日本語ボランティア教室の活動内容を考えたとき、多くは文型を教えることを中心にしたものと、外国人との交流を中心としたものに分けられるでしょう。その中で、福岡県春日市の「かすが・にほんごひろば」では、外国人が日常生活でぶつかる困難を乗り越えられるように、生活場面から始まる教室活動を行うことに取り組み始めました。NPO多文化共生プロジェクト代表の深江先生によるコラムです。
かすが・にほんごひろば
JR博多駅から電車で20分ほど南に下ったところに、春日(かすが)市はあります。福岡国際空港が近く、夕方になると空に残った飛行機雲がオレンジ色に映える福岡県春日市は、総人口11万2410人で、外国人人口が909人、人口に占める外国人の比率は0.8%です(2020年1月末時点)。1%を超えると外国人が身近に感じられると言われるので、春日市は、外国人が身近な存在になろうとしている街です。
「かすが・にほんごひろば」は、その春日市にある日本語ボランティア教室です。2012年4月に春日市の委託を受けて発足し、毎週木曜日の午前10時~11時45分に教室が開講します。現在、17人のボランティアと約30人の学習者が活動を行っています。学習者の国籍はアメリカ、アルゼンチン、イギリス、イラン、インド、韓国、カンボジア、タイ、中国、など10か国以上です。
「かすが・にほんごひろば」の代表を務めるのが、地域日本語教育コーディネーターでもある古川美穂子さんです。古川さんは、私が2011~2012年度に行った在住外国人が自分らしく日常生活を行うための教室活動という考え方に共感してくれ、その教室活動を「かすが・にほんごひろば」で実践したいと考えるようになりました(地域日本語教室の目標については、こちらをご参照ください)。そこで私は古川さんと協力し、2017年度の文化庁委託事業「生活者としての外国人」のための日本語教育事業の一環として、「かすが・にほんごひろば」が生活場面から始まる教室活動を行えるように研修を企画しました。研修は全8回(1回2時間)で、研修の手順は次の通りです。
- 学習者を属性と日本語能力に基づきA、B、C、Dの4グループに分ける
- ボランティアも4グループに分かれる
- ボランティアが話し合いながら、そのグループの日常の話題・場面を決める
- 3を基に、教室活動の流れを話し合う
- 実際の活動の中で実践する
研修は1~5を2回、行いました。つまり各グループは、日常の話題・場面から始まる教室活動を2回、実践しました。表1でそれぞれのグループが選んだ日常の話題・場面を整理しました。
表1 各グループの日常の話題・場面
Aグループ |
Bグループ |
Cグループ |
Dグループ |
|
1回目 |
病気の症状 |
病院へ行く |
日用品を買う |
レストランへ行く |
2回目 |
旅行 |
病院へ行く |
好きなこと |
洋服 |
例えばCグループは、お子さんのいる女性で、日本語学習を始めたばかりの学習者が集まったグループです。買い物に行くことが多い学習者の状況にそくし、「日用品を買う」という話題・場面が1回目に選ばれました。話題・場面を選定した後で、ボランティアは、どのように教室活動を行うのか、流れを考えました。Cグループが「日用品を買う」で考えた授業メモが資料1です。
資料1 Cグループの授業メモ
文法や語彙をテキスト通り教える学校型の教室活動に慣れたボランティアにとって、自分自身の生活場面を振り返ったり、学習者が日常生活で実現したいことを聞こうとしたりする教室活動は初めての経験でした。この研修は、既存のテキストを用いて行わなかったため、古川さんはボランティアが教室活動のイメージをつかめるように、モデル授業を見る機会をつくったり、話し合いを継続して行ったりすることに尽力しました。日常の話題・場面を基に、学習者が自分自身のことを伝えながら、自分に必要な行為ができるようになることを目的にした教室活動を、「かすが・にほんごひろば」はコミュニカティブ・クラスと名付けました。
なぜ生活場面から始まる教室活動なのか
古川さんに、2017年度の文化庁委託事業の研修を通して、生活場面から始まる教室活動を導入しようとした背景、実際やってみての感想、課題などを聞きました。
「もともと私は日本語教師ではありませんでした。日本語を教えるのではなく、学習者の困ったことを助けたいと思っていました。日本語教室を始めるにあたり、困ったことを助けることと日本語を教えることが同時にできないかと考え、自分自身、いろいろな研修を受け模索していました。この生活場面から始まる教室活動の研修の実施を通して、初めて具現化することができました。
