検索関連結果

全ての検索結果 (0)
日本語教師プロファイル加須屋希さん―自分の引き出しを増やす努力をしよう

今回の「日本語教師プロファイル」は、ユニタス日本語学校東京校で専任講師をされている加須屋希さんに、これまでのキャリアと現在の活動についてお話を伺いました。加須屋さんは日本語学校で様々な取り組みをされているだけでなく、日本語教師の仲間とYouTubeの発信等もなさっています。加須屋さんの楽しそうな活動の数々、ちょっと覗いてみませんか。

音楽ビジネスの世界から日本語教師へ

――日本語教師に興味を持ったきっかけを教えてください。

私は、元々日本語教師を目指していたわけではなくて、音楽大学で音楽ビジネスを学んで、卒業後は著作権関係の会社で働いていました。子どもの頃から音楽が大好きで、音楽に関わる仕事がしたかったんです。でも実際に入ってみたら、外から見ていた華やかなものとは全然違っていました。あんなに憧れていたのに辛くて、辞めたいという気持ちが募っていました。そんな私を見て、母が「将来の選択肢の一つとして日本語教師を考えてみたらどう?」と言ってくれました。実は私の母も日本語教師なんです。母から「あなた、日本語教師に向いてると思うわよ」と言われました。

――親子二代で日本語教師というのは珍しいですね。お母様はどうしてそうおっしゃったんでしょうか。

そうですね、私は中学、高校とアメリカの学校に行っているので外国の文化に触れていたこと、子どもの頃から活字が大好きで、読んだり書いたりが好きだったこと、それに人と話すのも好きだったことからですかね。それで、先生になるかどうかは別として日本語教師養成講座に行ってみることにしました。日本の高校の教育を受けていないので、それが逆によかったのか、養成講座では国語教育との違いを考えず、文法の授業等をすんなり受け入れることができました。その時もまだ100%日本語教師になろうと思ってはいなかったんですが。ただ、その養成講座は講師の先生も皆さん、現場に立っている方だったので、教室での経験、特に失敗談などを教えてくれました。それを聞いていくうちに自分もやってみたいと思うようになりました。養成講座が終わる時、先生たちにも母にも「これからどうする?」って言われるし、せっかくだから日本語教師になってみようかなと、紹介してもらった日本語学校で非常勤講師として教え始めました。

――アメリカで中学・高校時代を過ごしたことは、教える際に何か影響しましたか。

はい、アメリカでの経験は日本語教師になるのにプラスだったと思います。まず異文化に触れることができたこと。日本で常識だと思っていたことが向こうでは全然通用しないということを経験しました。それから現地の学校では、すべて英語でしたので、学習者が第二言語を習得するプロセスを自分も体験していたことも良かったと思います。英語ができなくても発表だのプレゼンだのをさんざんやらされたので、人前で話すことに全然緊張しなくなりました。日本にいた時はそんなこと全然できなかったんですが。

日本語教師の仕事が面白い!と思うように

――実際に日本語教師になってみて、いかがでしたか。

まず驚いたのが、養成講座で習ったことと、その学校の授業のやり方が違っていたことです。私は養成講座で教わったことが全ての日本語教育のスタンダードだと思っていたので、軽いショックを受けました。まさか養成講座によって教え方が違うと思っていなかったんです。その時の自分の経験は、今の学校で新しい先生に接する時に大切な感覚だなと思っています。

その学校で1年ぐらい非常勤講師として教えていたのですが、3月に地震が来てしまいました。東日本大震災です。学生がほとんど帰国してしまい、クラスがなくなって自宅待機になりました。日本語教師の募集もなかったので、半年ぐらい派遣で事務の仕事をしました。しかしその頃はこれから日本語教師としてやって行こうという気持ちがしっかり固まっていました。

――初めは軽い気持ちだったのが、変化したということですね。

ええ、実際に授業をして学習者と直接やり取りできることが面白いと思い始めていて、もうちょっとやってみようという気持ちになっていましたね。日本語学校には教える以外の仕事もあることを知り、自分の仕事経験も活かせるのではないかと思いました。また学習者の日本語学校卒業後に興味を持ち、それを手伝うことに関われないかとも思いました。

震災後しばらくして留学生が戻ってきた頃、以前の同僚から現在の勤務校であるユニタス日本語学校東京校を紹介してもらい、非常勤講師になりました。

進路指導と勉強会を担当して

――ユニタス日本語学校ではどのようなことをなさっているのでしょうか。

ここで教え始めて10年以上になりました。現在は副主任として進路指導の担当をしています。専門学校や大学の営業担当の方と直接お会いして、情報交換をしたり、受験の動向を学内に伝えたりする仕事です。年に大体100名以上の方とお会いします。

