今回ご紹介するのは元NHKのエグゼクティブ・アナウンサーであり、現在はフリーアナウンサー兼日本語教師として活躍されている近藤冨士雄さんです。なぜセカンドキャリアとして日本語教育の道を選んだのか、また2021年4月からのラジオ番組で日本語教育を取り上げることについてもお話を伺いました。
アナウンサーの仕事と日本語教育の重なる部分
――アナウンサーとして長いキャリアをお持ちの近藤さんですが、その際に大切にされていたことはありますか。
まず災害現場では「不確実なものは極力伝えないこと」です。感覚や憶測で情報を伝えることはかえって危険です。それで、わからないものはわからないと言っていました。
それからスポーツの実況については、動いているもの、見えるものを描写しなくてはいけない。どんな言葉で伝えるべきか、そこのスキルはかなり研究しました。視聴者の目線に立って、いかに有効な情報を伝えられるかが課題です。そのためには準備が必要で、資料を作りこむんですが実際の放送で使えるのは10分の1程度でした。あとは全部捨てる。それでも準備は大切ということです。
ニュースを読む場合は確実に時間内に読むこと。読み間違えたら即訂正すること。ここは瞬発力が必要です。
またエンターテインメントの司会の仕事もありましたが、これは、アナウンサーは出過ぎてはいけない。主役はあくまでも出演者の皆さんですから。
次にインタビューですが、自分がしゃべりすぎるとうまくいかない。いい答えは返ってきません。相手にしゃべらせる、しゃべってもらう。そのために目線だけとか、しぐさを駆使して深いところに話を持って行く、そういうテクニックは研究しました。
日本語に関連することでいえば、NHKには放送時に使われる言葉に基準があるのですが、これも時代に合わせて変化しているものがあります。ですからそういう情報をアップデートしておくことも大切でした。
――日本語教育の世界にも通じるところがたくさんありますね。勉強になります。
日本語をこれまでとは違う側面から見てみる
――日本語教育に興味を持ったのは、どうしてでしょうか。
まだNHKにいる頃から、NHKのアナウンサーというと日本語を話す人間の基準のように言われてきたけれども、果たしてそうなのかとずっと思っていました。僕は最終的には、400人余りいるNHKのアナウンサーの中で10人ぐらいしかいないエグゼクティブ・アナウンサーという一番高いところにいたのですが、正直言って日本語のプロではないなと感じていました。だから日本語の規範だと言われることが恥ずかしくて。アナウンサーは感性でしゃべっているので理論的なものはない。そこを超越するには、日本語というモノを違う側面から考えてみなければいけないと思っていました。ただ仕事が忙しかったので、本格的に勉強を始めたのはNHKを退職した後です。勉強を始めてみると、まあ奥が深かった。
もう一つは、世界に日本語を勉強したい海外ルーツの方は多いですが、必ずしも仕事や生活のためだけではない。日本の文化や芸術に興味があるという方もいる。そんな方に日本文化に近づいていただく手立ての一つとして日本語教育というジャンルがあることに気づいたのです。具体的な経験で言うと、フィギュアスケートの大会で「日本語で結弦を応援したい!」という海外の方がたくさんいらっしゃったのですが、うまく教えられなかった。そんなこともきっかけでどうやったら日本語を教えられるのかという考えに傾倒していきました。
――それで日本語教育能力検定試験を受けられたわけですね。独学だったそうですが。
はい、参考書や過去問、インターネットなどを使って10か月ほど勉強しました。それで2019年の検定試験に合格しました。
大切なのは教師がしゃべらないこと
――その後、実際に教え始めたのですか。
知人からの紹介があって、オンラインで日本語を教えるようになりました。現在は4名の方にレッスンを行っています。教え方は、相手に合わせて、間接法だったり直接法だったり。テキストは『できる日本語』なども使いますが、初級の方にはオリジナル教材も。一人の学習者には教科書を逆指定されまして、これを使ってくださいと。
――教えてみていかがですか。
手ごたえはあります。学習者が徐々に力をつけていくのを見るとこちらもうれしいです。
―東京のリンゲージ日本語学校で、日本語教師向けのセミナーもされていますね。
私は日本語教師としては駆け出しなので、日本語教育については皆さんの方がずっと詳しいですよとお断りした上で引き受けさせていただきました。ここでは「気持ちに届く・心に残る日本語の話し方」と題して、発声、発音、滑舌、ボイストレーニングの基礎からやっています。おかげさまでとても好評で、続編はないのですかという声も頂いています。
