日本から遠く離れたメキシコで、YouTubeを活用して日本語教育活動を展開している竹森悠介さんを紹介します。民間の日本語教師養成講座を修了後、単身メキシコに渡り専任講師として活躍。並行して始めた「YUYU NIHONGO」は、ラテンアメリカを中心に実に50万人以上の登録者がいる大人気YouTubeチャンネルです。
YouTubeチャンネル「YUYU NIHONGO」
https://www.youtube.com/channel/UCCyQwSS6m2mVB0-H2FOFJtw
ラテンアメリカにおける日本語・日本文化の入口
――2018年度の国際交流基金の調査では世界の教育機関で学ぶ日本語学習者の数は約385万人とのことです*1。「YUYU NIHONGO」の登録者の登録者の中には、教育機関に通わずに独学で日本語を学んでいる人も多いと思うので一概に比較はできませんが、それにしても50万人というのは驚異的な数字ですね。
「YUYU NIHONGO」は2019年の4月にスタートさせました。メキシコを中心に、チリ、アルゼンチン、ペルーなど、ラテンアメリカ全域からの視聴があります。またスペイン語を媒介語にしていることもあり、スペインからの視聴もあります。登録者の年齢層は10代半ばぐらいから30代ぐらいまでの、比較的若い人たちが多いようです。
――これまでどんな内容の動画をアップしてきたのですか。
最初は、日本語学校に入る前に日本語に関心を持ってもらえるような動画を中心にアップしていました。基本的な日本語のあいさつや平仮名・カタカナ・漢字などの動画です。どのYouTubeチャンネルもそうだと思いますが、最初はなかなか再生数が伸びずに苦労しました。それでもコツコツと動画をアップしてきたところ、2019年末ぐらいから以前にアップした動画が見られるようになり、再生数が伸び始めました。
――再生数が伸び始めたのには何か理由があったのですか。
一つにはコロナの影響で、メキシコでも家で過ごす時間が長くなったことがあったと思います。YouTubeがあれば家に居ながらにして日本語の勉強ができますので。親が教育目的で子供に「YUYU NIHONGO」を勧めてくれたりもしたようです。また、日本語の勉強だけではなく、日本とメキシコの文化の違いについて説明したり、料理教室の動画などもアップして、視聴者の反応を見ながら少しずつ内容の幅を広げるようにしています。
――料理教室では竹森さんが日本料理を作るのですか。
はい。実は料理が好きなんです。といってもそれほど凝った料理ではありません(笑)。実は、メキシコでは東洋水産が製造している「マルちゃんラーメン」というインスタントラーメンが国民食とも言えるほど人気があるのですが、この「マルちゃんラーメン」を作る動画やおにぎりを作る動画は大変人気があります。
――ラーメン動画を見てみたところ、再生数は74万回!でした。謙遜されていますが、動画の中ではチャーシューを煮込むところから始まって、かなり本格的な料理の腕前と拝見しました。
料理動画は親子で楽しむことができるので人気があるようです。子供が動画を見て母親に作ってほしいとせがんだり、子供がチャレンジしてみたり、料理を作る中で関連した日本語を覚えたりといったところが受けているようです。
養成講座を修了し、日本から一番遠い国を目指した
――そもそも竹森さんは、なぜメキシコで日本語教育に携わるようになったのですか。
私は大学では経済学を学びましたが、将来はぜひ海外で何か仕事をしたいと思っていました。そんな時、大学の英語の先生から「自分の母語を教えられるようになれば、海外で働ける」とアドバイスをいただき、初めて日本語教師という職業のことを知りました。それで大学4年生の時にインターネットで見つけた日本語教師養成講座に通って、日本語教育の勉強を始めました。
――養成講座を修了して、いよいよ海外へ教えに行くとなった時に、目的地としてなぜメキシコを選んだのでしょうか。
実はそれまで海外へ出た経験が一度もなかったのですが、せっかくですから日本から一番遠い国へ行こうと思ったんです。できるだけ日本とは異なる文化の中に自分の身を置きたかったんです。それで、日本語教師の求人情報を見て、メキシコの日本語学校に履歴書を送りました。
――素晴らしい行動力ですね。実際にメキシコで生活を始めてどうでしたか。
正直、経済的にはとても厳しくて、食べるものもインスタントラーメンやサンドイッチというような日が続きました。それからスペイン語も大学の第二外国語では履修していたのですが、現地での会話のスピードにはついていけず、最初の頃は苦労しました。
――今、「YUYU NIHONGO」拝見すると、大変流暢なスペイン語を話されているように思います。どうやってスペイン語を習得されたのでしょうか。
