今春から日本語教師養成講座に通い始める方や、日本語教師になるための勉強を始める方も多いと思います。日本語教師になるために必要な知識・技術はたくさんあります。しかしその前に、目の前の学習者と向き合う姿勢や寄り添う態度について、改めて見つめ直してみませんか。この度出版された『外国にルーツを持つ女性たち~彼女たちの「こころの声」を聴こう!』(ココ出版)は、これから日本語教師を目指す人はもちろん、既に日本語を教えている人にもお勧めしたい一冊です。著者の嶋田和子さんにお話を聞きました。
次世代の地域社会を担う女性や子供たち
――まず本書の内容を教えてください。
本書には、私(嶋田)が秋田県能代市と静岡県浜松市の主に外国にルーツを持つ女性たちとの長年の交流の中で聴いた「こころの声」を4部に分けて書いています。第1部は国際結婚した外国人女性たちの声、第2部は外国にルーツを持つ子供たちの声、第3部は中国帰国者二世と日系ブラジル人3世の声、第4部は本書の社会的・歴史的背景や地域日本語教室の役割、そして改めて外国にルーツを持つ子供たちについてまとめています。
――本書を書こうと思ったきっかけは何ですか。
私は2007年にスタートした国立国語研究所の「地域における定住外国人の日本語環境の調査」の一環でOPI*1を行うところから能代市に関わるようになりました。また2010年から浜松国際交流協会(HICE)で日本語ボランティアの研修に関わるようになりました。そうした10年以上の長い時間の中で、地域で頑張って自己実現をしていった多くの女性たちのことを知り、その人生について話を聴く機会を持ちました。彼女たちの声を多くの日本人に知ってもらいたいと思い、本書を執筆しました。
――なぜ女性に焦点を当てたのでしょうか?
もちろん地域で頑張っているのは女性だけではありません。ただ地域の中では特に女性の存在が見えにくくなっているように思いました。彼女たちが自分のアイデンティティーを大切にして地域社会の中に入っていくことの難しさ、また逆にそのことによって生まれている問題を浮き彫りにしたいと思いました。また、次世代につなげていくという意味でも女性と子供たちに焦点を当てたいと思いました。外国にルーツを持つ子供たちは、これからの日本社会において、かけがえのない宝ですから。
実名で語り伝えたい誇りある人生
――紹介されている人たちは皆さん実名で登場していますね。結婚・仕事・学校・別離などとてもリアルな内容なので、こういう時は匿名にすることも多いと思うのですが。
本書を書くにあたっては大変思い悩みました。それは一人一人のかけがえのないライフストーリーを、自分が書くことの重さを痛感していたからです。そのため実際にこのような本の形になるまでには何年も掛かりました。私が書きたいと思ったのは学術論文ではなく、彼女たちのありのままの「こころの声」です。それを匿名にしてしまったのでは、彼女たちの気持ちを隠してしまうことにもなり、かえって失礼ではないかと思ったのです。それで、登場する一人一人に意向を確認したところ、彼女たちのほうから「ぜひ実名にしてほしい」という希望がありました。私と彼女たちの思いは同じだったんです。
――実名で書けるのは、お互いの信頼感があってこそですね。登場する女性たちはどのような人たちなんですか?
