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日本語教師プロファイル横山りえこさん日本語教育にユニバーサルデザインを

今回「日本語教師プロファイル」でご紹介するのは愛知県在住の横山りえこさんです。横山さんは現在、早稲田大学大学院日本語教育研究科の博士後期課程に籍を置きつつ、大学の非常勤講師、愛知・岐阜両県の地域日本語教育コーディネーター、支援教育専門士としてもご活躍中です。現在取り組んでいる研究に至るまでの歩みとその活動についてお話を伺いました。

就職後、数年たって、自分の将来を考える

――日本語教師になったきっかけを教えてください。

昔からメガネが好きで、前職はメガネ業界にいました。でも就職後数年たって、このまま同じ仕事をしていくイメージがなくて。眼鏡学を学んだり、国内外の眼鏡屋を巡ったりも好きだったんですが、私って本当はどんな仕事がしたいんだろうって初めて自己分析したんです。大学では外国語学部の英米語学科にいたので、やっぱり海外の方と繋がれる仕事がいいなぁと思いました。国内にいながら色んな国や文化を背景にした方と繋がる仕事は何かと考えた時に知ったのが日本語教師という仕事でした。

それで働きながら420時間の日本語教師養成講座に通い、修了後に転職して、日本語学校で教え始めました。今から20年くらい前です。当時はとにかく経験を積んで、色々なことを勉強させてもらいたいと思い、いくつかの日本語学校を掛け持ちしていました。昼間は日本語学校で留学生と、夜は自動車メーカーのホワイトカラーの方やそのご家族の日本語学習をご一緒していました。その頃、様々な事情や状況の中で日本に来て努力している留学生の方々と多く接する中で、果たして私は皆さんに寄り添った伴走ができているのだろうかと考えるようになりました。私の学生時代の留学経験とは全く違って、日本語学校にいる留学生の皆さんは、年齢は若くても私より色んな人生経験をしている。私は言ってしまえば、日本にいる日本人で、日本語母語話者だし、家族も友達もいて、仕事もあって、苦労とか恐怖とか寂しさとか、そういうものはない。そんな私に何ができるのかと考えた時に、自分自身が外国人として同じような苦労をしなきゃいけないと思い、海外に行くことを決めました。

自分の基盤の一つを作ってくれたオーストラリアでの経験

――それで、どちらへいらっしゃったんですか。

オーストラリアに2度行きました。1度目は自分で、2度目は国際交流基金で派遣していただきました。オーストラリアは英語圏の中でも日本語学習者が多い国です。自分自身が外国人として、誰も知らない場所で一人、色んな気持ちを持ちながら頑張りたいというのもありましたし、オーストラリアのシステムや教授法、学習者の属性や背景、学習観にも興味があって、知りたい気持ちがありました。

2度目に行った時、派遣していただいた学校の1つがインクルーシブ教育の実践校だったんです。その学校は、日本で言うところの幼稚園生から中学生までが学んでいたのですが、障害の有無、民族や宗教、言葉や文化的背景の違いなど関係なく、多様な皆さんが一つの仲間として同じ授業を受けていました。もちろん配慮はされているけれど、特別扱いという感じは全然なくて。私には大きな衝撃でした。今思えば、その中に身を置かせてもらったことが、私の基盤の一つになっています。

様々な学習者に出会い、世界が広がっていく

――日本に戻られてからは?

大学院に進学しました。もっと日本語教育を深く学びたいと思ったんです。それから地域の生活者、就労者、技能実習生、介護分野、そして日本語教師養成講座の方と接するようになりました。色んな方に出会って、私の中の世界が少しずつ開けていきました。特に地域の方々と接するようになったことが、2つ目の私の基盤になっていると思います。

