漢字への興味が動機となって意欲的に学ぼうとする人がいる一方で、その難しさから日本語習得そのものに挫折してしまう人も少なくありません。「漢字は難しい」と思うその原因は何なのでしょうか。「漢字は面白い」と思ってもらえる授業を目指すため、まずはその原因を探っていきたいと思います。(鈴木英子:(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー)
学習者にとって壁になる漢字習得
室町時代、日本に初めてやって来たキリスト教の宣教師たちは、「漢字は布教を妨害するために悪魔が作った文字だ」と思ったそうです。それくらい、訳の分からない、覚えられるはずのない文字に見えたのでしょう。
非漢字圏の人たちに漢字の第一印象について尋ねたアンケートでも、「どこから書き始めるのかも分からない」「覚えるのは不可能」「意味のあるのが信じられない」「見るだけでパニックになる」という、ネガティブなものが多くありました。
現在は、仕事など必要に迫られて漢字の勉強をしなければならない非漢字圏の人たちが増えています。漢字に興味があるわけではない学習者のために、日本語教師は漢字の重要性や漢字学習の問題点についてしっかりと理解しておくことが大切だと思います。学習者が「漢字は難しい」と言っている原因は何なのでしょうか。学習者からよく聞くものを4つ取り上げて、その原因を探っていきたいと思います。
学習者を悩ます漢字の難しさ4つ
まず、1つ目は、何といっても「数が多い」という問題です。これは前回お話しした通り、日本語能力試験N1合格のためには2000字余りの漢字を覚えなければならず、非漢字圏学習者にとっては大きなストレスになっています。そのため「私はひらがなだけでいい」と言う人もいますが、次の文を見てください。
「漢字は数が多すぎます」。
ひらがなが読めるだけでは「〇〇は〇が〇すぎます」で、全く意味が理解できません。ところが「漢字〇数〇多〇〇〇〇」は、どうでしょうか。漢字なら細かい表現が分からなくても大筋をつかむことができるのです。
このように漢字は、表音文字の「かな」やアルファベットとは違い、表意文字として概念を伝える力を持っています。私たちは実際の事物を正確に知らなくても、漢字のつながりを見るだけで、その言葉の意味を比較的簡単に理解しているのです。
皆さんは、「無影灯」という言葉をご存じですか。初めて聞いた人でも、漢字を見れば「影のない灯とは何だろう」と、文字の後ろに隠れている意味を推測して考えるはずです。もし見当がつかなくても「影を作らないように設計された手術室の照明」と聞けば、すぐに合点がいくでしょう。普段、私たちはこうした漢字の利便性を意識することなく使っていますが、実はこの表意文字の優れた特徴のおかげで、瞬時に意味を理解したり、情報を効率よく伝えたり、共有したりすることができているのです。
このように、文の要として重要な役割を占める漢字は、学習者の日本語力を向上させるためにも不可欠な存在ですが、覚えてもなかなか終わりの見えてこない数の多さに、つらい思いをしている学習者も多くいるのです。
2つ目は「形が複雑で、見分けられない」という問題です。アルファベットには、「この文字の形はなかなか覚えられないから嫌いだ」というものはないでしょう。ひらがなやカタカナも、画数が多くて書きにくいというものはありません。ところが、漢字に関しては同じ日本人でも「漢字大好き」という人もいれば、「漢字は苦手」という人もいます。漢字を表記に使う国でありながら、だれもが漢字を得意としているわけではないので、複雑な形の漢字に戸惑う学習者の気持ちは、よく理解できると思います。
「画数の多い漢字」と聞いて、皆さんはどんな漢字が思い浮かびますか。現在、常用漢字の中で最も画数の多い漢字は「鬱」で29画です。これは日本人でも簡単とはいえない漢字ですから、学習者にはどこから書き始めるのかさえ分からない不可解な線の塊にしか見えないかもしれません。
画数以外にも「休-体」「未―末」「天―夫」「見-貝」「弓―己」など、形が類似して間違えやすい漢字が多くあります。学んでいけばいくほど漢字が増えるので、間違える漢字もまた多くなります。日本人でも「綱―網」「萩―荻」「博―専」の点の有無など、間違ったり迷ったりする漢字は多くあるのですから、学習者の大変さは想像に難くありません。
3つ目は「同じ漢字なのに、読み方が複数あって混乱する」という問題です。これは非漢字圏学習者だけでなく、漢字圏学習者からもよく聞こえてくる悩みです。例えば「外国」。これは学習者にとって最も身近な言葉なので、すぐに覚えます。そのため「外科」という漢字が出てくると、「これだけは間違えない!」と自信に満ちあふれた表情で迷うことなく「ガイカ」と読んでしまいます。読み方が違うことを話した途端に、「ええっ、どうしてですか。『ガイ』と読むときと、『ゲ』と読むときのルールを教えてください」と、顔を曇らせてしまうので、私までつらくなってしまいます。
漢字本家の中国は、原則として一字一音なので、日本のようなたくさんの読み方はありません。日本で複数の読み方があるのは、漢字が日本に伝わってきた時代や伝わり方がさまざまだからです。日本の場合は、新しい音が入ってきても古い音を捨てることなく大切に使ってきたということでしょう。中国から伝わってきた漢字を日本語に取り入れるとき、日本では「音」と「訓」という2通りの読み方を用いました。「音」は中国の発音をもとにした読み方で、「訓」は漢字に相当する意味の日本語を当てたものです。この「訓」を考案したことにより、私たちは漢字の読み方だけでなく、それを通して意味を理解できるようになったのです。「音」は伝わってきた時期や地方の違いで、呉音・漢音・唐音(唐宋音)などに分けられるほか、日本で読み習わしてきた「慣用音」があります。ですから、同じ漢字でも「行」(ぎょう、こう、あん)「正」(しょう、せい)など、複数の音があるのです。