「藤里町のアイドル」になったサッチャンや、夫が亡き後も介護士で生計を立てる路子さんなど、どの人も厳しくも豊かな人生を歩んできた人たちです。彼女たちに共通するのは、日本語を学んで地域や社会に貢献したいという強い気持ちと、誰かとつながろうとする強い意欲です。そして、彼女たちの近くには、受け入れてくれる「のしろ日本語学習会」という日本語教室があり、彼女たちの話を聴き一緒に悩んでくれる会の主宰者の北川裕子さんという方がいます。私が能代に実際に行くのは年に数回ですが、行けない間も北川さんとは長いメールのやりとりをずっと続けています。
――ここに出てくる女性たちは、地域の中でうまく自己実現できた人たちですね。
はい。本書ではできるだけ前向きなメッセージを伝えたいと思いうまくいった事例をご紹介していますが、ここでは紹介できないような事例もたくさんあります。地域社会や家族関係など、さまざまな要因でいろいろな問題は起こります。ここでご紹介するような事例が全てではないといった前提で、本書は読んでいただくのがいいと思います。
「こころの声」を聴くことにつながるOPI
――能代市ではもともとはOPIを行うのが主目的だったと聞きましたが、OPIと本書は何か関わりはありますか。
OPIとはもともと外国語の口頭能力を測るためのインタビューテストのことです。テスターはインタビューの中で、受験者に自分の考えや思いをできるだけたくさん話してもらうという姿勢で臨みます。その際に、テスターが「相手に寄り添う姿勢」「相手から言葉を引き出す力」がとても重要になります。これは学習者と対する時の日本語教師の基本的姿勢にも通じるものがあります。前述した北川さんも、実はOPIのワークショップを2008年に受講してくれているのですが、北川さんは「OPIのようなインタビューをする機会は秋田にはあまりないが、日本語教師としてOPIの考え方を学びたい」と言って参加してくれました。女性たちの「こころの声」を引き出すには、OPIの考え方が有効だったのかもしれませんね。
――教師の姿勢や力によって学習者も変わっていくのですね。
これはカウンセリングにも通じるところがあります。カール・ロジャース*2は、「問題を解決する力は、クライアントの中にある。それを引き出すのはカウンセラーの仕事だ」と言っています。これを教育に援用すると、問題を解決する能力や自ら学ぶ力は学習者の中に既に備わっており、それを適切に引き出してあげるのが教師の役割だということになります。
――浜松市との関わりもOPIからだと聞きました。
2008年に出版された『プロフィシェンシーを育てる――真の日本語能力をめざして』(凡人社)の中で私が書いた章が、たまたま浜松市国際交流協会(HICE)の日本語教師の目に留まり、講演に呼ばれたのがきっかけです。日本語ボランティアの研修、日本語教師養成講座のカリキュラム開発、文化庁委託事業など、浜松市には長きにわたって関わり続けています。ご縁というのは本当に不思議なものです。
学習者との向き合い方を考えることから始める
――2020年には総務省の「地域における多文化共生推進プラン」が改訂されるなど、地域における多文化共生の取り組みも活発になってきています。
改訂のポイントは、「多様性と包摂性のある社会の実現による『新たな⽇常』の構築」「外国⼈住⺠による地域の活性化やグローバル化への貢献」「地域社会への外国⼈住⺠の積極的な参画と多様な担い⼿の確保」「受⼊れ環境の整備による都市部に集中しないかたちでの外国⼈材受⼊れの実現」の4つですが、私はまだまだ多文化共生という言葉が表面的なものに留まっているのではないかと危惧します。外国にルーツを持つ人たちを「人財」と捉える視点が必要だと思います。
――本書はそのような視点の重要性を社会に発信する意味合いもありますか。
はい。データを中心とした量的な発信も大事ですが、自分にしか書けないものとして、今回は敢えて質的なもの、特にあまり日本人の耳に届くことのない外国ルーツの女性たちの声を届けたいと思いました。
――そのような声を誰に届けたいですか。
日本社会に広く届けたいと思います。政治家の方にも今後の日本社会をどのような社会にしていきたいのかというビジョンを語っていただきたい。その上で、どのように海外から人を受け入れ、日本語教育をしていったらいいのかを皆で考えるべきだと思います。単に少子化だからとか、人手が足りないからということではなくて、もう少し長期的な視点に立って将来を見つめるべきだと思っています。
――日本語教師や日本語ボランティアの皆さんに伝えたいことはありますか。
日本語の知識や教え方ももちろん大切ですが、その前に皆さんが日本語教師になった時に関わるであろう人たちの「こころの声」に真摯に耳を傾けていただきたいと思います。単に教科書や参考書に書いてあることを覚えるのではなく、実際のリアルなライフストーリーを追体験していただき、自分がどういう日本語教師や日本語ボランティアを目指すのか、本書を通してじっくりと考えていただければと思います。
――本日はありがとうございました。
嶋田和子(しまだ・かずこ)
アクラス日本語教育研究所代表理事。津田塾大学英文科卒業、放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了。大学卒業後、外資系銀行に勤務、その後専業主婦を経て日本語教師となる。いくつかの日本語学校に非常勤講師として勤務した後、1990年より学校法人国際青年交流学園イーストウエスト日本語学校に勤務。教務主任、副校長として教師の指導、学生の日本語指導・進学指導に当たる。2012年3月に退職し、同時に一般社団法人アクラス日本語教育研究所を設立し、代表理事となる。その後、早稲田大学大学院や清泉女子大学等いくつかの大学にて非常勤講師として勤める。現在は、浜松日本語学院、沼津日本語学院など日本語学校にて教師教育、地域日本語教室や国際交流協会の日本語教育・支援にも携わる。学習者の運用能力の向上をめざし、日本語教科書『できる日本語初級』(アルク)を2011年4月に出版し、新しい考え方に基づく日本語教育を教育現場に広めることに努めている。
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