コロナ禍の中で迎えた二度目のゴールデンウィークです。日本語教師の皆さんも、置かれている状況や立場によっていろいろと不満や不安もあるかもしれませんが、今は徹底したステイホームで一刻も早くこの状況を収束させたいものです。家での時間を有効に使うために、こんな時だからこそ読みたい本、日本語教師にお勧めしたい本を、日本語教育関連では最も長い歴史を誇る出版社の一つである、くろしお出版の岡野秀夫社長に紹介してもらいました。
戦後すぐから綿々と続く歴史
――まず、くろしお出版についてご紹介をお願いします。
くろしお出版は終戦後すぐの1948年に創業しましたので、今年で創業73年目になります。私(岡野社長)の父の岡野篤信が友人と一緒に始めた会社です。父は当時、日本語の文字を漢字かな交じりから合理的なローマ字にしようとするローマ字運動に参加していました。
――くろしお出版はローマ字運動とはどのように関わっていたのですか。
ローマ字運動は戦前からありましたが、戦時中は下火になりました。戦後は初等教育でのローマ字教育が見直され、ローマ字で書かれた教科書も作られるようになり、くろしお出版は小学生向けのローマ字の検定教科書などを主に出版していました。しかし、1960年前後に当時の文部省の方針が変わり、ローマ字は国語の教科書の中の一部として扱われるようになりました。そのため、くろしお出版は教科書会社として存続し続けるか、それとも別の分野の出版の道を探るかを選ばなければならなくなりました。
――会社としては大変な重要な選択ですね。
その頃に、くろしお出版から出版されたのが、父と同じくローマ字運動に関係していた三上章(あきら)の代表的著作です。
1960年代から70年代にかけて、『象は鼻が長い』に続く三上の著作がくろしお出版から出版され、かつての名著も復刊されました。また三上を高く評価していた、これも日本語教育の先駆者である寺村秀夫の代表作が出版されたのは1982年のことです。
寺村はそれまでの国文法ではなく、外国人に日本語を教えるのに必要な日本語学に基づいた日本語文法を体系化していきました。それらは今の日本語教育の源流になっています。やがてその流れの中で時代は下り、1998年には日本語の文型を網羅的に整理した辞典が生まれました。このあたりから、くろしお出版も言語学・日本語学というそれまでの柱に加えて、日本語教育という柱が育ってきたと思います。
『教師と学習者のための日本語文型辞典』(グループジャマシイ)
その一方、当時は海外での日本語教育熱も大いに高まりました。そんな中で、私自身も海外の日本語教育関連の学会に顔を出すようになり、海外で活躍する多くの日本語教師と交流する中で、日本語教育機関で広く使われる日本語教材も出版するようになりました。こちらは中級以上向けの教材なのですが、2021年にはこの初級編を出版する予定があります。
『上級へのとびら』(岡まゆみ/筒井通雄/近藤純子/江森祥子/花井善朗/石川智)
海外の日本語教師を応援するサイトを立ち上げる
――海外の日本語の先生はどんなニーズがあるのですか。
一番多いのは、「読み物の教材がないので作ってほしい」というニーズですね。しかし、これがなかなか難しい。まず、海外の場合は、紙の本にしてしまうと送料などがかかるので高額なものになってしまい手が届きません。海外の日本語学習者は日本語と接する機会が極めて少ないので難しすぎる読み物は敬遠されます。とは言え面白いものでないと長続きしません。
――どんな内容やトピックが受けるのでしょうか。
面白いというのは、知的好奇心を揺さぶるようなものです。単に日本語を語学として学ぶだけではなく、日本語を通して日本社会や文化を学べるようなものですね。今なら、例えばSDGs*1に関連した事柄を教材に落とし込んで、日本社会の問題と自国の社会の問題を比較したり、類似性やその背景を考えたりする教材などが求められているように思います。
――そのようなニーズにはどうやったら応えられますか。
実は、そういった面白い読み物を読める「日本語多読道場」というサイトを新しく立ち上げました。日本語能力試験(JLPT)のN2~N5のレベル別に、豊富な写真とともに、誰でも無料で楽しく読めるようにしてあります。紀行文や日本食をテーマにしたものが多いのですが、これは海外の先生からのリクエストが多かったものです。今はコロナで来日することもできませんので、せめて日本旅行気分を味わいながら、同時に日本の文化的な多様性や社会的な課題なども考えてもらえればと思っています。サイトを立ち上げたところ、米国ペンシルバニア大学やサンフランシスコの日本語学校、あるいは国内の日本語学校からも反響をいただきました。実は私の趣味はスキューバダイビングで、これまでに行った沖縄の南西諸島や座間味島のことなどを私自身が書いている読み物もあるんですよ(笑)。
――岡野社長、自らがお書きになっているんですか!
