ラグビーワールドカップ日本大会における日本代表選手たちの活躍は目覚ましく、史上初のベスト8に進み、チームのスローガンである「ONE TEAM」はその年の流行語大賞にも選ばれました。日本全体がまさに一つになった大会でしたが、実はその過程には、海外出身者・外国籍者も参加する代表チームを「日本の代表として認めていいのか」という声もありました。ラグビーワールドカップでの多様性をめぐるこうした不協和音が一体感へと展開した背景として、今回はリーチマイケルキャプテンの日本語に着目します。(田中祐輔:東洋大学准教授)
日本代表チームの発表
2019年8月29日、日本ラグビーフットボール協会は目前に控えた自国開催のラグビーワールドカップ日本代表最終登録メンバーを発表しました。31名で構成された代表チームは15名が海外出身で、日本に帰化していない外国籍選手も7名含まれます。
選抜資格の有無は出生地や両親の国籍、居住年など国際基準に基づいて適正に確認されていることは万人が理解したことです。しかし、“国vs国”が前面に打ち出される国際スポーツ大会への出場チームであるため、海外出身者が多く含まれるという点に「日本の代表と言えるのか」という声が生じました。同様の議論が前回大会でも起きており、今大会はさらにその多様性を増したチームが発表される形となりました。
リーチマイケル選手と日本
代表チームのキャプテンをつとめるリーチマイケル選手も、海外にルーツを持ついわゆる外国出身選手で、父親はニュージーランド人、母親はフィジー出身です。
日本に縁もゆかりもない出生ではありますが、幼なじみでラグビー仲間だった親友の母親が札幌出身の日本人でした。幼い頃からその家庭に遊びに行き、日本の食文化や簡単な日本語に触れ、日本を意識するようになりました。日本行きを決定づけたのは幼なじみの札幌山の手高校への留学で、リーチ選手もまた同校への留学を希望したのです。
日本語に囲まれた没入型学習
留学生活の最初の拠点は、寿司店を営む森山修一・久美子夫妻の家庭で、日本語漬けの日々でした。
私たち夫婦は英語がぜんぜん話せないから、留学生を預かるなんて困ったなぁと思っていたんです。でもマイケル(リーチ)は日本語を学びたくて日本に来たわけだから、無理して英語を話す必要もないだろうと、言葉も含めて日常生活では一切、特別扱いしませんでしたよ。
〔2016.12.16・日本ホストファミリー養成協会HP〕
夫妻のサポートは生活面のみでなく日本語学習面でもなされ、時に小学校三年生の国語教科書を用いた指導もあったそうです。山の手高校では授業はもちろんのこと、佐藤幹夫監督が率いる強豪ラグビー部にも日本語で参加しました。こうした環境はリーチ選手の日本語力を飛躍的に伸ばし、東海大学に進学する頃には現在の知美夫人(大学の同級生)も驚くほど日本語が堪能だったそうです。
リーチ選手本人は日本語学習の秘訣について次のように話しています。
1年で聞き取りができるようになって、1年半ほどで何とかしゃべれるようになった。言葉を学ぶには環境が大切だと思う。言葉や文化は肌で感じるのが一番。(中略)根性という言葉もガッツとは少し違う。でも、個人的に根性という言葉は好き。神に誓うな、己に誓えという言葉も大学のとき、学んだ。
〔2019年12月22日大阪豊中市履正社高等学校開催イベント・まいどなニュース2019.12.28〕
言葉と文化を肌で感じる没入型学習が、リーチ選手の日本語能力を確固たるものに育て上げたといえます。
“多様な人々が集うことで強くなる”日本代表チーム像
こうした考えの下、リーチ選手は代表チームキャプテンとして外国出身選手たちが日本を知る機会を積極的に設け、君が代の練習や、文化に関する解説も自ら行います。時には、ペリー来航以降の日本の歴史を引き合いに、日本はもともと国内と国外の文化を融合させて発展してきた国であると外国出身選手たちに語る場面もあります。
ペリーという人が、アメリカ人が黒い船に乗って何回か日本に来ました。(中略)今、僕たちのチームも日本人もいれば外国人もいます。その両方の文化を合わせてワールドカップに向けて一生懸命向かっている。
〔2019年10月20日NHKスペシャル「ラグビー日本代表 密着500日~快進撃の舞台裏~」・NHK〕
リーチ選手のこの語りにはさまざまな意味があると私は思います。第一に、外国出身者たちが単に異質な存在なのではなく、近代日本発展の一翼を担ってきた存在であり、代表チームもまた多様な人々が集うことで強くなるというチーム像の共有がはかられています。第二に、こうした話をリーチ選手があえて母語の英語ではなく日本語で通訳を介して語り、その様子が報道陣によって公開されることで、テレビの視聴者たちにも、多様性豊かなチームが持つ価値への理解が広がっているのです。
