地方自治体を中心にした地域日本語教育の体制整備が進められる中、担当する自治体職員の取り組みが事業全体に大きな影響を与えるようになりました。そこで、2020年度より日本語教室の運営に携わり、現在、様々な機会にその取り組みの紹介を依頼される福岡県古賀市の渋田典子さん(まちづくり推進課 国際交流・多文化共生係)にインタビューを行いました。(深江新太郎/NPO多文化共生プロジェクト)
福岡県古賀市の取り組み
福岡県古賀市は、現在、週2回、交流型日本語教室を実施しています。もともと週1回、日本語教師が授業を行う日本語教室があったのですが、福岡県が実施する日本語教育環境整備事業(文化庁補助事業)の一環として、日本語教師の資格を持たない市民も参加できるように日本語教室のリニューアルが行われました。現在、登録している学習者数は73名、市民ボランティア数は41名です(2022年8月末時点)。
その古賀市は、日本語教室のリニューアルを進める中、古賀市多文化共生推進協議会(以下、古賀市協議会)を2021年度より、年3回、開催しています。委員は、企業、幼稚園、小学校、中学校、高校、行政区の方と公募から参加した市民の方で構成されています。私(深江)は、古賀市協議会の会長を務めています。この古賀市協議会の開催、そして、日本語教室のリニューアルを推進しているのが、国際交流・多文化共生係の渋田典子さんです。今回、渋田さんにインタビューを通して、古賀市協議会を設置した背景や地方自治体が地域の日本語教育体制を整備する中で大切にすべきポイントについてうかがいました。
「俺んところはこんなんしよるばい」からつながった協議会
――古賀市協議会を、そもそも開催しようと思ったのはなぜですか。
2020年度に企業さんへのヒアリングをたくさんしたんです。電話して、訪問もして、いろんな企業さんと話をさせてもらったんです。そこで本当に仲良くしていただきました。話を聞くと企業さんごとに技能実習生への支援をやってたりするんですよ。それぞれに思いを持ってあって、苦労話もあったりして。他に小学校、中学校、高校などにもヒアリングをしました。また、行政区長さんからは、「こんな困っとるんやけどさ。まあ、俺んところは、こんなんしよるばい」みたいな話も聴きました。なんか結構いろんなところで、それぞれの動きはあるのに、どうしてつながっていないのかな? もったいないなぁ~、って思ってたんです。それぞれでやっているなら、一回みんなで集まって、思いを共有する場があったら、よりよいものにできるんじゃないかなって、本当に単純にそんなふうに思いました。
――古賀市協議会を去年3回、開催して、今年1回、開催しているところで、開催するなかで、どんなよいこと、どういう効果みたいなものがあるとお考えですか。
古賀市が、多文化共生の事業でどんなことをやっているのか、知ってもらうというのが一つです。また、委員さんたちがそれぞれに取り組んでおられることも話してもらっているので、お互いの取り組みを知ることができることが、やっぱり大きいかなと思います。そしてここが問題だとか、課題だとか、思っていることも共有してますし、どういう問題が多文化共生を阻むものなのか、というところも共有しています。だから、新しい事業の協力を依頼しに行っても、すぐに快く「協力するよ。」と。協力を得やすくなったところが非常に大きいと思ってます。
――古賀市協議会と日本語教室の運営とのつながりはどんな感じですか。
今年度、日本語教室を継続的かつ安定的に運営するにはどうすればいいかという課題にも取り組んでます。そこで日本語教室の存在意義について、例えば、参加者みんなにとって嬉しい場所であったり、居場所であったりすることを説明しています。そのときに、コンセプトを持っていた、つくっていたというのは本当に大きかったなと、思います。深江先生にコンセプト*1をつくるのを支援していただいたこと、あれがほんとに大きくて。「こういう教室やりたいと思っているんです!そのために大事にしていることが3つあってですね……。」と、コンセプトがあるから話しやすいし、説明しやすいです。また、協議会では、教室を継続するためにどうしたらいいか、とみんなが考える場になっていると思います。
――企業もやりたくてもやれてないことが多いのかなと思うと、そこを補い合うというのがちょっと分かったかなと思いました。では、日本語教室を通した多文化共生のまちづくりを行う上で、一番、大切なことは、どんなことだと思いますか。
