ゴールデンウィークを直前に控えた2021年4月25日、新型コロナウイルス対策特別措置法に基づく3度目の緊急事態宣言が東京、大阪、京都、兵庫で発令されました。また、まん延防止等重点措置の対象の県では宣言に準じた感染対策を徹底することになりました。2021年のゴールデンウィークは徹底したステイホーム。その時間を有効に使うために日本語教師にお勧めしたい本を、日本語教育の専門書店・凡人社編集部の渡辺唯広さんと大橋由希さんに紹介してもらいました。
目指すは日本語教育の総合商社
――まず、凡人社についてご紹介お願いします。
凡人社は1973年「にほんごの凡人社」として創業しましたから、今年で創業48年目になります。我々はその当時はまだ入社していなかったのですが、日本語教育という言葉があまり知られていなかった時代から、現在の社是である「世界の日本語教育に貢献する」ことをめざして日本語教材の刊行を始めました。
――日本語教材の出版社としても知られていますが、東京・麹町店や大阪店で日本語教材を購入してきた日本語教師も多いと思います。
麹町店と大阪店は日本語教育の教科書、参考書、教室活動に使える教具まで豊富に取りそろえた専門書店です。残念ながら麹町店は新型コロナの影響で臨時休業していて、大阪店は予約制で店舗営業をしています(通信販売は通常通り。詳しくは凡人社のウェブサイトをご覧ください)。創業者の田中久光社長からは、単に本を作る、本を売るということではなく、「日本語教育の総合商社たれ」と言われてきました。本を介して、人と人とのつながり、コミュニティーづくりを大切にしてきました。
――確かに麹町店には大テーブルがあって、そこで教科書を見比べたり、活発に議論したりしている人をよく見かけましたね。時々、著名な先生が缶ヅメになって大テーブルで原稿を書いていたりする姿もお見かけしました(笑)。新刊の教科書の使い方を著者が説明するような店頭イベントも毎週末に開催されていましたね。
店頭イベントは今はオンラインを使ったイベントに移行し、Facebookを使ったコミュニティーづくりや、SNSを活用した告知活動など、手法はどんどん今風に新しくなっていますが、人と人とのつながりを何よりも大事にする社風は、創業当初から変わっていないものと自負しています。
最近の出版物の中でも、
『OPIによる会話能力の評価 ―テスティング、教育、研究に生かす―』
などは、オンラインイベント、Facebookグループ、SNSなどを積極的に活用している事例です。
過去から未来へつながる日本語教育を考える
――さて、東京でも新型コロナの影響が続いていますが、こんな時こそ、日本語教師の皆さんにとっては、じっくりと本を読んでいろいろと考えたり、力を蓄えたりするチャンスではないかと思います。お勧めの本をいくつか紹介していただけますか。
まず、お勧めしたいのは、この本です。
『ことばで社会をつなぐ仕事 ―日本語教育者のキャリア・ガイド―』
新型コロナの影響で留学生が来日できず、日本語学校や日本語教師にとっては厳しい時期だと思います。しかし視点を変えてみると、実は日本語教育で培った力というのは、日本語の授業をするだけではなく、他のことにもいろいろと生かせると思うのです。「日本語教育者」としての幅の広さを知ることで、「今だからこそ」の可能性を見いだすヒントが得られるかもしれません。先行きが不透明な今こそ、キャリアデザインを考えてみるのはいかがでしょうか。
――私も読んでみましたが、日本語教育の扱う領域の広さが、そのまま新しい可能性に広さにつながっている実例が豊富に紹介されており、とても勇気づけられました。登場されている方々も、魅力的な方々ばかりですね。
次にお勧めしたいのは、この本です。
これは、15~20年ほど前に出版された「日本語教師のための知識本」というシリーズがあるのですが、これのアンサー本という位置づけです。
――「日本語教師のための知識本」シリーズには、どのようなものがあるのですか。
『日本語教育における学習の分析とデザイン』(岡崎眸、岡崎敏雄)、『ことばと文化を結ぶ日本語教育』(細川英雄)、『人間主義の日本語教育』(岡崎洋三、西口光一、山田泉)、『文化と歴史の中の学習と学習者』(西口光一)、『日本語教師の成長と自己研修』(春原憲一郎、横溝紳一郎)があります。
――いずれのタイトルも今見ても新鮮なものばかりですね。著者もこれまでの日本語教育を牽引されてきた方々です。そのアンサー本とはどういう意味でしょうか。
『日本語教育 学のデザイン その地と図を描く』では、「日本語教師のための知識本」シリーズで扱ったテーマを各章に分けて、その問い掛けに対してのアンサーをまとめたものです。発行は2015年で、「日本語教師のための知識本」の著者のお弟子さんぐらいの世代の方々がまとめた大変意欲的な本です。時代を越えてつながるコミュニケーションの息吹を感じていただきたいと思います。
自分の学びのために日本語教材を見る
――ところで、ここまでご紹介いただいたものは主に日本語教師向けの参考書ですが、日本語の教材についてはいかがでしょうか。
はい、せっかくの機会ですので、日本語教材を「読者の目」で見てみてはどうかと思います。
――「読者の目」とはどういうことでしょうか?
通常、日本語教師は日本語教材を「教師の目」で分析的に見ることが多いと思います。表現の自然さや語彙のレベルの適切さなどです。もちろんそれも大切なのですが、時間があるこの時期に日本語教材を「読者の目」、つまり「学習者の目」で見直してみてはどうかという提案です。
――それは新鮮ですね。
私たち編集者が著者からいただいた原稿を読んでいると、純粋に「面白い」「楽しい」「ワクワクする」というものがとても多いんですね。つまり教材の中身、例えばリーディングの素材を純粋に楽しんでみるということです。タスクや活動のようなものがあれば、実際にやってみたり、練習問題を解いてみたりしてもいいでしょう。そうした中で日本語教師としての自分のビリーフに改めて気づかされたりもするものです。
――そのような、「読者の目」から見て面白い日本語教材を紹介してください。
最近発行された日本語教材からいくつかご紹介します。
『実践 研究計画作成法[第2版]―情報収集からプレゼンテーションまで―』
『メタ認知を活用したアカデミック・リーディングのための10のストラテジー』
読んでいて面白いもの、新しい発見があるものは、編集をしていても楽しいものです。そういう想いは仕事にも表れるのではないかと思います。そしてそれは、その教材を使って授業をされる先生も同じではないかと思います。せっかくですので私たちも、楽しく、ワクワクする授業ができる教材を世の中に出していきたいと思っています。
――単に日本語が上手になればいいということではないということでしょうか。
学ぶことを通して、学習者が人間的に揺さぶられたり、ハッピーな人生を歩むことにつながっていけば と思っています。語学教育というだけではなく、そういった広い視点の中で日本語教育というものをとらえ直していけたらと思っています。
――とても重要な視点だと思います。本日はありがとうございました。
にほんごの凡人社
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