『日本語授業の進め方 生中継』(アルク)は教師経験豊富な、現在、友国際文化学院の校長である金子史朗さんの授業に密着して取材し、まるで見学しているかのように写真付きで授業の様子を見ることができる書籍です。今回は友国際文化学院に伺い、金子さんのこれまでや「分かりやすい授業」を目指した教具の使い方、授業準備などについてお話を聞いてきました。
「留学生受入れ10万人計画」の記事がきっかけで日本語教師に
――早速ですが、金子さんが日本語教師になったきっかけは何だったのでしょうか?
高校1年生のときでしたが、新聞で中曽根内閣が打ち出した「留学生受入れ10万人計画」の記事を読んだんです。その中で日本語教師という仕事の存在を知りました。それで「留学生が大勢来たときにだれが日本語を教える? 俺だろう」と。
――元々、語学や海外などに興味があったのでしょうか?
いいえ、特にあったわけではないんです。それで、「どこで教えよう。東南アジアがいいな。インドネシアにしよう」と考えてインドネシア語が勉強できる大学に進学したのですが、これも特に理由があるわけではなく、全てインスピレーションです(笑
大学では日本語教育に関する授業もとっていて、周囲には大学院に行ったほうがいいと勧められたのですが、早く現場に立ちたいという気持ちが勝り、インターカルトの日本語教師養成講座の受講を経て、インターカルト日本語学校の非常勤講師になりました。
そして偶然にも、インターカルト日本語学校にはインドネシア校があり、半年非常勤講師として勤務した後に希望を出してインドネシア校に行くことになりました。
楽しくも大変だった新人教師時代
――なんだか呼び寄せていくような流れですね。新人教師時代はどうでしたか?
そうですね、インドネシアは行ってみるとなんだか水が合うし、趣味でゆったりと日本語を学ぶ人が多い環境でしたので、新人教師時代で大変だったのは、すごく短いけれど日本の半年のほうでしたね。
もちろん、学習者から答えられない質問が来たりということもありましたが、思い出深いのが主にアジア出身の学習者がいる初級のクラスでのことです。クラスの中に、ムードメーカー的な男性と、その人とは真逆で冷静なタイプの同い年の男性がいて、それから年上のお兄さん的な男性がいました。仲のいいクラスでよく飲み会をやっていたんですけど、酔っ払ってくるとムードーメーカーの男性が政治的な意見を話し出すんです。すると冷静なタイプの男性は反対の意見の持ち主だから黙っていられないんですね。そのうちに怒鳴り合いになり、お互いヒートアップしてきて、周りの女の子は怖がって泣き出してしまって。最終的にはお兄さん的な男性が一喝して雷を落とすと大人しくなって終わる。そして2次会はみんなでカラオケへ……という一連の流れを飲み会の度に毎回やるんですよ(笑
私も若くて、学習者と年齢が近かったからということもあると思うのですが、他にも政治的な話が出る場面があったり、議論をふっかけられることもあったりして。そのような経験から、議論をふっかけられることがあったら、教師という立場ではなく、実際に教壇の位置から1歩降りて「個人としての自分なりの考え」を言えるように、「そんなことは知らない」という状態にはならないように常に心掛けていました。
教え子の経営するバーで「日本語の教え方入門」の企画が成立
――話は変わりますが、アルクが発行していた月刊誌『月刊日本語』に「日本語の教え方入門」を連載することになった経緯は?
あるとき、教え子である朱さんと、彼のパートナーである矢澤さんがやっている高円寺のお店「写真BAR白&黒」で『月刊日本語』の編集の方と飲んでたんですね。その頃は日本語教師が増えてきた時代で「授業のやり方がわからないからどうしたらいいのか」という声があるから、「金子さんが授業をやってそのまんま紙上でお伝えする」という企画をやってみたらいいと思っているんだけど……という話をされたと思います。じゃあ、写真はどうしようか……あ、いるじゃん!(教え子の朱さんはカメラマン)と。そして矢澤さんが「私が書き起こしましょうか」ということで(矢澤さんは金子さんの日本語学校時代の同僚であり、ライター)、全部、半径5メートルぐらいで話が決まりました。
――連載中や、その後、連載を『日本語授業の進め方 生中継』にまとめるときに追加で取材したときはどうでしたか。
書籍として発行すると聞いたときはやっぱりうれしかったです。ただ、『月刊日本語』のときは、授業で取り上げる項目をこちらで選べたので、やりやすい授業を選んでいましたが、書籍では基本項目を取り上げるということで、選べないのが大変でしたね(笑
上のようなメンバーだったこともあって、連載中も、その後追加で授業したときも、全てがスムーズだった記憶があります。模擬授業ではありますが、決まり切った出来レースのような授業にはならないように気を付けました。ヤラセはなしで、学習者の様子を見ながらその場で発言を引き出すような授業をしました。
教師の立ち位置、教具の使い方……『日本語授業の進め方 生中継』で着目してほしいこと
――そういえば、学習者のその日の服装に注目して、質問しながら文型の導入につなげた授業もあって、ライブ感がありました。『日本語授業の進め方 生中継』はどのように活用してほしいですか?
