日本語の授業に歌を取り入れる活動を長年続けている、西川格先生(東京国際語学院・教務主任)をご紹介します。西川先生は演劇好きが高じて、30代前半までアルバイトをしながら、演劇、バレエ、音響などの舞台活動をしていたそうです。演劇で培った本格的な発声、表現術などを生かして楽しい授業を展開している西川先生。中でも学生から好評なのは、長年続けてきた曲作りの経験を生かして、ご自身で作詞・作曲をした日本語の歌です。
ネパールの学生からのリクエストがきっかけ
――西川先生が日本語教師になったきっかけを教えてください。
演劇をしていた頃のアルバイト先で外国人と知り合うことが多く、こういった人たちに日本語を教える仕事をしてみたいと思ったことがきっかけです。それで、日本語教育能力検定試験に合格して資格を取り、日本語教師になりました。
――日本語教師としてのキャリアを教えてください。
国際交流基金からの派遣で3年間、バングラデシュで日本語を教えました。その後、私自身が広島県出身ということもあり、近隣の岡山県の日本語学校で10年ほど教えた後、東京に移り、今は東京・台東区の東京国際語学院で教えています。
――自ら作詞・作曲した歌を授業で使う活動は、いつ頃から始めたのですか。
今から15年ほど前になりますが、岡山で日本語教師をしている時に、ネパールから来日したばかりの学生から「日本語のラブソングを歌いたい」というリクエストがあったんです。
――なかなか大胆な学生ですね。
まだ、『みんなの日本語』の1課、2課を勉強している学生です。一般的な日本語のラブソングは難しすぎるので、試しに名詞だけで歌えるラブソングを作ってみたんです。そうしたところ、日本に来たばかりでも歌えるラブソングということで、日本語学校の学生も喜んで、よく歌ってくれました。その時の歌が、「愛は空」という歌で、私の1作目になります。
愛は空
愛 あなたは わたしの 青空
朝も 昼も あなたは わたしの 青空 ウウウー
風と 雲と 鳥と 一緒に
あなたの 歌 歌いましょう
――とてもロマンチックな曲ですね。それでいて、出てくる語彙は初級レベルの簡単なものばかり。画面で歌をお聞かせできないのが残念です。名詞だけでも、こんなに素敵な歌ができるのですね。他には、どんな歌を作ったのですか。
その後に作ったのが「あいうえお」の歌です。変な話ですが、これはトイレに入っている間にできました。大体、曲は、トイレかお風呂か、自転車に乗っている時や歩いている時などにできることが多いです。逆に、曲を作ろうと思って机に向かっても、なかなかできないですね。
こちらの「あいうえお」はユーチューブにアップしました。
「あいうえお」(https://youtu.be/tulMOYbkFf8)
歌で教えるのではなく、習った日本語で歌える歌を
――その後は、どんな歌を作ったのですか。
基本的には、初級からの文法項目に沿って作りました。いくつかご紹介しましょう。
ステキな人、ステキな街(形容詞の歌)
田中さん 元気な人 木村さん 静かな人
山田さん 親切です 鈴木さん きれいな人
みんな 明るい(く) みんな やさしい(く)
みんな 楽しい(く) すてきな人
――たくさんの形容詞が出てくるだけでなく、形容詞の活用も自然と覚えられそうですね。
~さんのところは、学生にクラスメートや友達の名前に入れ替えて歌ってもらうこともあります。
走れ!走れ!(命令・禁止形の歌)
走れ、走れ、走れ、サッカーだ、走れ、ゴールは近い、あきらめるな!
泳げ、泳げ、泳げ、水泳だ、泳げ、世界記録、まだまだ遠い。
走れ、泳げ、ほら、みんな見ている、頑張れ!
命令形や禁止形は日常生活の会話ではあまり出てきませんが、このような歌にすると自然に使えます。
――西川先生が歌を作る時に心がけていることはありますか。
「歌で日本語を教える」のではなく、「習った日本語で歌える歌」というのを基本的なコンセプトにしています。歌で教えようとしてしまうと、どうしても曲が単純な繰り返しになり、歌詞もつまらなくなってしまいます。
――歌を使う時の注意点は何かありますか。
先生方も学生も、みんながみんな必ずしも歌が好きというわけではありませんので、授業などで使う場合は注意が必要です。歌を聞いたり、一緒に歌ったりして、勉強で疲れた頭を休めるぐらいに考えて使っていただくといいのではないかと思います。そして、歌を通して少しでも日本語が学生の記憶に残る助けになればと思います。
――これまで作られた日本語の歌はどのぐらいあるんですか。
15年前に作ったのが8曲、今は36曲まで増えました。その歌が全て入った『新日本語歌はじめ+別腹』(CD付き、定価1,000円)という教材を2019年に作成し、現在、福岡の大谷書店で販売しています。実は2021年8月にはDVDを発売する予定もあるんですよ。
――これだけの歌を作詞・作曲するのは本当に大変だったと思います。
正直、もうやめようかと思うこともあるのですが、歌の方が自分を追い立てるような気がするのです。「やれ!やれ!この歌はどうしてくれるのか」と。そうした声を無視はできないのです。今も未完の歌がたくさんありますが、それらを形にしてあげるのが私の仕事だと思っています。
――これからますます楽しくて、日本語教育に役立つ歌が増えそうですね。本日はありがとうございました。
『新日本語歌はじめ+別腹』を入手ご希望の方は、西川格先生にご連絡ください。
連絡先:iutahajime@gmail.com 郵送にてお送りいたします。
また、福岡の大谷書店でも販売、受付しています。
〒812-0029 福岡市博多区古門戸町5-18 ぎんなんエポック518ビル302
TEL:092-402-1098 FAX:092-402-1099
Email:info-order@otanishoten.jp
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