地域には留学生と異なる背景や属性、年齢の方々がいらっしゃいます。特に、リーマンショックの後、大量に派遣切りが行われメディアにもよく取り上げられた地域に携わっていたので、その影響を受けた皆さんとの出会いは私の中で大きなものでした。地域の皆さんとご一緒するようになって、それまでの私には見えていなかった外国人生活者の方たちの存在が少しずつ見えてくるようになりました。例えば、ご自身や家族に障害があったり、介護をしていたり。一人暮らしで孤立している高齢者や、誰にも頼れずワンオペで子育てしている方などです。そうした皆さんは、学びたい気持ちがあっても、学習の場に参加したり継続したりすることが難しい場合が多い。そうした方々をしっかりと可視化して、学びたい気持ちがあるすべての方に学習機会を提供していきたい。その思いが今の研究につながっています。

書くことに困難さがある学習者に出会って

地域で活動をはじめてから、今につながる3つ目の基盤となることがありました。熱心に練習されているにもかかわらず、ひらがな、カタカナがなかなか書けるようにならない方に出会ったんです。今思えば、その方はディスレクシアの特性をお持ちだったのかもしれません。でも当時の私はそうした知識を何も知りませんでした。何とか書けるようにと色々試してみたんですが、ほとんど効果がなくて。結局その方は、仕事が見つかって時間がなくなったからと言う理由で、途中で勉強をやめてしまいました。私の無知さによる対応がプレッシャーとなってしまったのかもしれない。すごく苦い経験として私の中に残っています。

この経験をしばらく引きずり悩んでいたのですが、その頃フランスで日本語教育に携わっていた先生にご相談したら、発達障害について教えてくださったんです。フランスではそうした分野への注目はすでにされている、とのことでした。それを機に、この分野について学ぼうと思いました。学校教育では養成課程や研修で発達障害について学ぶ機会はありますが、日本語教育ではほとんどありません。でも実際には、学習者の中にも発達障害の当事者がいるし、先生方の中には、そうした学習者にどう接していいかわからず、モヤモヤしている方が少なくない。それで自分が経験したこと、学んだことから勉強会をさせていただくようになりました。

日本語教育における教育のユニバーサルデザイン

 

――今、ご研究中の教育のユニバーサルデザインについて教えてください

大学院の修士を終えた後、様々な日本語教育分野に関わるようになり、発達障害について学んだことを経て、教育のユニバーサルデザインに行きつきました。これを一個人としてやっていくには勉強が不足しているし、自分の中でも理論をしっかり立てないといけないと感じて、博士課程に進むことにしました。

私が考える教育のユニバーサルデザインは、明確さ・柔軟さ・快適さの3つのポイントで工夫や配慮、環境調整をしていこう、というものです。まず明確さは、他者と共通認識を築くということが含まれます。例えば、到達目標を教師も学習者も把握した上で学習に臨むとか、口頭説明だけでなく、視覚情報も併用して全員の理解を揃えるといった工夫です。

次に柔軟さは、一つの手段や方法にしばられず、選択肢を設けるなどして柔軟に取り組もうというものです。例えばオンライン活動でいえば、質問を募る時に「マイクONで」という一択ではなく、「チャットでも可」としたら質問が出やすいことってありますよね。それぞれ事情や状況ってあると思うので、何かしら選択肢を設けて、取り組みやすい方法をその方に選んでもらいたい。学び方も多様ですから、一つの枠組みに皆さんを押し込まない配慮ができるといいなと思います。

三つめは快適に学び、過ごすことのできる環境調整です。そこには人的・構造的・物理的な観点が必要になると考えています。

共生のためのウェルフェア

私が考える学習保障は広義のもので、言語学習に留まりません。ライフラインにつながる情報がきちんと得られる情報保障や、他者とつながる機会を持つことも含んでいます。対外国人とか、教育の場に限ったことではありません。教育機関でも地域でも、その場に携わる一人ひとりが教育のユニバーサルデザインを少しずつ心がければ、あらゆる方の学習保障となり得るのではと期待しています。だから私は、教育のユニバーサルデザインが多文化共生やインクルーシブ社会実現のために、一人ひとりが備えておきたいリテラシーのようなものだと捉えています。