この本はコロナ禍の前に出していますので、本文中で絵カードやフラッシュカードを使っていたところがパワーポイントを使うようになったり、画面共有して授業したりと、授業のやり方が変わってきたところもあります。ではこの本の内容は役に立たないかというとそうではないと思います。
板書だとか、指名するときのし方、教師の立ち位置などの注意点は変わらないものだし、ツールについても、授業の内容によってどのツールがよいかを選ぶことが大事です。
例えばスライドを使った授業はどんどん画面が流れてしまうので、授業中ずっと示しておきたいことはホワイトボードに書いて残しておくとか、フラッシュカードにしてもスライドだと「言えていないからもう一度言ってほしいカード」だけで分けられなかったりするので、そういうときは紙のフラッシュカードが役立ちます。教具の新しい・古いではなく、それぞれの特性を捉えて、その場面に一番適した教具を使い分けることが大切なので、その考え方は本の内容からつかめると思います。
――何となく、自分の中に新しい教具を使うなら古いものは使わないという固定観念があったように思いますが、お話を聞いていてそういうことではないんだと気付かされました。
今まで私が信念を持ってやってきたのは「分かりやすい授業をしよう」ということです。分かりやすい授業をするための要素はたくさんありますが、どのツールをどう使うかというのもその一つです。その他の要素に板書の書き方、授業の構成や、どういう順番で話していくかなどもあります。学習者が安心して学習できる環境というのも大切で、教師の立ち位置、声のかけ方、教室空間の使い方などを工夫することで、学習者が集中して勉強に取り組むことができ、「分かりやすさ」ということにつながります。
――『日本語授業の進め方 生中継』には「こういう場合は目線をどこに置くか、どこに立つか」など教師の細かい振る舞いについても盛り込まれていますから、そのあたりも注目して読んでほしいですね。
授業準備は自分の頭で考えて、目的に向かってシンプルに
――金子さんから、これから日本語教師になる方、新人の方にメッセージはありますでしょうか。
最近は、例えば「メインテキストの〇課の教案」、などがネットなどでも簡単に検索できてしまいますが、逆にいろいろなものがありすぎて迷ってしまうのでははないかと思います。でも他の人が作った教案を使って本当にうまくいくものでしょうか。
昔、専任講師だったときのことです。「教案を考える」というテーマで学校内の教師研修をやるというとき、考えるきっかけを作るためにモデル授業をやってくれと頼まれたことがありました。そのときのオーダーが「金子先生が普段やる授業ではなくて、マニュアル通りに完コピして来てほしい」というものだったんです。
ですので、その教案通りにやるために覚えようとしたんですが15分ぐらいの授業なのに教案が全然頭に入らなくて。自分のやり方と違うし、タイミングも違うので授業の流れが作れないんですね。それまでは誰か教案書いてくれないかなーなんて思ってたんですが、他の人の教案を使う方がよっぽど大変だったので、それ以降、そんなことは思わなくなりました。
授業の準備をするときには、シンプルに、最低限何をすればいいのかというところから、自分の頭で考えるのがいいと思います。ただ、漠然と考えてもうまく出てきませんから、大事なのは自分のクラスに当てはめて考えるということですね。ネットで検索して出てくるのは一般的なことが多いです。そうではなくて、明日入るクラスのメンバーの顔を思い浮かべて、彼らの興味・関心や最近やったことなどから、明日教える項目とつながることはないかなとか。そして授業で「これだけはやらなくては」ということを中心に据えて、そこに向かってシンプルに、その現場に合ったもので考えるというやり方がよいのではないでしょうか。
――今日はありがとうございました。
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