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読むことをきっかけに、やりとりを深めてほしい―『「読む」から始める日本語会話ワークブック』著者インタビュー

 

5月に発売した『「読む」から始める日本語会話ワークブック』。会話授業で使っていただける、テーマについて多角的な短いストーリーを三つ読んだ後で自分の考えを話したり、人と話をしたりするテキストです。今回はこのテキストの著者のお一人である吉川達さんに、テキストを作ったきっかけや作成過程などをお聞きしました。

 

多読の素材を使って面白い授業ができないか、と考えたのが始まり

――発行から数カ月経ち、実際に学校で使ってくれるという声も聞こえてきましたね。もともと、このようなテキストを作ろうと思ったきっかけは何だったんですか。

私は「たどくのひろば」というウェブサイトを運営していますが、そこに載せる読み物を拡張するために「『どんどん増える! 日本語ちょっとストーリーズ』プロジェクト(通称、どんプロ)」というものを始めました。どんプロのメンバーの数名は、以前出した『どんどん読める! 日本語ショートストーリーズ』(アルク)の翻案者です。私もその一人で、今回の著者でもあります。

どんプロでは多数の読み物をまとめてホームページにアップすることができました。多数ある読み物の中で、著者の一人である佐藤淳子さんが作った「普通」をテーマにした読み物について、考えさせられるな、読んだ人同士で話し合える話題だな、と感じました。サイトにはたくさんの読み物をアップしたし、せっかくなのでこれらを使って授業をしたいと思いました。

漠然と考えたのはいくつかの好きな読み物を使いたい、かつ一つの話じゃなくて似たような話をいくつか読んでディスカッションができればいいな、ということでした。それを授業で形にし始めて、「普通」「時間」「お金」などいくつかのテーマでお試しの授業をしてみました。佐藤さんにもそれを話したら、それは面白そうということで同じような実践をして、他のメンバーも似たようなことをやってみます、という声があって。それぞれ授業中でやるタスクや、いくつ読むかということもバラバラでしたが、そのあたりで『どんどん読める日本語ショートストーリーズ』の編集者と雑談している中で、それをテキストとして形にしていきましょうか、ということになりました。

――多読の素材を使うということだと、読解の授業なども考えられますが、「話す」ことが中心のテキストになったのはどうしてでしょうか。

多読での活動の一つとしてブックトークをすることがあります。ブックトークでは、「読む」ことをきっかけにして本の面白いところ、分からないところなどを「話す」ことに結び付いていきます。自分自身、学生といろんな話をしたい、話を聞きたいというのがもともとあって、ブックトークの例から、読むことが、いい話のきっかけになると思いました。多読では、精読ではなくて内容重視の読み方をするので、その点でもテーマについて話す活動と合うと思いました。

自分事として考えられる・深められるテーマ

――今回、10のテーマを取り上げていますが、テーマはどのように決めたのでしょうか。

このテキストで取り上げたものは、考える機会がないとあえて考えない、どれも自分事として考えられて、深められる、そして緊急性の高いテーマではない、ということで選びました。環境・貧困などの社会問題はこの先も考えないといけない。でも今回についてはそうじゃなくて、考えなくてもいいけれど、考えたら深みにはまる、だから面白い、という種類のものを、と。候補としては20ほどのテーマがありました。その中で、現実的に考えて、ディスカッションするための方向性が違う三つの読み物が作れそうか、話は深められそうか、という点で削っていきました。「笑い」というテーマも最後のほうまで残っていたんですけど、深めるのは難しいテーマかな、ということで採用しませんでした。

――中にある読み物は、もともと作ってあったものではないんですね?

はい、2、3作はどんプロで作った読み物をリライトしていいますが、それ以外は1から作っています。N3の語彙と文法の知識で読めるレベルで作られた、著者たちの書きおろしです。著者の経験や体験、最近のニュースなどから着想を得て書かれています。

読み物は一つのテーマについて三つあるのですが、あまり説教くさいというか、教科書っぽい話にはしたくありませんでした。三つのうち説明をするような話は、あっても一つ、あとはエッセイ的なものにしています。

本のために著者陣で合宿もしたんですが、合宿では読み物の内容の重なり、方向性などを6人の視点からチェックしていきました。それは『どんどん読める日本語ショートストーリーズ』の製作や「どんプロ」の過程で、6人の著者の、読み物に対する認識がブラッシュアップされていたのでできたことだと思います。6人で書いているのでそれぞれの色があり、色が濃すぎる場合はとその人の色は残しつつ、本としてのバランスが取れるように調整しました。そして、タスクについても話し合っていきました。