共に考え新たなあり方を模索する
ここで、現在の日本社会にも目を向けてみましょう。次の図は総務省と文部科学省による調査データを筆者がグラフ化したものです。
2019年6月時点で、在留外国人数は過去最高となる282万人に達し〔法務省、2019〕、日本語指導が必要な外国籍児童数は10年で4割以上増え、日本語指導が必要な日本国籍児童も10年間で倍以上に増加しています〔文部科学省・2019〕。政府も少子高齢化対策や成長戦略の一環として受け入れを進める方針であり、外国人受け入れと、それを支える日本語教育は我が国のさらなる発展に欠かせないものとなっています。
社会の構成メンバーに外国籍や外国出身の方々が増えていることはラグビー日本代表チームと重なります。こうした中、多様な人々が尊重し合い共に暮らすことのできる“多文化共生社会”の実現が重要視され、日本語教育関係者には、課題を正確に把握し、新たなビジョンとアクションプランを立て、提案し合意を得た上で共に実現する力などが求められているとされています〔文化審議会国語分科会・2018〕。
私はまさに、この課題把握から実現までの真髄がラグビー日本代表チームによって示されているのではないかと感じます。多様性が高まるチームと取り巻く環境の課題を共に考え、“多様であるからこそ強い日本チーム”というビジョンを共有し、具体的行動計画を立て、外国出身選手や日本人選手、ひいては日本社会全体に提案し合意形成を経て実現する。代表チームの姿は、我々日本語教育関係者が自らに求められている役割を果たす上で極めて示唆深いものと考えられるのです。
多文化共生の基盤としての日本語
そして、この代表チームと日本全体が一体になる上で重要だったものこそが日本語であったと私は思います。もし、リーチ選手が
「日本の強さを証明したい。このチームにはいろんな国の人がいるので、ダイバーシティなところもしっかりと見せたい」
〔2019.9.16東京都内・リーチマイケル選手記者会見〕
というコメントを英語で、あるいは、他の外国語のみで行っていたらどうでしょうか。あれほどの一体感や感動は得られなかったのではないでしょうか。
もちろん、日本語だけがこうした効果を発揮するわけではなく、例えば、リーチ選手の英語が外国出身選手や海外メディアに大きな伝達力を生んだことも事実です。しかし、時代や世代を超えて長期にわたって日本に住む人々と、比較的新しく日本で活動を始める人々との相互理解には、人と人が構築する直接的で親密な関係が不可欠です。そうした関係構築には、深いレベルでの意思疎通が大切で、事実上の世界共通語となっている英語に加え、日本語での対話も欠かせません。グローバル化が進むほど、英語と共に日本語の大切さも増してゆくといえ、日本語教育の役割も今後ますます高まると考えられます。
多様なメンバーが一丸となってボールをつなぎ勝利に向かった“ワンチーム日本”は、個々の差異を強みに変え結束することで世界屈指のチームとなりました。日本社会もまた、異なる人々が対話しビジョン実現に向け一丸となることでさらなる発展がもたらされるものと考えられます。そのための共通基盤としての日本語を支える日本語教育の推進が、今まさに求められているといえるのです。
リーチ マイケル(Michael Leitch)
1988年ニュージーランドクライストチャーチ生まれ。母のすすめで5歳よりラグビーを始める。15歳で札幌山の手高等学校に留学し、ラグビー部に入部。東海大学体育学部進学後、U20日本代表キャプテンに着任。同級生であった知美夫人と2012年に結婚。卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入し、2011年のワールドカップでは日本代表選手として出場。2013年に日本国籍を取得。2014年に日本代表キャプテンに任命され、2015年のワールドカップイングランド大会に出場。アジア初開催となった2019年のワールドカップ日本大会においては日本代表キャプテンとして史上初の決勝トーナメント準々決勝進出に貢献した。
執筆/田中祐輔
筑波大学と早稲田大学大学院で日本語教育学について学び、国内外の機関で教鞭を執る。現在、東洋大学国際教育センター准教授。著書に『2020年日本語教育能力検定試験合格するための本』(分担執筆・アルク)、『日本がわかる、日本語がわかる』(編著・凡人社)、『現代中国の日本語教育史』(単著・国書刊行会)、『日本語教育への応用』(共著・朝倉書店)などがある。2018年度公益社団法人日本語教育学会奨励賞受賞。第32回大平正芳記念賞特別賞受賞。第13回公益財団法人博報児童教育振興会児童教育実践についての研究助成優秀賞受賞。
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