私はもともと英語も得意ではないのですが、今思えば、日本語学校の学生に生活上のいろいろなことを手伝ってもらったことが大きかったと思います。メキシコ人はとても親切で、買い物でも引っ越しでも何でも手伝ってくれました。そういう生活の中で、学生に助けてもらいながらコミュニケーションしていく中で、少しずつスペイン語もマスターしていきました。スペイン語に不自由を感じなくなったのはメキシコに来て3年目ぐらいからですね。
学校を飛び出し「YUYU NIHONGO」を立ち上げる
――その後は日本語学校で専任講師として日本語を教えていたわけですね。
はい。日本語の授業を担当することはもちろんですが、それ以外にも学校のホームページなどを工夫して学生の募集活動なども担当しました。その甲斐もあり、私が教え始めた頃に200人程度だった学生数は4、5年後には600人ぐらいに増加しました。また、日本語学校で教えるのと並行して、勤務前後の空いている時間を使って動画を作成しYouTubeにアップする活動も始めました。これが「YUYU NIHONGO」です。
――順調な日本語教師ライフのようにも見えますが、なぜ、専任講師を辞めて独立されようと思ったのでしょうか。
教室内で日本語を教えることに充実感を覚える一方、教室内だけに留まっていたのでは、これからの日本語教育は難しいのではないかという危機感を持ったことが大きな理由です。それは最近AIの進化が目覚ましいことも影響しています。
――竹森さんの感じている危機感について、もう少し詳しく教えてください。
AIが普及することでさまざまな職業がAIに取って代わられるということが話題になったことがありましたが、日本語教育に限らず、「成果」というところだけを見てしまえば、人間がAIに打ち勝つのは難しいように思います。それに加えて、日本語教育の場合は、(かつての日本語学習者が日本語が上達して教師になる人も含めて)教師の人数の増加に比して学習者の人数はそこまで増加していないように思えます。今、日本語教育にとって大切なことは、いかに日本語学習者を増やすかということではないでしょうか。
――学習者が増えなければ教師の仕事も増えませんし、その教師の仕事もAIなどの「ライバル」に押されていくのであれば、「顧客の創造」はとても大切な視点だと思います。
これまで日本に関心を持ってもらう入口の部分は、正直、アニメやサブカル任せになっていました。しかし、日本語教育もそこに積極的にコミットしていかなければと思いますし、そのためのツールとしてYouTubeやSNSは極めて有効だと思います。
――もっと気軽に日本や日本語に触れてもらう機会を増やすということですね。
エンタテイメント性が大事だと思っています。「日本語の勉強をするから」もいいのですが、もっと気軽に「面白いから」「笑えるから」動画を見てみる、ということでいいように思います。そのうちに何となく日本語のフレーズや平仮名を覚えていくものです。自信がついたら、学校に通う人も自然に増えていくでしょう。日本語に限りませんが、せっかく語学学習を始めても途中で挫折・ストップしてしまう人はたくさんいます。そういう人のやり直しとしてもYouTubeは有効だと思います。
――ところで、竹森さんは日本語教師の在り方をどう捉えていますか。
自分の授業の質を上げることに惜しみない努力を重ねていらっしゃるすばらしい方が多いように思います。また、「教師」というと日本ではどうしても「聖職」「清貧」といったイメージが強く、必要以上に「お金をもらうのは悪いこと」と考えている人が多いようにも感じます。
――中学校や高校などの学校の先生にイメージが近いかもしれませんね。
自分の提供した価値に対して対価をもらうのは経済学の基本的な考え方ですが、その価値に見合った対価をもらうことから目を背けてしまっては、教師側も学習者側も長く続けることは難しいように思います。
毎回の自分の授業の質を上げることで成果を上げることももちろんですが、そういったことを通して、「この先生から日本語を学びたい」と学習者から思ってもらえるように、人間としての魅力を高めることが自らの価値を上げることにつながり、それが引いては日本語教師にとっても学習者にとってもメリットとして返ってくるのではないかと思います。
――今後も「YUYU NIHONGO」の活動に大いに期待してます。本日はありがとうございました。
竹森悠介(たけもり・ゆうすけ)
2012年から8年間、社団法人グアダラハラ日墨文化交流学院専任講師を務める。 2017年~2018年社団法人メキシコ日本語教師会会長。2019年にYUYU NIHONGOのInstagram、Facebook、YouTubeチャンネル開設。現在、ポッドキャストを含め、SNSを中心に日本語学習者に向けた情報を発信中。
SNS一覧:https://linktr.ee/Yuyunihongo
*1:2018年度 海外日本語教育機関調査(国際交流基金)https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/survey18.html
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