「特定非営利活動法人YYJ・ゆるくてやさしい日本語のなかまたち」は、毎週のように開催されるオンラインイベントなどを通して日本語教師を支援し、教師同士や教師と市民をつなぐ活動を行っています。2022年11月で設立3周年を迎えるこの機に、大隅紀子さん(理事長)、奥村三菜子さん(副理事長)、眞鍋雅子さん(副理事長)の3名に、これまでの活動と今後の展望について伺いました。
自由に発想・活動できる場を作りたい
編集部:「特定非営利活動法人YYJ・ゆるくてやさしい日本語のなかまたち(以下、YYJ)」は、2022年11月で設立3周年を迎えるそうですね。おめでとうございます。
大隅:ありがとうございます。NPO法人化してから3年経ちましたが、それ以前は私がたまたま受講していた反転授業のオンライン講座の参加者が集まって「日本語教師オンラインおしゃべり会」というものを作り、それがFacebookグループ「オンライン日本語教師学び場」になり、そしてそれがYYJに発展していきました。
編集部:そもそもYYJとは、どういう意味ですか。
大隅:Y=ゆるい Y=優しい・易しい J=日本語(Japanese)の頭文字を取っています。「ゆるい」という言葉には、「こうすべき」「こうあるべき」といった既成概念にとらわれずに、自由に発想したり活動したりしようという願いを込めています。また、「やさしい」という言葉には、日本語を使うすべての人にとって「優しく」「易しく」あってほしいという願いを込めています。
編集部:非営利団体であるNPO法人にするに当たっては、理念が大切だと思います。理念はどのようにして決めたのでしょうか。
奥村:NPO化するに当たって、主要メンバー5人が鹿児島に集まって合宿をしました。その際に、時間をかけて対話を繰り返す中で、自然と理念が明確になっていったように思います。とは言っても、初めに旗を上げた大隅さんの理念に賛同した面々が集まっていたので、最初から大きなズレはなかったように記憶しています。
眞鍋:私たちは日本語を教える場所も背景もさまざまです。そのため個別具体的なことになるといろいろと違いが出てくるとは思うのですが、コアになる理念のところで合宿の参加者全員が賛同できました。
奥村:YYJという名称を決める際も、「どういう気持ちで活動していくか」ということを優先しました。
編集部:基本的には、日本語教師などの支援者に学びの場を提供するということですね。
大隅:はい。学習者を直接支援するのではなく、日本語教師などの「学習者の支援者」を支援したいと思いました。その当時、そのような日本語教師を支援する場というのは少なくて、どんな日本語教師でも気軽に参加できるような場は限られていたからです。
熱気あふれる毎回のイベント
編集部:YYJは、会員や一般の方を対象に、毎週のようにさまざまなイベントを実施していますね。年間どのぐらい開催しているのですか。
眞鍋:現在、会員は約50名、Facebookのグループに登録されている方は3300名以上(2022年9月15日現在)いらっしゃいます。イベントは年間60企画以上を行っています。
編集部:それだけの数のイベントを企画・運営するのは、大変なことだと思います。どのようなイベントを開催されているのですか。
大隅:2021年度の実績で言えば、連続講座では日本語教師初任者向け講座「日本語教師学び隊」(全5回を年に2度)、日本語教師中堅者向け講座「日本語教師学び隊ぷらす」 (全6回)を行いました。他にも、オンライン講座「日本語教育と人権保障」(全4回)、オンライン勉強会「初心者のためのCEFR」(全20回)、オンライン講座「佐藤郡衛、研究と実践を振り返る」(全3回)などを行いました。それ以外にも、有料のリフレクション・ワークショップや無料のオンライン読書会など、さまざまな種類の講座やイベントを開催しています。
編集部:イベントにはどのような特色がありますか。
奥村:「日本語教師学び隊」は私が講師をしているのですが、基本的には「参加型」の講座設計をしており、「ただ講師の話を聞く」「ハウツーだけ入手する」といった講座にはしないようにしています。毎回グループワークがあり、参加者全員がビデオオンで顔を見せて活発に発言してくださるのも特徴です。
編集部:内容も初任者向けから「人権」「CEFR」など、かなりバリエーション豊かですね。