――アナウンサーの経験が日本語教育に活かせるのはどのような点でしょうか。
先ほどもお話ししましたが、インタビューですね。「こちらがしゃべらない。相手にしゃべらせる。」ということです。インタビュー番組ではアナウンサーがしゃべった部分は使われないんです。主役は相手ですから。
日本語のレッスンでも同じです。こちらが説明するのではなく、学習者に説明させる。正しい発話をどう引き出すかが重要です。今の学習者の1人は、僕のそのやり方が分かっているので「先生、その先しゃべらないで、私が考えます」と言います。そしてしばらく待って、出てきた文がエクセレントなんです。
西宮から世界に発信する
――4月からのラジオ番組について教えてください。
兵庫県西宮市のコミュニティFM局「さくらFM」*1で「SakuっとLa・ら・Ra西宮」という番組の月曜日パーソナリティーを務めることになりました。時間は午前10時から12時55分まで。内容は1週間の展望から、役に立つ情報におしゃべりあり音楽ありと盛りだくさんです。そして、このうちの12時台をフューチャータイムゾーンとしまして、未来につながる有益な情報を提供しようと企画しました。それで未来につながるものといえば、やはり「学び」ではないかと。学びにはもちろん学校教育、生涯教育、資格、趣味、サークルなどいろいろありますが、せっかくなら今自分が取り組んでいる日本語教育について一般リスナーの方に知ってもらってもいいのではないかと思いました。というわけで、毎回ではありませんが、折に触れて、日本語教育について取り上げていこうと決めたのです。
ここでは日本語教育について理解を深めてもらうだけでなく、学習活動の発表の場として番組を使ってもらうこともできると考えています。たとえば日本文化について教室でフリートークをしたものを放送するとか、今はコロナ禍で入国できていない学習者に向けて、教師が話しかけるとか、海外にいる日本語教師の方の授業でのやり取りを放送するとか、いろいろなアイデアが出ています。これは、この「さくらFM」がインターネットサイマルラジオといって、インターネットを通じて世界で聴くことができるからです。実際に放送初回の4月5日には海外からメッセージが来ましたし、僕のカナダの学習者も聴くと言ってくれました。
日本語教師の皆さんにとっては、よいPRの場にもなるのではないかと思っています。
マルチに生きることをモットーに
――これからやりたいことはありますか。
勉強をもっとしたいです。特に第2言語としての英語をもっと上達させて、英語を活かして日本語を教えたいです。
また、実はフリーアナウンサー兼日本語教師だけでなく、教育委員会から派遣されて小学校、中学校で先生の補助もやっていまして。教室で先生の補助をしたり、GIGAスクール構想のもとでPCの操作に慣れていない児童・生徒のサポートをしたり、等。いずれチャンスがあれば日本語指導が必要な海外ルーツの児童・生徒の支援もやりたいと思っています。
――セカンドキャリアとして日本語教師の道を選ぶ方も増えるのではないかと思いますが、そんな方たちに何かアドバイスはありますか。
そうですね。強い意志を持って学んでほしいと思います。日本語教育能力検定試験はかなり難関で僕も相当苦戦しました。分野は広いし、こんな風に日本語はできていたんだと知らなかったことも多く、日本語の規範なんて言われていた立場からすると恥ずかしいくらいでした。ですから計画的に勉強し、試験に挑む人は過去問を繰り返し勉強してください。
日本語教師というのは、セカンドキャリアの選択肢としてはとてもいいんじゃないかと思います。僕も日本語業界の先輩に「やればやるほどいろんなことがわかってくるし、楽しくなる仕事だ」と言われています。それに自分の回りで日本語教育について勉強している人がいて、ちょっとしたブームになっているんです。
取材を終えて
近藤さんと言えば、スーパーボウルの実況などでNFLファン・スポーツファンには有名な方です。それにインタビューのプロでもいらっしゃるので、こちらもとても緊張しましたが、おっしゃることが一つ一つその通りだなあと。ついしゃべりすぎてしまう日本語教師は私も含め多いのでは?
世界の学習者や日本語教育関係者とラジオを通じてつながることができるなんて本当にワクワクしますね。これからの展開が楽しみです。
*1:さくらFM 78.7MHz http://sakura-fm.co.jp/?mode=pc
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