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日本語教師プロファイル「あひるせんせー」―みんなが真似したくなる、それでみんなが豊かになる、そんなシステムを作りたい

異業種から日本語教師に転身し、日本語業界歴は浅いながらも「日本語教師のためのインストラクショナル・デザイン」講座やオンライン対談の企画など、その行動力で次々と新しい試みを行ってきた「あひるせんせー」。2020年4月には自らの会社「再定義合同会社」を立ち上げ、教師が報酬額を決めるオンラインスクールを準備中です。そんな「あひるせんせー」にこれまでのこと、これからのことなどお聞きしました。新しい日本語教師のあり方を模索している方、必読です。

(写真は「日本語教師のためのインストラクショナル・デザイン」講座の様子。右上が「あひるせんせー」)

日本語教師になるまで

――これまでの経歴を教えてください。

どこから話しましょうか。2000年前後のことですが、私は広告カメラマンのアシスタントをしていました。ようやくカメラマンとして独立できそうになった頃、フィルムカメラの時代が終わってしまい、デジタルカメラの時代がやってきました。私がそれまでに身に付けたスキルがパーになってしまったのです。そこから新しくデジタルの技術を身に付ける気力がなく、私はそこでカメラマンを諦めてしまいました。
実は広告写真プロダクションにいた頃にたまたまブロードバンド回線を使っていて、見よう見まねでホームページを作ったりしていました。東京でもまだ契約者が1000人などという時代です。ふとこれからはブロードバンドの時代が来るんじゃないかと思って、私自身がユーザーだった会社を訪ねて、「仕事はありませんか?」とお願いしてみました。それで運よく営業の仕事を得たのです。その当時はブロードバンドがとてもよく売れたので、楽しかったです。何より人の役に立つ仕事をしているという気持ちにあふれていました。私の人生カメラだけじゃなかった!
しかし半年もしないうちにその会社の経営が立ち行かなくなり、大手通信会社に買収されてしまいました。それで私はその後、その通信会社の社員として回線開通業務のバックオフィス等をやっていました。

――それで、どうして日本語教師を目指したんでしょうか?

一言でいえば現実逃避です(笑)。仕事が辛すぎて、何か楽しそうなことがないかなと思っていたら「日本語教師養成講座」というのを見つけました。で、実際に行ってみたら、楽しくてはまっちゃったというわけです。もう一つは社内に外国人社員の方がいたのですが、その方々に日本語で言い負かされるのが悔しくて、もっと日本語について知りたくなったのです。その頃は転勤先の名古屋で民泊のホストもやっていたので、外国人とのコミュニケーションに抵抗がなかったというのもあります。

――それでも長く勤めた会社を辞めて日本語教師になるのは勇気が要ると思いますが?

その通信会社には14年ほどいましたが、辞める頃には大きな組織の中で働くのが辛くなっていました。お客さんからの手ごたえのなさや、自分以外の原因でお客さんから怒られることなどが嫌になっていたのです。日本語教師なら、いいにしろ悪いにしろ、手ごたえがあり、楽しめそうだと思いました。

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日本語学校で教え始める

――実際に日本語学校で教え始めて、どうでしたか。

びっくりしました。最初に入った学校で担当したのはお世辞にも真面目とは言えない学生たちのクラスで、授業中に寝るわしゃべるわ勉強しないわ。でも、私を指導してくれた当時の副校長が「自分がサポートするから、いろいろやってみなさい」と言ってくださったんです。それで副校長に相談しながら自分なりに教え方をいろいろ試してみました。私は日本語教師としては遅いデビューでしたから、日本語教師になってからはとにかく勉強会に出たり、人に会ったりしました。日振協*1の教育研究大会で知り合った方の勉強会に出たことがご縁で、次の職場となる日本語学校の主任の先生にもお会いすることができました。

「日本語教師のためのインストラクショナル・デザイン」講座をスタート

――「日本語教師のためのインストラクショナル・デザイン」講座を始めたのはどうしてですか。

2019年にイリノイ大学大学院の8週間のコースをオンラインで受講したのがきっかけです。この講座では国や地域を越えた仲間とのグループワークやレポート提出もありました。その頃は日本語教師になって3校目の日本語学校で教えていましたが、周りの講師の皆さんと差別化できる要素が必要だと確信し、自分自身の授業を改善するために参加しました。そして実際に学んでみると「インストラクショナル・デザイン」は素晴らしくて、これは私だけでなく皆さんに広めなければと思いました。100人の教師がインストラクショナル・デザインを身に付ければ、今よりもずっと効果的に学べて、1万人の学習者が救われることになりますから。

