初級を教えるのって難しい、と思っていませんか?昨年秋にアルクから発売された『アクセス日本語』を例に、学習効果がほんの少し高まったり、学習者のモチベーションが上がったりするかもしれないテキストの使い方を、3回にわたってお届けします。今回は章ごとの「扉イラスト」と「登場人物紹介」のページです。
会話の音声を聞く前に
日本に滞在する外国人は年々多様化していて、その中には「ことば」が原因で生活に困難を感じている方々も多くいます。助けになりたいと思って地域の日本語教室に日本語ボランティア、日本語サポーターとして参加しているという方もいらっしゃるでしょう。あるいは突然「急遽日本で生活することになった外国人に日本語を教えてください」と頼まれて、戸惑っている人もいるかもしれません。そんなときには、まず書店へ行って店頭に並んでいる日本語のテキストを手に取ってみてください。総合的な初級日本語テキストの基本的な構成はだいたい決まっています。
初級テキストでは、章ごとに会話文とその音声があり、会話の中に出てくる文型と語彙を学習していくのがよく見られるパターンです。まず、こちらのイラストを見てください。どんな場面で、どんな会話をしていると思いますか。
これは、昨年秋にアルクから発売された初級日本語テキスト『アクセス日本語』第1課最初のページの大きなイラストです。『アクセス日本語』は、日本で働く人、生活する人が基礎的な文法を身に付けながら、日本語でのコミュニケーション力をアップすることを目指しています。ここでは『アクセス日本語』を例に、テキストを活かした教え方のヒントを見ていきましょう。
さて、皆さんは先ほどのイラストを見て、どんなことを想像されたでしょうか。
・四角い枠の中にスーツ姿の男の人が二人いる。スクリーン?テレビかな?
・そのスクリーンを見ている男の人がいる。スクリーンの中の眼鏡の人は、その男の人に向かって何か話しかけているようだ。オンラインでのビデオチャット?
・スクリーンの中の男の人は二人ともスーツだから、会社?ビデオ会議?
こんなふうに考えたかもしれませんね。ではなぜそう考えたのでしょうか。
スキーマの活性化
見たり聞いたり、体験したりすることによって得られる外からの情報を理解したり、処理したりする場合、皆さんはまずは頭の中で自分の経験や持っている知識を使って、いろいろな推測を始めるのではないでしょうか。この、自分の経験や知識の大まかな枠組みをスキーマといい、スキーマを用いることによって、全て「ゼロ」から考える負担を減らしたり、予測や情報処理をスムーズに行ったりすることができるのです。このようなスキーマを使った頭の活動を「スキーマの活性化」と言い、語学の学習を始めるために重要なものです。
それでは、このイラストを使った教室での授業では、スキーマの活性化を促すために、学習者にどんな質問をするといいでしょうか。
・イラストの左側の人は何を見ていますか。
・スクリーンの中の二人の男の人はどこにいますか。うちですか、会社ですか。
・どんな話をしていると思いますか。
・皆さんはオンラインで会話をすることがありますか。それはどんなときですか。
学習者の日本語能力にばらつきのある地域の日本語教室などでは、上手な人がいればその人に説明してもらってもいいですし、英語など共通の言語があればその言語で話してもいいです。この段階では必ずしも日本語で話す必要はありません。こうして、それぞれの頭の中でこの場面でどんな会話が交わされているのか、自分の母語ではどのように言うのか、ある程度イメージを作ってから、付属の音声を聞くことが大切になってきます。「自分の母語ではこう言うけれど、日本語ではこう言うのか」という気付きが学習につながるからです。
日本語に限らず、多くの語学テキストは最初のページにイメージイラストや写真があります。それをぜひ活用してみましょう。
登場人物をアレンジしてみる
『アクセス日本語』第1課は「はじめまして!」、メインキャラクターである3人が出会う場面です。初級日本語テキストには、個性豊かな登場人物が出てきます。さらっと流してしまいがちなこのページもその登場人物の設定を把握し、早い段階で名前も覚えてもらって、学習者自身と登場人物との対話を楽しみましょう。
課が進むにつれて、「私がグエンさんに日本語の勉強についてアドバイスするなら?」「私が上司の山田さんに会社を休む連絡をするなら?」など、自分のことと関連させて考えてもらうと、生き生きとした例文が作りやすくなるでしょう。登場人物をもっと身近に感じてもらうために、ちょっとした裏設定を考えてもいいですね。学習者の趣味に合わせて「鈴木さんの趣味はトレーニング(筋トレ)です。」「毎日プロテインを飲みます。」「毎週水曜日と土曜日にジムへ行きます。」というように、教科書では習わない語彙をプラスしていくようなアレンジも可能です。
すぐに本文に入ってしまわずに、登場人物や扉のイラストを活用していくことで、学習者に「これからどんなストーリーが進むんだろう」と少しでも興味を持ってもらえるかもしれません。そのストーリーの中に学習者自身も参加できるように、お使いのテキストではどんなアレンジができるかぜひ考えてみてください。
★『アクセス日本語』
★『アクセス日本語 教師用指導書』
★『アクセス日本語 文法解説書【ベトナム語版】』
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