それから、もう一つ私が担当しているのが学内の先生向け勉強会、研修会の企画・実施です。当校では現在、メソッドを文型積み上げ式から行動中心アプローチに移行しようとしているところです。ですから行動中心アプローチについて、どんな内容でどんなことができるようになるのか、また第二言語習得についても基礎から全ての先生が学べる勉強会を実施しています。他にはN3の読解の効率的な教え方や文法の教え方のワークショップ等も行っています。

私の中にはやりたいリストがたくさんあって、例えば学習者の言語を学んでみるとか、うちは留学生向けの日本語学校だけれども、子どもへの日本語教育、介護のための日本語教育はどんなものか知る等、先生達の視野を広げられるような勉強会をやって行きたいです。

――いいですね。なかなか自前でそこまで研修が充実している学校は少ないかもしれませんね。先生方の反応というか、参加率はどうですか。

一応希望者だけということになっていますが、大体8割の先生が参加していますから、参加率は高いと思います。ここは15年前にできた比較的新しい学校ですが、非常勤の先生を含めると20代から70代までの先生がいらっしゃいます。コロナ禍でオンライン授業に移行したときも、全ての先生がオンライン授業のやりかたを学んで、一人も辞めることなく乗り越えました。

授業ではnoteを書いたり、WEBマガジンを作ったり、詩の音読も

――担当されている授業のほうはいかがでしょうか。

上級で「雑談」の授業を担当しています。単に口頭のやり取りだけでなく、LINE等でのメッセージのやり取りや、SNSに書いて、それを読んだりするのも雑談と捉えています。ですから、その練習の一つとして授業の後に、宿題でnote*1を書いてもらっています。その後の授業では書いたものをお互いに見て感想を言い合ったりしています。今の学生たちって自分の言いたいことを言うのに一番いいのがSNSだと思うんです。初めはちゃんとやってくれるか心配もあったのですが、自分の思いや過去の経験などいろんなことを書いてくれて教室では分からない部分が見えました。

さらに今年はnoteだけでなく、グループでWEBマガジンも作りました。これは、内容とルール、提出日だけ決めて、あとはグループですべて相談して決めてもらうことにしました。学生には「どうやってやるか、役割分担も全部、自分たちで決めてください。このやり取り自体が授業の目的ですよ」と伝えました。いわゆるPBL*2です。テーマは東京の美味しいレストランの紹介。私は、自分たちが知っているレストランを紹介するだろうと思っていたのですが、学生たちはみんなで食べに行って、お店の人にインタビューまでして、私が想定した3倍ぐらいのことをやってくれました。

その他にも授業の初めに声の準備体操として、3か月間同じ詩を音読しています。続けるうちに声が堂々としてくるんです。最後にその詩を使って、自分たちで何か別の表現を作るという活動も行っています。

――楽しそうな授業ですね!

「おきらく日本語教育」、ロジトレセミナー

――加須屋さんは個人での活動もいろいろなさっていますね。

はい、西隈俊哉先生、林えみ先生とはSNSで知り合っていて、何度かやり取りをするうちに意気投合していました。そうしたら、一緒にやりませんかって声をかけていただいて、YouTube「おきらく日本語教育」*3に参加することになりました。「おきらく日本語教育」の目的は、これから日本語教師になる方や、日本語教師になってまだ日が浅い方の何かヒントになればということでした。相談相手がいないとか、こういうこと知りたいんだけどどうすればいいんだろうと思うような方のために役に立ちたいと思っています。

通称「ロジトレ」(『日本語ロジカルトレーニング』アルク)のセミナーの方も、元々私自身がロジトレの大ファンだったのでセミナーや勉強会に参加して、西隈先生とやり取りしているうちに、お手伝いをさせていただけるようになりました。

長く同じ日本語学校で働いていると、他の学校の先生と知り合うチャンスって、なかなかないと思うんです。でも、今の時代、SNSがあるので、オンラインの勉強会でも交流会でも、そういうところにちょっと出てみるといろんな先生と出会えます。そんな素敵な出会いの中の一つが、西隈先生、林先生だったんです。ですから、皆さんにも是非おすすめしたいです。いろんな勉強会に出てみましょう。

ただ、いくら外に向けて出てみようといっても、自分に余裕がないとなかなか難しいので、今の学校が比較的余裕を持たせてくれるところでよかったと思っています。

――それ、大事ですね。

今まで一度も日本語教師をやめたいと思ったことはありません

――これからやっていきたいことはありますか。

今、日本語教師の資格化や枠組みの変更の話があり、日本語教育界は変化の時期だと思います。私は、その変わっていく日本語教育界で、ちゃんと、この波に乗っていける教師になりたいと思っています。