――「インストラクショナル・デザイン」は今、日本語教育の世界でも注目の考え方ですよね。少し教えていただけますか。*2

はい、「インストラクショナル・デザイン」は、個人の経験や勘に頼った教え方ではなく、理論に基づいて効果的に学ぶ方法を設計するものです。ゴールを設定し、そのゴールを達成するために何が必要かを考えて授業をデザインします。学習者のニーズが多様化している現代だからこそ、インストラクショナル・デザインが求められるのだと思います。

――講座の内容はどのようなものですか。

動画で理論を学び、学習ゴールを設定して、模擬授業まで行います。丁寧にフィードバックを行うために少人数制をとっています。それでも、これまでに100名を超す方々に受講していただきました。その中には日本語学校の校長や主任クラスの先生も多く、経験があっても自分をアップデートしていこうとする姿に、私の方が心打たれます。

会社設立、オンラインスクール運営

――日本語学校では順調にキャリアを積んでいたと思いますが、それを辞めて会社を作ろうと思ったのはなぜですか。

実は日本語教師の給料が安いのを何とかしたいと思ったからなんです。日本語業界は低賃金が当たり前で、それに対して不満を言う人はいても、それが変えられるとは誰も考えていない、変えようとしている人もいないように見えました。だったら、私が変えてみようと思いました。しかし、みんなと同じことをしていたのでは絶対に無理です。それですべてのエネルギーを日本語教師の待遇を上げることに注ごうと思い、日本語学校を辞めて会社を設立し、オンラインスクールの準備に入りました。私個人の収入ではなく、業界全体の給与水準を上げていきたい、その思いに賛同した方に集まっていただいて新しいプラットフォームを立ち上げようとしています。このオンラインスクールは、マンツーマンレッスンが基本で、講師はインストラクショナル・デザイン講座を修了した方々です。レッスン料の下限とコミッションは決まっていますが、金額は講師の方が自由に設定できます。
既存の学校からは自分たちの学生を奪うと思われるかもしれないのですが、そうではありません。世界中には現在約400万人の日本語学習者がいるとされていますが、実際は学校では勉強していないけれどもアプリやゲームで日本語を学んでいる人はもっといるはずです。一人で学んでいる学習者がもし自分に合った先生に出会えたら、もっとその人の学びが豊かになる。そんな世界中の学習者にリーチして、ニッチで偏った、エッジの立った授業が提供出来たら、素晴らしい世界が広がるんじゃないかと思っています。

――社名「再定義合同会社」に込めた意味は?

これはSAMRモデル*3のRedefinition(再定義)から取りました。今までの置き換えではなく、違う価値、新しい価値に転換していこう、教えることも学ぶことも再定義されていくべきだという思いが込められています。
みんなが真似したくなるような、それでみんなが豊かになっていくようなシステムが作れたらと思っています。私がここでうまくいったら、どんどん真似してほしいです。もしそうなったら、私がやる意味もなくなって手を引くかもしれませんが。

日本語教師を目指す人へ

日本語教育って型にはまったものではありません。講座や先輩に教わったことも、それがすべてではないかもしれない。だからいろいろなところに行って、いろいろな人とつながってみてください。

取材を終えて

興味を持ったことはすぐ実行してみるという素晴らしい行動力とスピード感の持ち主「あひるせんせー」。日本語教師になるまでの経歴もユニークなものでした。別の業界にいたからこそ見える日本語業界の矛盾点をあぶりだしてくれる貴重な存在でもあります。これから新たに日本語教育の世界に足を踏み入れようとしている方へのエールとなればうれしいです。

取材・執筆/仲山淳子

流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。

*1:日本語教育振興協会の略。年1回「日本語学校教育研究大会」を行っている。

*2:「インストラクショナル・デザイン」について、令和元年度の日本語教育能力検定試験にも出題された。

*3:Puentedura博士が考案した考え方。ICTを授業等で活用する場合に、そのテクノロジーが授業にどのような影響を与えるのかを示す尺度となるもの。段階としては下からSubstitution(代替)、Augmentation(拡大)、Modification(変更)、Redefinition(再定義)となる。

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