こうした知識は、学習者の興味に合わせて必要な情報を伝えられるように心がけておくことは大切ですが、最初から全て学習者に説明する必要はありません。また、これらを説明できたとしても、読み方にはルールがないため、残念ながら「読み方は1つずつ覚えるしかない」と学習者には覚悟してもらわなければならず、これが非常につらいところでもあります。
画数としては、たった5画の「生」ですが、皆さんはこの読み方をいくつ挙げられるでしょうか。音読みでは「生活」「一生」「誕生日」、訓読みでは「生きる」「生まれる」「生い立ち」「生える」「生糸」「生卵」、常用漢字外になると「芝生」「生業」「生憎」「生粋」「羽生」・・・などたくさんの複雑な読み方があります。
こうした同じ漢字を見て、文の中の音訓を苦も無く読み分けられるのは、漢字教育を子どもの頃から受けた結果であり、外国人の目から見ると、複雑怪奇としか言いようがないかもしれません。
4つ目は、「いろいろな書き方がありすぎる」という問題です。ある言語を文字で書き表す場合、正しい書き方として社会一般に認められている書き方を「正書法」と言いますが、日本語には韓国のハングルやドイツ語のような厳密な正書法がありません。もちろん、表記法の規則として、内閣府から「常用漢字表」や「現代仮名遣い」「送り仮名の付け方」などが示されていますが、日本語の場合は、複数の文字を用いているために、その使い方においても許容範囲が緩やかになっているのです。
例えば、「うりば」の漢字を、皆さんはどのように表記していますか。「送り仮名の付け方」で確かめてみると、本則(基本的な法則)では「売り場」が正しいのですが、許容(慣用として使われていると認められ、これでもよいと許されるもの)に従えば、「売場」でもよいことになり、2つの書き表し方が存在することになります。「行う」「行なう」、「表す」「表わす」なども同じです。学習者がこうした表記を見れば、当然どちらかが間違いだと考えます。ところが「これはどちらでもいいですよ」と言われると、「どの字がよくて、どれがだめなのか」と、送り仮名を考える度に学習者は迷ってしまいます。
公用文書や法令、新聞や教科書など一般の社会生活における国語を表記する場合は、内閣告示の表記基準が原則となっています。しかし、科学・技術・芸術そのほかの各種専門分野や個人の表記は、この基準に拘束されるものではないので、個人の書く文では「ありがとう」「有難う」「有り難う」「アリガトウ」などと、その時々の書き方のスタイルに応じて自由に使い分けることができます。ただ、こうした「どれでも大丈夫」という緩やかさは、厳密な正書法のある国で表記を学んできた学習者にとっては、かえって曖昧で分かりにくいものとなっているのです。
漢字の更なる難しさ
ここまで、非漢字圏学習者を中心に、漢字学習の主な問題点について考えてきましたが、最後に熟語の問題についても少しお話しておきたいと思います。
例えば、「服」という漢字は、「服装」「服従」「服用」「一服」などの言葉がありますが、同じ漢字を使っていても、これらの意味は全て違います。漢字は1文字で終わることがほとんどなく、漢字と漢字が組み合わされて、さらに新しい意味を作っています。そのため、学習者は単漢字を覚えるだけでなく、そこから派生する複数の意味も覚え、使い分けていかなければなりません。熟語の存在が、漢字学習のハードルをより高くしているのです。
非漢字圏学習者は、漢字を形として認識することから始まり、音訓としてどう読むのか、意味はどうなのかなど1つずつ確認しながら、いくつもの段階を踏まなければなりません。「形」「音」「意味」のどの部分においても難しさがあり、三重苦とでもいうべきつらさを抱えながら漢字に向き合っているのです。その彼らに、繰り返し書いて覚えることを求めるだけでは、漢字の学習は難行苦行の道のりにしか思えないでしょう。
こうしたことからも、日本語教師は記憶の負担にならない、面白く効果の上がる学習方法を提案できるように、工夫していかなければならないと思うのです。
次回「学習者の視点に立った漢字授業」のために、日々、試行錯誤
執筆/鈴木英子(すずき・えいこ)
(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー、東北中国帰国者支援・交流センター日本語講師。元国語教師で、28年前、初めて日本語ボランティアとして漢字クラスを担当し、「国語教育」と「日本語教育」の違いを痛感する。以降「教室が楽しい」「日本語も漢字も面白い」と思ってもらえるような授業作りを目指して模索を続けている。
著書に『使って覚える楽しい漢字』((公財)宮城県国際化協会)共著、『日本語教師の7つ道具シリーズ2 漢字授業の作り方編』(アルク)共著、『どんどんつながる漢字練習帳 初級』『同中級』(アルク)共著。
漢字教育士。第2回白川静漢字教育賞 最優秀賞受賞。
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