学習者が規範的な使用からずれた日本語を使ったとき、それは「誤用」と呼ばれます。教師はそれを正すためのフィードバックを行います。しかしフィードバックの方法によっては、学習者は「正しい表現でなければ表現してはいけない」と考えてしまい、自分の伝えたいことを自由に表現できなくなります。では逆に、学習者の伝えたいことが浮かび出でくるようなフィードバックとはどんなものでしょうか。NPO多文化共生プロジェクト代表の深江先生によるコラムです。
学習者の「不十分な日本語」には2種類ある
学習者の伝えたいことが不十分にしか表現されないとき、その日本語は規範的な使い方からずれているという意味で誤用と呼ばれます。ただその不十分な日本語は、規範的な日本語の使い方からずれているだけでなく、学習者の本当に伝えたいことからずれている可能性があります。これを図1でまとめました。
これまで日本語教育では、誤用については研究が行われ、効果的な誤用訂正の方法が提案されてきました。しかし、学習者の不十分な日本語が学習者の本当に伝えたいことからずれていることを指すことばはまだなく、そのずれをなくしていく方法は、ほとんど研究がされていません。学習者の不十分な日本語に対し、私たちはどのようなフィードバックを行えばよいのでしょうか。
具体的なやりとりを見てみよう
例として、教師歴25年の田中先生の教室活動を見てみましょう。2019年2月、田中先生は初級レベルの学習者(ディプさん)に対し、「話題:休みの日・特別な日にすること、学習文型:~たり~たり」という課題で約20分間の教室活動を行いました。
田中先生の教室活動は、ディプさん自身のことを尋ねる問いかけから始まり、その問いかけに対するディプさんのことばを十分に聞く中で進んでいきました(前々回、前回のコラムをご参照ください)。その後で、田中先生はそのやりとりを振り返る問いかけをディプさんに行い、ホワイトボードに整理します。田中先生とディプさんのやりとりを見てみましょう。
資料①
田中 :休みの日は何をしましたか。そしたら、何て言ったっけ。シャワーをしました。
ディプ:はい。
田中 :シャワーをしました(「シャワーをしました」とホワイトボードに書きながら)。
ディプ:せんたくをしました。
田中 :うん(「せんたくをしました」とホワイトボードに書きながら)、うん。
・・・
田中 :うんうん。じゃあ、こことここは(カレンダーの2月10日(日)と2月11日(祝日)を指す)?
ディプ:ここはあにいさんの、
田中 :うん、あにいさん(「あにいさんの」とホワイトボードに書きながら)。
ディプ:はい、ネパールの料理をつくりました。
田中 :うん(「ネパールのりょうりをつくりました」とホワイトボードに書きながら)。うんそれから、
ディプ:母と話しました。
田中 :あ、そうそう(「ははとはなしました」とホワイトボードに書きながら)。うんうん。じゃあ、楽しかったですか?
ディプ:はい、楽しかったです。
田中先生は、ディプさんと行ったやりとりをホワイボードに再現し、「シャワーをしました」「あにいさんのネパールの料理をつくりました」という不十分な表現もそのまま、板書しました。私は田中先生に、「なぜ不十分な日本語もそのまま書くのか?」と聞いてみました。田中先生の答えは次でした。「学習者のことばをそのまま書いているのは、教師が誤りを訂正して書いてしまうと学習者は何が誤っていたのか分からなくなるし、学習者が自分で考える機会が奪われてしまうから。」
このやりとりの続きを見てみましょう。
資料②
田中 :休みに何をしましたか?て私が言ったら、ディプさん、シャワーをしました、せんたくをしました。シャワーをしました。シャワーを、
ディプ:(考える)
田中 :シャワーをあびました(「あびました」とホワイトボードに書きながら)、シャワーをあびました。
ディプ:あびました。
田中 :シャワーをします、じゃなくて、シャワーをあびます(シャワーを浴びる動作をしながら)。
ディプ:はい。わかりました。
田中先生は、ホワイトボードに書いた「シャワーをしました」というディプさんの不十分な日本語に対しフィードバックを行うとき、一度、「シャワーを」で区切り、ディプさんが考える時間をつくっています。ディプさんが答えられないのが分かると、田中先生は「シャワーをあびました」と正確な日本語を伝え、ディプさんは理解を示しています。
さらにやりとりの続きを見てみましょう。
資料③
田中 :(ホワイトボードの「あにいさんのネパールの料理をつくりました」を見ながら)あにいさん。
ディプ:(考える)
田中 :あに。
ディプ:あに、あに、あに。
田中 :じゃあ、あにのネパールの料理をつくりました?
ディプ:あにの部屋で、
田中 :あにの部屋で、部屋で(「へやで」とホワイトボードに書き加えながら)、
ディプ:ネパールの料理をつくりました。
田中 :だれが? あにが?
ディプ:あに。
田中 :じゃあ、えっと、あにの部屋で、あにが料理をつくりました。(「あにが」とホワイトボードに書き加えながら)
ディプ:はい。
田中先生は、ホワイトボードに書いた「あにいさんのネパールの料理をつくりました」の中で「あにいさん」と、まずディプさんに問いかけました。ディプさんが答えられないのが分かると、田中先生は「あに」と正確な日本語を伝え、ディプさんは理解を示しています。続いて田中先生は、「あにのネパールの料理をつくりました」という不十分な日本語に対しフィードバックを行います。田中先生が「あにのネパールの料理をつくりました」と注意を促すように言うと、ディプさんは、「あにの部屋で」とことばを足しました。また田中先生が「だれが」と問いかけることで、「あにの部屋であにが料理をつくりました」とディプさんが伝えようとすることが明確になりました。
伝えたいことを十分伝えられるようなフィードバックを
ディプさんのここまでの不十分な日本語を種別により整理したものが表1です。
ディプさんの不十分な日本語には、まず、「シャワーをあびます」「あに」と言わないといけないところを「シャワーをします」「あにいさん」と言ったものがあります。これは、ディプさんの言いたいことは明確ですが、言い方を誤った誤用です。次に、「あにのネパールの料理をつくりました」というディプさんの言おうとすることが十分に伝わらないものがあります。これは誤用とは異なる不十分さです。
そして、ディプさんのこれらの不十分な日本語に対する田中先生のフィードバックの方法を整理すると次になります。
①教師と学習者のやりとりをホワイトボードに再現する。
そのとき、学習者の不十分な日本語はそのまま書く。
②学習者の不十分な日本語の中で、まず誤用に対し、フィードバックを行う。
そのとき、まずは学習者が自分で考えられるように、誤用の前で発話を止めたり、誤用を繰り返したりする。
③学習者の不十分な日本語の中で、十分に伝えられていないことに対し、フィードバックを行う。そのとき、学習者が伝えたいことを表現できるように、不十分な文を繰り返したり、意味内容を明確にしたりする問いかけを行ったりする。
教師は、学習者の不十分な日本語の中で、誤用だけでなく、学習者が自分の伝えようとすることが十分に伝えられていない表現に対し、フィードバックを行う必要があります。そのとき私たちは、学習者ができるだけ自分の伝えたいことを忠実に表現できる協力が求められます。正しい日本語使用を守ろうとする正確さだけでなく、学習者の伝えたいことができるだけ忠実に表現されるという忠実さを意識することが大切です。
→次回はこちらから
執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)
「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。大学で歴史学と経済学、大学院で感性学を学ぶ。珈琲屋で働きながら独学で日本語教育能力検定試験に合格し日本語教師に。学校法人愛和学園 愛和外語学院 教務長。
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