今回ご紹介する日本語教師は大学の非常勤講師であり、NPO法人「YYJ・ゆるくてやさしい日本語のなかまたち」の代表理事でもある大隅紀子さんです。ZOOMを使ったオンライン授業やハイブリッドイベントのサポートもしていらっしゃるので、2020年に大隅さんにお世話になった方も多いのではないでしょうか。大隅さんに日本語教師としてのこれまでの歩みや、現在の活動、オンライン授業についてお話を伺いました。
韓国人の奥様を教えた経験から
――日本語教師になるまでの経歴を教えていただけますか。
大学2年生の時に家庭教師紹介センターに登録していたのですが、韓国人の奥様に日本語を教えてくれないかという依頼が舞い込んできました。家も近くなのでとりあえず行ってみました。すると、その方は韓国語しか話せなくて、意思疎通が全くできませんでした。私も日本語教育の知識はゼロだったので本当に辛くて…。4カ月ほどでご主人とともに帰国されましたが、私の中ではもやもや感だけが残りました。思えば、それが私の最初の日本語教師体験でした。
大学卒業後は、一般企業に就職しました。転職もしましたが一生続けていくのには何か違うという思いがありました。そんな頃、母が年末年始に中国人のご夫婦のホームステイを受け入れたんです。九州大学で日本語教育を研究されている方でした。そのご夫婦と会って、大学時代の家庭教師の経験が思い出されました。実は、何となくアルクのNAFL日本語教師養成プログラムも受講していて、周りの人から「日本語教師になりなよ」などと言われたこともあって、その気になったというか。
それで1986年の第1回日本語教育能力検定試験を受けて合格しました。だけど何も教えられないことに気づいて、その頃は東京に出てきていましたから、長沼スクール*1の日本語教師養成講座を受講しました。夜間クラスで週2回、2年間の講座でしたね。そして日本語学校でも教え始めました。
――その後は日本語学校で教えていたんですか?
いえ、日本語教師としてのスタートは早かったんですが、出産や夫の海外赴任などがあって、その間はプライベートでしか教えていませんでした。2度目の海外赴任から戻った時には、もう一度日本語教育について勉強しようと思い、大学院に入りました。そこは教育実習に力を入れていたことと、赴任先で覚えたタイ語の勉強が続けられるのもあって選びました。
それからまた韓国に赴任しましたが、戻ってきて、もうこれで当分海外へ行くことはないだろうと思い、日本語学校で教え始めました。
学びたい! という気持ちの仲間が集まってできたYYJ
――それから「YYJ・ゆるくてやさしい日本語のなかまたち」(以下「YYJ」)を作られたのはどういう経緯ですか。
ちょっと家族の事情で、休日に自分の予定で出歩けない時期があって…。でも勉強したい! という気持ちが沸き上がってきて、どうやったらできるだろうと考えたんです。当時は、MOOC*2なども受けていましたが、その中で反転授業の研究グループが主催している講座をオンラインで受けるようになりました。アクティブラーニング、ファシリテーション、コーチング等いろんな講座を受けまくりました。そこに世界中からいろいろな日本語教師が参加していたんです。「せっかく一緒になったんだから情報交換しようよ」ということになり、その10人ほどで「日本語教師オンラインおしゃべり会」というものを作りました。これが今の「YYJ」の元になっています。
――そこではどんな活動を?
スペイン、スウェーデン、韓国、長崎、東京、千葉、静岡から本当にバックグラウンドがバラバラな教師たちが月1回集まって、「どうしてる? これ困っているんだけど」みたいなことを話し合うことから始めました。その後、オンラインフェスティバルというのがあって、この日本語教師グループで「やさしい日本語」のワークショップを出展しました。その時に、何かグループの名前を決めなければいけないということになって「YYJ・ゆるくてやさしい日本語のなかまたち」としたんです。
その活動が広がって、2018年にはFacebookグループ「オンライン日本語教師学び場」をスタートさせました。さらに活動の幅を広げるため2019年に「YYJ」をNPO法人化しました。そのほうが行政等に働きかけるには信頼度が上がると考えたためです。
YYJの仲間が広がった2020年
――YYJの現在の活動について教えてください。
YYJには現在、無料のイベントと有料のイベントがあって、無料のほうは年間テーマを決めてゲストスピーカーにお話を伺いながら学び合うイベントを行っています。2020年度のテーマは「日本語教育の多様性を知る」でした。他にも「日本語教師のためのオンラインリフレクション」やおしゃべりやゲームをするお楽しみ会などもあります。また事前に本を読んで、お互いにディスカッションをする「オンライン読書会」も実施しています。
有料のほうは日本語教師経験3年未満の方を対象にした全5回の講座「オンライン日本語教師学び隊」や「SDGs」「社会福祉と日本語教育」など異分野から学ぶ講座も開催しています。これらはすべてZOOMを利用しています。