多文化共生のことを含めて、全てまちづくりにとって大切なことって、どれだけそのまちのことを考え、想っているか。こうあったらいいよねって想えるマインドなんじゃないのかなと思っています。「日本語教室、大事です。空白地帯に日本語教室つくりましょう。」じゃなくて、なぜ日本語教室が必要なのか、何を目的とするのかなど、自分のまちに合わせて考え、その考えを誰かと共有できたら、どんどん進んでいくように思います。ただその際、人間関係ができてないと、話を聞いてもらえないし、どんなにいいことであっても、みんなの納得度というか、協力したいという思いを得ることは難しいですよね。だから私は、やっぱり「仲間づくり」が、実は一番のキーなのではないかと思ってるんです。その上で制度があるのかな。
自分のこととして考えられるかが鍵
――まだあんまり地域の日本語教室に関心のない自治体の人達は、どんなところからスタートしたら、渋田さんが考えているような動きになると思いますか。
自治体の職員一人ひとりが、自分の身近な人のことだと感じることができる経験を持てるかどうかかな、と思ってるんですよ。自分の友達とか兄弟とか、自分の家族のことだったら、みんな大切な人のことだと思って動きませんか? 私、本当に恥ずかしながら、この職につくまで、「技能実習生……何ですかそれ?」みたいに分からなくて、技能実習生って聞いても、ひとくくりで見ていました。なのではじめの頃は、技能実習生さんは、遠い国から働きに来られているんだ、すごいね~、みたいな感じだったんですよ。でも、実際に出会って、技能実習生さんたちと話したら、そのキラキラさが忘れられなくて。「日本人と話したい、日本人と交流したい。日本語を勉強したい。」と目をキラキラ輝かせて、一生懸命伝えてくれたんです。遠く本国にいる家族のことを想って一生懸命頑張って働いている、そんなひたむきな姿を見たときに、私、〇〇さんたちと何か一緒にしたい!!と思ったんですよ。そういう自分事化できる経験ができるかどうか。それって、まちづくり全般にも言えることだと思うんですよね。公共団体の職員は、そんな言葉になっていない想いを感じとることができる感性を持っていたい。みんなの声をひろいながら、その声をまとめて、みんなと一緒に形にしていくのがとても大切だと思います。まだまだできてないから、えらそうなこと言えないんですけど、そこをやりたいなって思っているんです。
多文化共生のまちづくりの関係者を増やすために
古賀市協議会は、渋田さんのマインド(考え方・姿勢)が凝縮された取り組みです。渋田さんは、インタビュ―の中で、一人でできることは小さいから複数の人が共に取り組む関係性が大切と言っています。つまり、関係性の構築が、多文化共生のまちづくりを進める鍵と言えます。では、日本語教室の運営を行うために企業も含めた関係性を構築するには、どうすればいいのでしょうか。渋田さんのインタビューから、次の手順が考えられます。
(1)外国人住民、企業などが、どんなことに困っているかよく聴く
(2) (1)で聴いたことを解決するような日本語教室の役割とまちのビジョンを描く
(3) まちのビジョンと共に日本語教室の役割を周知する中で、外国人住民、企業、またそのほかで共感してくれる人を得て、一緒に何ができるか考える
渋田さんは、インタビューの合間に、行政の得意分野は関係者の話し合いの場を設定できることと言っていました。この(1)~(3)は、日本語教室を通して多文化共生のまちづくりに「関係する者」をつくっていく手順と言えます。まだ関係者となっていない人たちを関係者とすることが、多文化共生のまちづくりを進める最初の一歩となりそうです。
執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)
「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。ほかに福岡県と福岡市が取り組む「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」のアドバイザー、コーディネータ―。文化庁委嘱・地域日本語教育アドバイザーなど。著書に『生活者としての外国人向け 私らしく暮らすための日本語ワークブック』(アルク)がある。
*1:コンセプトづくりについては、アルク『日本語ジャーナル』の次の記事をご覧ください。「日本語教室の立ち上げはコンセプトづくりから―福岡県古賀市の多文化共生への取り組み―」
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