今やどこに行っても「多文化共生」という言葉が聞こえてきますが、そのためにはまず、共生のためのウェルフェアを整えなくちゃ、と自分の中で考えているんです。生活や就労、教育など安心して生きていける基盤のことを私はそう呼んでいるんですが、そうした基盤があってこそ、人は他者と対話する余裕ができると思うし、「学びたい」とか「〇〇をしたい」という意欲的な気持ちにだってなれる。その想いがあれば行動につながって、結果的に個人や社会のwell-beingになっていくのではないか、と思うので。でも、共生のためのウェルフェアは福祉、医療、法律、行政色んな領域から整えていく必要があります。その中の1つの領域に日本語教育がある。日本語教育ができることは、やはり広義の学習保障が大切だと思うし、そのためには教育のユニバーサルデザインが欠かせないというのが私の考えです。

「お互い尊重しさえすれば、みんな違っていてそれでいいよね。」では共生にはならないんじゃないかなって思うんです。異なる価値観や属性の人がいる中で、そうした人たちが同じところで共に生きていくためにはどうするか。異なりの中にも共通性のある重なりを見つけていく対話が必要で、そういう場が色んなところで作れるといいなぁと思っています。

地域で行っている「多感覚楽修」活動とは

 

――多読の活動もなさっていると伺いましたが

はい、外国人集住地域にお住いの子育て世代を中心にした皆さんと、多読が主軸の日本語活動を2019年に始めました。お子さん連れでも、異なる日本語能力の方でも気軽に日本語学習できる場があるといいなと思って。最初のうちは参加者の自宅に数名で集まって活動していました。私がいっぱい本を持って行って、フローリングに本を広げて、お子さんが脇で遊んでいるような環境で本を読んで話す、っていうことをしていたんです。そのうち人が集まってきて個人のお宅では入りきれなくなったので国際交流協会のお部屋を借りてするようになりました。今は対面に戻っているのですが、コロナの時はいち早くオンライン化しました。

オンライン化して紙媒体が使えずデジタル媒体が増えたのですが、色んな方法で日本語に接しながらお家時間を楽しんでいる皆さんを目の当たりにして、読むこと、聞くことなど、各自が得意な感覚を使って日本語に触れると際限なく楽しめるんじゃないかって、気づいたんです。それ以来、マルチモーダルな学びに注目するようになって、今では視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚をできるだけ複合的に使える工夫をするようにしています。例えば風呂敷文化の本を読みながら実際に風呂敷で本やボトルを包んでみたり、防災の本を読みながらそこに出てくる防災食を食べてみたりとか。

活動を始めた当初は学習者の皆さんの日本語学習のために始めた多読でした。でも今は日本人とか外国人とか関係なく、本を通して、各自が興味関心のあることを知ったり、他者と一緒に調べたり、実際にやってみたりする中で、一人でも楽しめるし、他者とも学び合える場になっています。色んな分野の本を多感覚で楽しんでいると、経験になって思い出にもなる。その過程で得た知識や気付きが自然と自分の一部になっていく感じがします。だからこの活動を「多感覚楽修」と名付けました。各自が興味関心のあるものを楽しむ、という明確な活動内容が共有されていて、素材も方法も過ごし方も柔軟で、異なる意見の人たちと安心して対話できる快適さが整ったこの活動は、教育のユニバーサルデザインと親和性があると思っています。

 私の当たり前は、他の人にとっては違うかもしれない

――これから日本語教師を目指す方に何かアドバイスをお願いします。

アドバイスと言うとおこがましいのですが、自戒の念を込めてお伝えするなら「当たり前・普通」というのを思わないようにする、ということです。日本人同士でも同様に、「それが普通でしょ」とか「当たり前だよね」という考えはすごく危険だと思っています。誰にとって当たり前で普通なのかは難しい。特に日本語教師は多様な方と接することが多いので、「私にとっては当たり前だけど、目の前の人にとっては当たり前じゃないかもしれない」みたいに考えることに慣れたら、多様な価値観を受け入れやすくなるんじゃないかなと思います。

取材を終えて

お話を伺っていて感じたことは、横山さんは外国人留学生、生活者、すべての学習者の方にリスペクトの気持ちをもっていらっしゃるということでした。それが言葉の端々からにじみ出ているように思いました。私も大切にしたい姿勢です。

取材・執筆:仲山淳子

流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。7年前よりフリーランス教師として活動。

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