実はコロナ禍で出張や営業もできませんので、その分の時間を読み物の執筆に充てているんです。
――頭が下がります。
日本語教師志望者、現職日本語教師向けのお勧め本
――最後に、最近出版された本で、お勧めの本を紹介してください。
まず、これから日本語教師を目指すという方や、まだ経験の浅い日本語教師の方には、以下の2冊をお勧めします。
『やさしい日本語のしくみ 改訂版 日本語学の基本』(庵功雄/日高水穂/前田直子/山田敏弘/大和シゲミ)
『やさしい日本語のしくみ 改訂版 日本語学の基本』は、日本語教育・日本語文法に精通する執筆陣がおくるロングセラー書籍の改訂版です(初版2003年/改訂2020年)。日本語教師が最低限おさえておきたい日本語文法の重要かつ基礎的なトピックを厳選しました。100ページとコンパクトにまとまっており、これから学ぶ人はもちろん、現役教師の方の文法事項確認にも最適の1冊です。
また、『超基礎・日本語教育』は、これから日本語教育を学ぶ人、あるいは興味がある人(例えば、大学の日本語教育専攻、副専攻の1年生、ボランティアで日本語を教えてみたい人)を対象とした、日本語教育のイロハから教育実習までを解説した最新でもっともわかりやすい入門書です。単に日本語教育の知識を得るという本ではなく、様々なアクティビティを通して日本語教育を体験(or擬似体験)し、とにかく日本語を教えることの面白さや、楽しさに気づいてもらえるような内容となっています。第一線で活躍する日本語教師達が語る日本語教育の魅力を是非体験していただきたいと思います。
――現職の日本語教師の皆さんにお勧めしたい本はありますか。
現職の日本語の先生方にお勧めしたいのは、次の3冊です。
『日本語教師のためのアクティブ・ラーニング』(横溝紳一郎/山田智久)
『日本語教師のための シャドーイング指導』(迫田久美子/古本裕美[編著])
『第二言語習得について日本語教師が知っておくべきこと』(小柳かおる)
『日本語教師のためのアクティブ・ラーニング』は、学習者の「主体的・対話的で深い学び」を引き出すために、授業をどうデザインすればよいのか、具体的なヒントが満載の本です。前半は既存の授業を調整する方法、たとえば文法の教え方、四技能別の教え方など、後半はICTの活用、たとえばslack、zoomなどで授業を変える方法などを紹介しています。日本語教育のみならず教育全般においてアクティブ・ラーニングは非常に大切な概念ですので、その入門書としても最適だと思います。
『日本語教師のための シャドーイング指導』は、シャドーイングが日本語学習者の「わかる」を「できる」へとつなげられる有効な訓練法であることを紹介し、さらに、それを実践するための指導法、評価の仕方、日本国外の実践例を詳細に解説しています。「シャドーイングは知っているけれど、授業の取り入れ方がわからない」と導入をためらっている方、そして「導入しているけれど、もっと効果的な利用法が知りたい」「シャドーイングの練習をどう評価したらいいのだろう」と悩んでいる方に、明日の授業ですぐに役立つ内容です。
最後に、第二言語習得(SLA)の知識理解は、文科省の教員養成の外国語コアカリキュラム案にも含まれたことからもわかるように、言語指導を行う人にとって必要不可欠なものとなりました。外国語教育に役立つとされるこのSLA理論で、今どんなことが言われていて、日本語教育にどう生かせるのか。『第二言語習得について日本語教師が知っておくべきこと』では、最新の知見も含めつつ、教室活動を見直すきっかけを読者に提供します。
――いずれも読み応えのある良書ですね。ぜひ、このゴールデンウィークを使って、興味のある本を手に取っていただければと思います。本日はありがとうございました。
くろしお出版
https://www.9640.jp/
*1:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)
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