そして、今いるこの職場が大好きなので、この学校もその波に乗れるようお手伝いをしたいと思っています。

――これから日本語教師になりたい人、または経験が浅い人に向けて何かアドバイスをお願いします。

自分の引き出しを増やす努力をしてほしいと思います。日本語を教えることだけでなく、たくさんの人に出会うことも引き出しになりますし、過去の経験や自分が触れてきたものを掘り下げることも引き出しを増やすことにつながると思います。引き出しは多ければ多いほど、行き詰った時にしっくりくるものを探しやすくなります。私はそうやって今まで10何年やってきました。

――仕事を楽しそうにやっているって言われませんか。

よく、言われます(笑い)。今まで一度も日本語教師を辞めたいって思ったことがないんです。性格もあると思いますし、今までいろんなチャレンジをしてきた経験もあると思います。経験は無駄にはならないですから。それから学校で少し大変なことがあっても仲間がいるのは大きいです。みんなで考えて実行すればどうにか乗り越えられるので、辛いとか、困ったということにはなりませんでした。「やってみよう!だめなら次の道を探そう」というようなマインドもいいのかもしれませんね。

取材を終えて

いろんなアイデアをたくさんお持ちの加須屋さんのお話は聞いていて、とても楽しいものでした。また、日本語学校のパーティーなどで先生たちの余興として、AKB48、マツケンサンバ、氣志團などのパフォーマンスをしているそうです。そのあたりも、私は親近感を覚えました。楽しく仕事をするって大切なことですよね。

取材・執筆:仲山淳子

流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。6年前よりフリーランス教師として活動。

*1:クリエイターが文章や画像、音声、動画を投稿し、ユーザーがそのコンテンツを楽しんで応援できるメディアプラットフォーム。

*2:Project Based Learning 課題解決型学習

*3:西隈俊哉さん、林えみさん、加須屋希さんによるYouTubeチャンネル

関連商品

関連記事


日本語教師プロファイル住田哲郎さんー自分で考え判断できる学生を育てる

日本語教師プロファイル住田哲郎さんー自分で考え判断できる学生を育てる
今回の「日本語教師プロファイル」では京都精華大学で教鞭を取られている住田哲郎さんにインタビューをお願いしました。京都精華大学といえば、日本で唯一マンガ学部があり、留学生にも人気の芸術系大学です。日本語教育にマンガを取り入れる実践について興味深いお話を伺うことができました。またこれから日本語教育を目指す人へのメッセージもいただきました(写真向かって左から2人目が住田さん)。

ベトナムにルーツを持つ子どもたちが気づかせてくれたこと―多様な言語・文化的背景を持つ子どもたちとともに学ぶ、これからの学校(1)

ベトナムにルーツを持つ子どもたちが気づかせてくれたこと―多様な言語・文化的背景を持つ子どもたちとともに学ぶ、これからの学校(1)
国内の小中学校では外国籍、外国にルーツを持つ子どもたちが増え続けています。子どもたちへの日本語教育の重要性がようやく注目され、母語・母文化継承についても少しずつ認識されるようになってきました。

日本語教師プロファイル吉田知恵さん―日本語教育に演劇や歌を取り入れた活動を続けていきたい

日本語教師プロファイル吉田知恵さん―日本語教育に演劇や歌を取り入れた活動を続けていきたい
今回の「日本語教師プロファイル」ではJICAでの活動を終え、派遣先のインドから帰られたばかりの吉田知恵さんにお話を伺いました。吉田さんは元々演劇を学び、役者として活動、ミュージックスクールのインストラクターも務めていたという異色の経歴をお持ちの日本語教師です。サモア、インドネシア、ラオス、モロッコ、エジプト、そして今回のインドと各地に滞在した経験を活き活きと語ってくださいました。

2024年9月・10月 日本語教師のためのセミナー情報

2024年9月・10月 日本語教師のためのセミナー情報
8月は地震が来たり、台風が来たりとなかなかしんどい状況が続いていますね。これを機に災害時の対応を授業に組み込んだりしている教師や学校も多いようです。学習者が日本でできるだけ安心して暮らせるように、日ごろから情報収集できるページなども伝えておきたいですね。2024年9月・10月のセミナー情報をお伝えします。

読むことをきっかけに、やりとりを深めてほしい―『「読む」から始める日本語会話ワークブック』著者インタビュー

読むことをきっかけに、やりとりを深めてほしい―『「読む」から始める日本語会話ワークブック』著者インタビュー
5月に発売した『「読む」から始める日本語会話ワークブック』。会話授業で使っていただける、テーマについて多角的な短いストーリーを三つ読んだ後で自分の考えを話したり、人と話をしたりするテキストです。今回はこのテキストの著者のお一人である吉川達さんに、テキストを作ったきっかけや作成過程などをお聞きしました。