日本国内で新型コロナウィルスの感染が広がり、小中高校は一斉休校となりましたが、外国人留学生が学ぶ日本語学校でも多くの学校が休校や時差通学の措置を取りました。そんな中、東京都新宿区高田馬場にある学校法人江副学園新宿日本語学校では、学生を登校させることなく全校でオンライン授業に切り替えました。休校を決めてから全クラスのオンライン授業が始まるまでわずか3日。それはどのように実現できたのでしょうか。新宿日本語学校の江副隆秀校長、森恭子副校長、広報及びIT担当の江副カネル隆二さんにお話を伺いました。
休校、そしてオンライン授業に至った経緯
―当初は、我々の学校は中国人学生の比率があまり多くないことから、影響は少ないだろうと考えていました。しかし実はSNSで情報を得た学生たちの中から「他の学校は休校になったそうですが、うちの学校は休校にならないんですか?」とか「オンラインで授業はできないんですか?」等の声があがるようになったんです。
休校になる少し前、休校になることも想定して何回かオンラインでの実験授業を行っていました。ただ、各種学校の日本語学校の場合、インターネットを利用した遠隔授業が正規の授業単位として認められないという問題がありました。そこで事前に東京都および入国管理局に確認し、感染症蔓延を予防するとの観点から今回は認められるというお墨付きを得ました。そして最後の後押しとなったのが2月28日(金)の安倍首相の全国一斉休校要請でした。こうして3月2日(月)から学生は登校させずオンラインで授業を行うことを決断したわけです。
教員たちの反応は?
―もちろん反発はありました。教員たちにとっては寝耳に水ですから。
一部の教員には「そんなに急にできません!」と怒られました。考えてみれば、先生方の間で、ITのスキルにはかなりのバラツキがあったのも事実です。
それで最初の2日間は江副校長が全校生徒に向けてオンラインで漢字の授業を行い、その間に教員向けの講習会を開いたのです。ほとんどの教員が講習会に集まりました。講習会では最低限の操作ができるように丁寧に教えました。一人でオンライン授業をすることに自信がない教員に対しては、学校に来てもらいサポートを受けながら授業をする形も取れるようにしました。またオンライン授業のために新たな内容、カリキュラムを作ることはせず、あくまでも通常授業の延長線上でよいことにしました。そしていよいよ3月4日(水)初級から上級まで全クラスのオンライン授業が始まりました。
授業の内容はどのようなものですか?
―普段はZOOMやSkypeを使っていますが、今回のオンライン授業の場合はGoogleハングアウトMeetを使いました。数年前からGoogleクラスルームを全クラスに既に導入してあったので使いやすかったことが理由です。
授業単位として認められるためには通常授業と同様の内容が必要とのことでしたので、オンラインでも授業時間は変わりません。教員はそれぞれ自分が担当していたクラスの授業を行います。クラスの人数は大体15名程度でしょうか。
テキストは手元でそのまま使いながら、画像や例文を画面共有機能を使って学生たちに見せました。Wordで作っておいた例文にさらに例文を書き加えたり、重要な点にアンダーラインを入れたりすることもできます。チャットボックスを使って指示を出すこともできるのですが、教員によっては小さなホワイトボードを用意して、それに書いて見せるという人もいました。
重要だったことはオンラインの授業が終了したら毎回アンケートを取り、問題点を改善していったことです。例えば、初日は学校からのオンラインレッスンで校内のWi-Fiを使っていたのですが、それでは通信が切れてしまう例があったため、次の日からは教員が各教室に分かれ、教室にある有線LANに切り替えました。教師からもトラブルがあれば報告してもらい、できるだけサポートするようにしました。
学生の反応は?
―学生からの要望で始めたこともあってか、文句を言っている学生はいませんね。また非常事態だということを学生も理解しており、先生たちが努力していることをわかってくれています。そのためか出席率は90%以上と、とてもいいんです。今回のことで帰国してしまったけれど、国から参加してきた学生もいるほどです。
始める前に心配されたのは、学生側のインターネット環境の問題でしたが、Wi-Fiのあるカフェを利用したり、それぞれ自分たちで工夫していたようです。うちの学生の中にはベトナム人のシスターもいるのですが、スマホを持っていないため、教会のPCを借りて参加したという話も聞きました。アンケートによると参加した場所は自宅からが最も多く、スマホではなくてPCからという学生も3割ほどいました。授業中には先生がモタモタしていると学生が教えてくれる等という状況もあるようです。
現在の状況は?
―全クラスのオンライン授業が始まって、今日で5日目ですが、教員たちは使い方にどんどん習熟してきています。初めは学校内でサポートを受けていた教員も今では自宅から授業を行っている人もいます。実は、当初「できない!」と言っていた教員が、実際にオンライン授業を行った後、「できて感動した!」と言ってきたんです。70歳を過ぎた教員の中にはお嫁さんに「お義母さん、すごくいい経験しているね!」と感心された人もいるそうです。もちろん教員を放りっぱなしにはしません。自信がない人のためにミニレクチャーを何度も開いています。
また意外な反応だったのは、学生からの「先生と近くなった!」という声でした。どういうことなのかと考えましたが、たぶん普段のクラス授業では大人しくて発言機会を奪われがちな学生が、オンライン授業だと先生と一対一できちんと発言できるということなのかと思います。オンライン授業では他の学生はマイクをミュートにしますから、個人の発言時間が確保されるというわけです。
それから、当然のことですが、今回のオンライン授業は通常の授業として行っているので、教員たちの給料は通常通りに支払われます。オンライン授業だから金額を変えるということもありません。
取材を終えて
新宿日本語学校は学生数600人前後の学校でITの担当者もいます。さらに以前からVLJ(Visual Learning Japanese)というオリジナルのeラーニングコンテンツを持っていて、学生たちがネットやアプリでの学習に慣れていたという下地もあったかと思います。しかし全校でオンライン授業に取り組むにはまた別の課題もあったはずですが、それをリーダーシップと教員の皆さんの「やるしかない」という思いで乗り越えていったのは素晴らしいと思います。
江副校長の「今回のことで、教員全員が仕事を失うどころか、新しい技術を身に付けることができ、学生は勉強の機会を失わず、組織としては新たな選択肢が増えた」という言葉が印象に残りました。また奇しくも取材に伺ったのは3月10日、9年前の3.11と同時期です。江副校長は「あの時のことを考えれば、今回も何とか乗り越えられると思います」とおっしゃっていました。
執筆/仲山淳子
日本語教師歴30年のフリーランス日本語教師。非常勤講師として長きにわたり留学生への日本語指導や日本語教師養成講座に携わったのち、フリーランスに転身。現在は企業研修やプライベートでの日本語指導だけでなく、日本語ボランティア養成講座の講師、e-ラーニング教材の開発等、多方面で活躍中。最近は作成したオリジナル教材を用いてオンラインレッスンにも挑戦している。
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