大隅:日本語教育に特化したイベントだけではなく、隣接領域、例えば異文化理解や人権保障、社会福祉などに関するイベントも積極的に開催しています。そういうイベントには日本語教師でない人も多数参加してくれます。YYJでは「つなぐ」ということを重視していますが、これは日本語教師同士をつなぐということだけではなく、日本語教育と他分野をつなぐことも含まれています。
眞鍋:日本語教師はややもするとスキルやノウハウといった解答を求めがちですが、本当に大切なことは「自分たち自身で考える」という姿勢です。他分野のことを知り、学び、日本語教育とは違う視点に気づくことで、学習者に対する見方も変わってくるのではないかと思います。
奥村:「つなぐ」ということで言えば、日本語教師には日本語を教えるだけではなく、学習者と日本社会をつなぐ仲介者の役割も大きいと思っています。市民の外国人に対する理解を深めたり、行政に積極的に働きかけたりすることも大切な役割だと思っています。また、日本語教師も市民の一人ですので、イベントではお互いに「~先生」と呼び合わないよう協力を求めています。
眞鍋:オンライン読者会では、参加者が積極的に運営スタッフとして、イベントの一部のコーナーを担当したり、広報を担当したりしてくれています。それがまた参加者のやりたいことの実現や居場所づくりにもつながっているようです。
書籍を作る中で見えてきた大切なこと
編集部:ところで、2022年はYYJから本が出版された記念すべき年でもありますね。コスモピア株式会社から2022年7月5日に『日本語を教えてみたいと思ったときに読む本』という書籍が上梓されました。本書についてご紹介ください。
大隅:もともと出版社からは「日本語教師の仕事を知らない人向けの本を」とのご依頼がありました。もちろん、そういった方々にも広く読んでいただきたいと思って書きましたが、それだけではなく現在、日本語を教えている現職の日本語教師の皆さんが読んでも、何かの役に立つように工夫しました。
編集部:さまざま日本語教師のストーリーや授業の具体的な進め方の様子、日本語教師に知っておいてもらいたい現在の日本語教育を取り巻く状況が、分かりやすくまとめられていたのが印象的でした。
本文中に何度か出てきた「『典型的な日本語の授業』というのはありません」という言葉は、教え方のマニュアルに依存しがちな日本語教師が絶えず自戒しなければならないキーワードだと思いました。
奥村:本の執筆過程は、自分たちが常日頃考えていることを言語化する中で、何が本当に大切なのかを改めて振り返るとてもいい機会になりました。紙幅の関係でどうしても割愛しなければならないようなこともあり、その度に「何を残すか」をとことん考えました。それが結局は自分たちにとって大切なものだと気づくことができました。
眞鍋:対象とする読者は「日本語を教えることに興味を持った一般の方々」ではあるのですが、当然のことながら同業者である日本語教育の関係者も手にするだろうと思いましたので、記述内容の正確さに留意しながらも、自分たちの思いをできるだけ率直に伝えるように工夫しました。
編集部:これからのYYJの活動の抱負をお聞かせください。
奥村:これまでもそうですが、これからもなお一層、「良質な日本語教育実践」を追求して、未来にもつなげていきたいと思っています。例えば、「日本語教師学び隊」では、参加者にいろいろな学びを求めますが、それはそのまま自分にも跳ね返ってきます。そのためには自分も厳しく学び続けなければなりません。自分自身も成長を続けていきたいと思います。
眞鍋:私は自分が教師っぽくふるまうことに抵抗があります。また、たとえどれだけ熱心に授業をしていたとしても、視野が狭いと、行き詰まりを感じるようになります。参加者が広い視野を持ち、自由にことばの教育と向き合えるような活動をしていきたいと思っています。そしてYYJの理念にもあるように市民と社会をつないでいきたいと思っています。
大隅:YYJは名前の通り、「ゆるくてやさしい」集まりです。関わってくださる方々の「良いところ」が引き出されるような組織にしていきたいと思っています。でも、そのためには、運営側には「きつくて厳しい」覚悟も必要になることがあります。でもそのことが、今の私たちにとっては苦痛ではなく、むしろ大きな喜びであり、成長につながっています。
編集部:今後のYYJのますますのご発展をお祈りしています。本日はありがとうございました。
YYJ ゆるくてやさしい日本語のなかまたち
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