――話すためのタスクはどのように考えて設定されているのですか。

タスクは徐々に抽象度が上がるようになっています。プレタスクからタスク4までがあります。プレタスクは、前の授業の終わりにできる、その場でアイデアが出せて、答えることができるタスクです。タスク1は三つの読み物の内容確認としての役割があります。読むことは宿題として出しますが、やってこなかった人でもタスク1を聞くことでストーリーを把握することができます。

その後、タスク2では自分語りをしてもらいます。それぞれの読み物にゆるく関連する問いで、自分のことに引き付けて語れるようになっています。タスク3は今までのタスクを経て抽象度を上げて語れる、思考を深めて広がっていくように設定しています。そしてタスク4では、「話す」からいったん切り替えて「書いて」表現し、思考を収束させます。プラスαのタスクもありますが、これは応用的な広がりを持たせたタスクとなっています。大学の授業でもプラスαのタスクをやりましたが、大きな広がりのある活動になりました。

授業中、教師はサポートやファシリテートを

――実際に実践してみてどうでしたか。

サンプル版を、中級レベルの留学生と日本人学生が一緒に学ぶ授業で使用しました。学習者に馴染みがないスタイルで、基本、話さなきゃいけない授業なので、学生同士の関係性があたたまるまでは発言が出にくい面もありました。あまり抽象的なテーマだと話がしにくいようだったので、「お金」「結婚」のような具体的なテーマを先にやることにしました。

しばらく経つと発言が出てくるようにはなりましたが、どれだけ積極的に話すかは、学生の特性にもよります。教師の役割として、てこ入れをし、サポートやファシリテートすることが大切でした。

留学生と日本人という出身の差から、異文化交流の授業でも使えて、いろいろな発見がありました。違う出身でも共通点が多かったり、同じ国の人同士でも意見がぶつかったりして、話し合いは活発になっていきました。どうしてもディスカッションができない、したくない学生もいて、その場合は不快にならない程度に自分語りはしてもらうようにしていました。そして、学生のディスカッションを聞くうちに教師もそれに加わり、面白くていつの間にか深みにはまっていくので、注意が必要でした。

生成AIではできない授業を

――使うために押さえておいてほしいこと、これから使う人に伝えたいことはありますか。

授業をやったあと、学生の意識が広がって、テーマについてのアンテナの感度が上がります。授業をやったことで、そのテーマについて考え続けるようになってほしい。

読み物についても、話すきっかけとして使うものなので、できれば精読のためには使ってほしくないなと思います。読むところは授業中に時間を取らず、宿題にして読んできてもらえるといいと思います。読み物のページにはメモ欄が付いているので、読みながら分からない語彙はメモして、最後に調べるというようにして、読むことを中断せずに集中して読んでほしいです。

タスクも設定していますが、スキップしても順番を変えてもよいと思います。教師が自分で考えたタスクを加えても、学習者に合ったものを加えても。この本がきっかけとなるように自由度高く使ってもらえばいい。

また、「たどくのひろば」のウェブサイトにも、このテキストの特設ページがあって、「プラスαのメディア情報」や追加コンテンツがあるので、ぜひ活用してほしいです。このテキストにある三つの読み物に留まらずに、同じテーマの映画や小説などを紹介していて、テーマについてより多角的に見るきっかけになります。

こらからは生成AIを使えば表面的な情報は出てきます。ドリル的な日本語教育は生成AIに持っていかれるでしょう。では生成AIではできないこと、教室に集まることの意味やそこで得られるものは何かと考えると、それは人と人の「やりとり」から生まれるものではないか、と思います。ですので、このテキストは時代に合った内容ではないかと思っています。

 

「読み物に付いているイラストも気に入っているので、ぜひ塗り絵をしてください」と言う吉川さん。9月にはこのテキストに関するセミナーも予定していますので、ぜひご参加ください。

 

▼オンラインセミナー実施します!

凡人社オンライン日本語サロン研修会
『「読む」からはじめる日本語会話ワークブック』活用講座 

日時:2024年9月21日(土) 10:30‐12:00

講師:吉川 達、森 勇樹、佐藤 淳子、二口 和紀子
(『「読む」からはじめる日本語会話ワークブック』著者)

詳細はこちらから

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