多くの日本語教師にとって関心の高いトピックと思われる「日本語教師の国家資格化の動き」について、2021年5月現在の状況をまとめておきます。なお、今後の法制化の動きの中でいろいろな変更が生じる可能性もあります。最新の状況は随時、こちらの日本語ジャーナルでご紹介していきます。
日本語学校からの意見書
「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」は、「日本語教師の資格制度」および「日本語教育機関の類型化の詳細」について検討するための会議です。現在、毎月1回のペースでオンラインで会議が開催されており、今夏を目途に2022年の通常国会に提出するための法案の方向性を固める作業を進めています。
現在のところ、国家資格を取得するためには試験の合格と教育実習の履修・修了が必要とされていますが、日本語学校(告示校)の現有資格者*1の扱いをめぐり、現有資格者および現有資格者が教える日本語学校現場から、さまざまな声が聞こえてきます。5月31日に行われた第6回会議では、告示校からなる日本語教育機関関係6団体*2から、「日本語教師の資格及び日本語教育機関の類型化について」の意見書が提出されました。
意見書では日本語教師の資格に関して、制度化にあたって現有資格者に不利益がないように、実施時期、配置基準などについては現場の声を尊重しながら進めてほしいとした上で、具体的な提案として、
①現在の有資格者については、新試験の一部を免除する
②告示校での実務経験が一定以上の者については、実習を免除する
③告示校での実務経験が一定以上の者については、経過措置期間は十分な期間を設ける
の3点を挙げています。
また、「(公認日本語教師の)配置基準については、免除や経過措置期間、試験の難易度が決定後、日本語教育機関関係6団体の意見を配慮のうえ、検討を行い、段階的に基準を決めていただきたい」としています。
さらに、新たな資格制度と告示基準の教師要件の関係性、「留学」「就労」「生活」の3類型に当たってはその3つの関連性を、それぞれ明確にするように求めています。
「日本語教師の資格及び日本語教育機関の類型化について」の意見書
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/nihongo_kyoin/pdf/92369001_01.pdf
現有資格者の不安の背景
このような意見書が日本語学校から出された背景には、現有資格者の扱いをめぐって文化審議会国語分科会が取りまとめた報告書と、「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」で進みつつある議論では大きな違いがあるためです。
令和元年度(2020年3月)に文化審議会国語分科会が取りまとめた「日本語教師の資格の在り方について(報告)」では、この現有資格者(出入国在留管理庁が定める「日本語教育機関の告示基準」の教員要件を満たす者)については以下のように記載されていました。
新たな資格となる公認日本語教師の要件を満たす者として、十分な移行期間を設け、公認日本語教師として登録を行えるようにすることが適当である。
ところが、「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」では、現有資格者について以下のような案が提示されています。
「日本語教育機関の告示基準」第1条第1項第13号の教員要件を満たす現職の日本語教師等が公認日本語教師の資格取得を希望する場合、原則として筆記試験合格及び教育実習履修・修了の要件を満たした上で公認日本語教師の資格を取得することとする。
ただし、質が担保されている機関で一定年数以上働く等、教育の現場における実践的な資質・能力が担保される者に関しては、教育実習の免除を検討するなどの配慮を検討する。(実践的な資質・能力の確認方法については慎重に検討を行う。)
ここで言う「質が担保されている機関」がどういう機関を指すのかは、現時点では明らかにはなっていません。質とは当然、教育の質のことだと思われますが、新しい制度下では日本語教育機関の教育内容に関する項目の審査は文部科学省が指定する第三者機関が審査基準に基づき評価することになっており、法務省による法務省告示基準に基づく審査とは明確に分けられています。
現有資格者からすれば「自分が実践的な資質・能力が担保されているのか」、日本語学校からすれば「自校は質が担保されている機関なのか」が、現時点では一切明らかではなく、不安になるのも無理のないことだと思います。「質が担保されている機関」を、日本語教育機関関係6団体の意見書にある「告示校」と読み替えられればいいのですが、果たしてそのようなことができるのか、現時点では明らかではありません。
丁寧な経過措置と十分な移行期間を
日本には現在約300の国家資格があると言われていますが、何らかの資格を国家資格化する場合には、現場の混乱を防ぐためにも一定の移行期間を設け、経過措置が取られるのが一般的です。
国家資格化は多くの場合、有資格者の知識や技術が一定水準以上であることを国が認定することで、その仕事に関わる人材の社会的な地位の向上、待遇の安定を意図して行われます。それによって必要とされる分野に関わる人材の質と量が確保されることを狙います。必要とされる能力の証明は厳格に行われなければなりませんし、国家資格化を機に新たに必要とされる知識や技術があるのであれば、それは新たに身に付けなければならないでしょう。
その一方、国家資格化による現場の混乱は防がなければなりません。現場の混乱は、逆に質の低下を招きかねません。そのためには、丁寧な移行措置と十分な移行期間を設けることが大切だと思われます。既に、その人材が持っている能力と新たに身に付けなければならない能力を丁寧に整理し、足りないところは十分な時間的余裕を持って補えるような環境整備が必要であると思われます。
「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」を傍聴しよう!
「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」はオンライン会議で行われており、事前に申し込めば誰でも傍聴できます。2021年は1月から毎月会議が開催されていますので、6月も会議があるかもしれません。開催予定は文化庁のホームページを注視してください。この大事な議論をぜひ多くの方に傍聴していただければと思います。
「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」の過去の配布資料や議事録は、以下をご確認ください。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/nihongo_kyoin/92369001.html
*1:出入国在留管理庁が定める「日本語教育機関の告示基準」では、教員は次のいずれかに該当する者であるとしています。
イ 大学(短期大学を除く)又は大学院において日本語教育に関する教育課程を履修して所定の単位を修得し、かつ、当該大学を卒業し又は当該大学院の課程を修了した者
ロ 大学又は大学院において日本語教育に関する科目の単位を26単位以上修得し、かつ、当該大学を卒業し又は当該大学院の課程を修了した者
ハ 公益財団法人日本語教育支援協会が実施する日本語教育能力検定試験に合格した者
ニ 学士の学位を有し、かつ、日本語教育に関する研修であって適当と認められるものを420単位時間以上受講し、これを修了した者
ホ その他イからニまでに掲げる者と同等以上の能力があると認められる者
*2:日本語教育機関関係6団体:
(一財)日本語教育振興協会、(一社)全国日本語学校連合会、(一社)日本語学校ネットワーク、全国専門学校日本語教育協会、(一社)全国各種学校日本語教育協会、(一社)全日本学校法人日本語教育協議会
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