日本語教師ってお給料もそんなに高くないですし、講座を受けるのに交通費払って高い受講料を払ってというのはやっぱり厳しい。日本語教師のレベルを全体的に上げるためには学ぶことが不可欠だけれども、そのジレンマがあるわけです。それでオンラインだったら子育てや介護をしながらでも参加できるメリットを感じたので、なるべく無料でやろう。でもいいものに関しては、ちゃんと覚悟を決めて、お金を払ってしっかり学んでもらおうという気持ちです。そのような学びの場をどんどん提供していきたいです。
――2020年の「オンライン日本語教師学び場」ではZOOMの使い方についてのセミナーが数多く開かれました。恩恵を受けた方も多かったと思いますが。
2020年はメンバーの増え方がすごかったです。初めは参加条件を日本語教師の方だけにしていたのですが、養成講座受講中の方も入れるようにしたらあっという間に2700人を越えました。
――大隅さんは、ハイブリッドイベントのテクニカルサポーターもされているんですよね。
はい、でもこれはYYJの活動とは関係ないんです。「リンクアンドクリエイト」という組織のメンバーとなってハイブリッドのイベントで実際に会場に行って、リアルとオンラインをつなぐサポートを行っています。日本語教育とは関連のない分野ですが2020年はそんなイベントがとにかく多かったです。
自分ができることを、自分のやり方で。
――大隅さんご自身の授業について伺いたいのですが。
現在は大学院の日本語の授業と、大学で日本人学生に対する「日本語リテラシー」という授業を担当しています。どちらもオンラインです。
大学院のほうは、単位に関わるようなクラスではなく、受講生も大学院生、研究者、時には客員教授の方もいて年齢の幅があります。出身もヨーロッパ、アメリカ、南米等さまざま。受講生の家族の方が来られることもあったので、ニーズを拾うことに注力しました。受講生の目的が試験合格などではなく、他の参加者と楽しくその時間を過ごしたいということだと思ったので、とにかくしゃべってもらうことにしました。
例えばZOOMのブレイクアウトルームを使って3分間、2人ずつペアで話してもらい、終わったら何を話したかシェア、またペアを変えて話すといったように。そこで心掛けていたことは、それぞれの会話や活動をみんなでシェアできる仕組みづくりです。Googleスプレッドシートやスライドに書き込んでもらって、全員が見られるようにしました。自分の振り返りも、誰が書いたかわからないようにニックネームを使っていいようにして、他の人の分も読めるようにしたんです。
――2020年にオンライン授業を始めた日本語教師の中には、まだまだ不安だという方が多いと思うのですが、そんな方にアドバイスはありますか。
そうですね。オンラインってもともと不安定なものなので、すごくちゃんとやろうとか、いい授業をしようとか思わなくてもいいんじゃないかと思います。そう考えることで自らハードルを上げてしまっている気がします。オンライン授業について、新しい技術など様々な情報があふれていますが、わざわざ使えない道具を使う必要はないので、自分ができることを自分のやり方でやればいいんじゃないかと思いますよ。
ただ2021年に授業が対面になったとしても、元に戻ってしまうのは非常にもったいないと思います。便利なものは使い続けるべきだし、もっともっと進化していけると思っています。
自分の頭で考えること。すぐに正解を求めないこと。
――これから日本語教師になる方に何かアドバイスをお願いします。
日本語教師になってからもいろいろなところに顔を出して学び続けてほしいです。そして「私は経験がないので、全部教えてくださーい」という姿勢は捨てましょう。「私、こういうことを考えているんですけど」「こういうことをやってみたいんですけど、どうですか?」というように、まず自分で考えてから尋ねるということをしてほしいです。自分の頭で考える、すぐに正解を求めないということです。
それから、新人教師ではありませんが、ベテランの先生方にも「私の経験ではね」と言って語るのはやめてほしいなと、自戒も込めて思います。もちろん経験は貴重なものですけれども、それがすべて正しいということにはならないと思うので。また「賢者は愚者からも学ぶ」という言葉があるように、経験が長い人が経験ゼロの人からも学ぶことができると思います。
日本語教育の世界は今後厳しい状況になるかもしれませんが、学習者が多様化しオンラインで世界の学習者と繋がることができるようになりました。また児童・生徒、働いている外国人の方など、日本国内で日本語学習を必要としている人もたくさんいます。「やさしい日本語」の普及など日本人に対するアプローチもありますし、いろいろな形で日本語教師が関わることはたくさんあると思っています。
取材を終えて
今回、大隅さんのお話を伺って、ICTが得意ではない(「ウサギとカメ」で言えば「カメ」の)私はずいぶん勇気づけられました。あふれる情報に惑わされることなく、自分がやれることを、自分のやり方でやればいいんですね。YYJは「ゆるくてやさしい」だけでなく、本当に「心強い」仲間だと感じています。
取材・執筆/仲山淳子
流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。
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