日頃から日本語を教えていて、日本語については人一倍敏感な日本語教師の皆さんでも、日本語そのものを見つめ直す機会は意外と少ないかもしれません。ここでは、文化庁が毎年行っている最近4年間の「国語に関する世論調査」の中から、新しい言葉の意味や慣用句の意味の変化について取り上げます。
「国語に関する世論調査」とは
文化庁が日本人の国語に関する意識や理解の現状について調査し、国語施策の立案に資するとともに、国民の国語に関する興味・関心を喚起するものとして、平成7年度から毎年実施しているものです。毎秋に発表される調査結果は、年々変化する日本語や言葉・コミュニケーションに対する日本人の考え方が反映されており、大変興味深いものがあります。
調査ではあらゆる世代に向けて、さまざまな切り口から質問が設定されますが、毎回、新しい表現や言葉の意味の変化について問う質問があります。今回はそこから、特に興味深いものを取り上げてみます。【 】は年度、Hは平成、Rは令和、( )は答えた人の%です。
生まれてくる日本語・廃れていく日本語
新しい言葉が使われるようになったり、逆にこれまで使われていた言葉があまり使われなくなったりすることがあります。
Q:聞いたこと、使ったことがある表現か
【H28年度】(「使うことがある」と答えた人が多い順)
目が点になる(46.4)>心が折れる(43.3)>背筋が凍る(38.0)>毒を吐く(28.9)>あさっての方を向く(28.7)
【H29年度】(「使うことがある」と答えた人が多い順)
上から目線の言い方をする(57.4)>彼とはタメ口で話をする(51.0)>自分の立ち位置を確認する(48.5)>ガチで勝負をする(41.0)>ほぼほぼ完成している(27.3)>開始の時期を後ろ倒しにする(12.3)
Q:聞いたこと、使ったことがある表現か
【H30年度】(「使うことがある」と答えた人が多い順)
知る人ぞ知る秘境(49.5)>古き良き時代を懐かしむ(36.5)>招かれざる客(35.6)>結果は言わずもがなである(18.5)>えも言われぬ美しさ(17.8)>議論が行きつ戻りつしている(12.3)
「この言葉がこんなに使われているのか(使われていないのか)」と驚かれた方もいるかもしれません。同じ日本語でも使う言葉は世代によって大きく異なります。当然のことながら一般的には、年配の世代であれば昔からある言葉を、若い世代であれば新しい言葉をよく使う傾向があります。言葉によってその傾向も少しずつ違ってきます。
変化する言葉の意味
本来の意味とは異なる意味でその言葉を使う人の割合が大勢を占めた時、その言葉の意味は変わったと言えるかもしれません。
Q:どちらの意味だと思うか
【H28年度】(新しい意味で捉えている人が太字の本来の意味で捉えている人よりも多いもの)
さわり(話のさわりだけ聞かせる)
話などの最初の部分のこと>話などの要点のこと(本来の意味)
【H28年度】
ぞっとしない(今回の映画は、余りぞっとしないものだった)
恐ろしくない>面白くない(本来の意味)
【H29年度】
檄(げき)を飛ばす
元気のない者に刺激を与えて活気付けること>自分の主張や考えを、広く人々に知らせて同意を求めること(本来の意味)
【H29年度】
なし崩し(借金をなし崩しにする)
なかったことにすること>少しずつ返していくこと(本来の意味)
【R元年度】
手をこまねく
準備して待ち構える>何もせずに傍観している(本来の意味)
【R元年度】
敷居が高い
高級すぎたり、上品すぎたりして、入りにくい>相手に不義理などをしてしまい、行きにくい(本来の意味)
【R元年度】
浮足立つ
喜びや期待を感じ、落ち着かずそわそわしている>恐れや不安を感じ、落ち着かずそわそわしている(本来の意味)
言葉の意味は時代とともに変化します。学校の古典の授業に出てきた数百年前の日本語の意味が今の日本語の意味と大きく違っていたことを思い出す方もいらっしゃるかもしれません。言葉の変化を「乱れ」と捉えるのではなく「自然なもの」と捉え、言葉の変化の実態をありのままに見つめることが大切だと思います。
変化する言葉の形
語形も時代とともに変化します。その原因はさまざまですが、似た言葉やよく使われる別の言葉に引っ張られることが多いようです。
Q:どちらの言い方を使うか
【H28年度】(新しい言い方を使う人が太字の本来の言い方を使う人よりも多いもの)
「卑劣なやり方で、失敗させられること」
足下をすくわれる>足をすくわれる(本来の言い方)
【H28年度】
「存続するか滅亡するかの重大な局面」
存亡の危機>存亡の機(本来の言い方)
【H30年度】
「自分の言うことに、うそ偽りがないことを固く約束するさま」
天地天命に誓って>天地神明に誓って(本来の言い方)
【H30年度】
「論理を組み立てて議論を展開すること」
論戦を張る>論陣を張る(本来の言い方)
いかがでしたでしょうか。言葉の本来の意味や形を押さえた上で、それにこだわらず、学習者の世代やニーズに応じて柔軟に新しい意味や言葉の使い方も教えられるようになるといいですね。
「国語に関する世論調査」は過去のものをこちらでまとめて見ることができます。
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/index.html
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