師。非常勤講師として長きにわたり留学生への日本語指導や日本語教師養成講座に携わったのち、フリーランスに転身。現在は企業研修やプライベートでの日本語指導だけでなく、日本語ボランティア養成講座の講師、e-ラーニング教材の開発等、多方面で活躍中。日本語ボランティア養成講座をみらい分校の教師である井上先生が受講されたことから今回の取材につながった。
*1:日本語指導専門の時間講師。松戸市教育委員会によると教員免許は必要なく、大学、大学院での日本語教育専攻または420時間以上の講習を受けていること、または日本語教育能力検定試験に合格していること等、日本語学校の採用条件とほぼ同じ。
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