今は、文化庁の委託事業から自立して、年に3、4回、行っています。4グループに分かれ1か月前から準備をして、実践を行います。最近のコミュニカティブ・クラス(2020年1月30日)では、「待ち合わせのときに服装で相手を探す」という場面で教室活動を行いました。自分の今日の服装を伝えたり、洋服の種類やデザインの言い方を確認したりした後に、カードゲームをしました。一人が「しましまのTシャツ」と言うと、それに合った絵カードをもう一人が探す活動です。学習者も楽しそうでした。
ふだんの教室活動だとロールプレイは機械的になってしまいます。コミュニカティブ・クラスだと実際に使うことばなので、機械的にならず、学習者がそのことばを一つひとつ確認しながら覚えます。学習者が興味を持つので、自然とやりとりが生まれます。
準備が大変なので、スタッフへの負担が大きいのも事実です。また、教室活動が1回の単発で終わってしまうので、1つのテーマで連続して行うことができれば、より充実した活動になると思います。」
学習者の声・ボランティアの声
では、学習者やボランティアは、生活場面から始まる教室活動について、どのように感じているのでしょうか。学習者とボランティアに行ったアンケート結果の一部をご紹介します。表2は、表1の2回目の実践を終えた後、学習者に行ったアンケート結果の一部です。回答者は、計20名です。
表2 学習者へのアンケート結果
1 日本語をもっと勉強したいという意欲が湧いた |
||
とてもそう思う 17名 |
そう思う 2名 |
そう思わない 1名 |
2 授業の内容をよく理解できた |
||
とてもそう思う 14名 |
そう思う 5名 |
どちらでもない 1名 |
3 授業に積極的に参加した |
||
とてもそう思う 17名 |
そう思う 2名 |
どちらでもない 1名 |
4 またコミュニカティブ・クラスを受けてみたい |
||
とてもそう思う 16名 |
そう思う 3名 |
そう思わない 1名 |
また次は、ボランティアの感想の一例です。
「文法レッスンとは違い、リアルに日常に役立ち実践できるレッスンになったと思います。生活場面・日常の話題、学習者さんたちが必要とするトピックをレッスンすることで、よりレッスンに対する意欲を増し、「自分で話す」機会を与える時間となりました。“やってみよう!”“伝えよう!”そうチャレンジさせるレッスンになったと思います。また、書いてもらったり発表してもらったりすることで、個々のレベルが確認できました。通常のレッスンメンバーじゃないことと人数も多かったことから、コミュニケーションの場とお互いに良い刺激・モチベーションをアップさせることができたと思います。」
意義、そして課題
本コラムを執筆するにあたり、古川さんとやりとりを重ねました。その中で、強く印象に残ることばがあります。
在住外国人の中で、日本語能力の高い人だけ、病院に行くということはありません。日本語学習を始めたばかりの人も、日本で長く生活する人と同じように生活上の行為を行う必要があります。今、その人に必要なこと、その人の伝えたい思いがあるとしたら、それは今、日本語で表現すべきことで、テキストの第〇課まで教室活動が進むのを待つことはできません。今回の研修を通して、ボランティアがこの考え方を理解してくれ、通常の教室活動でも、取り入れてくれるようになったと古川さんは言います。
一方で課題もあります。「かすが・にほんごひろば」は、年間40回、活動を行っているのですが、コミュニカティブ・クラスは1割の4回程度しか行うことができません。より多く行いたいが、テキストがないため、準備が大変で行えないのが実情です。この課題を解消するため、私は現在、そのテキスト開発に取り組んでいます。
さて、在住外国人が増えることが確実な日本社会。在住外国人が増えることは単に労働力人口が増えることではありません。一人ひとりの外国人は、地域社会の中で私たちと同じ生活者でなければなりません。外国人を日本で暮らす生活者として考えた場合、買い物に行って欲しいものを買ったり、安心して病院を利用したり、好きなところに旅行に出かけたりすることを教室活動が支えることができれば、地域日本語教室の価値はさらに高まるでしょう。冒頭に述べたように、これまで地域日本語教室の教室活動は、文型を教えることと交流を行うことに大きく二分されていました。「かすが・にほんごひろば」の取り組みは、これからの地域日本語教室をつくる一歩と言えそうです。
執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)
「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。大学で歴史学と経済学、大学院で感性学を学ぶ。珈琲屋で働きながら独学で日本語教育能力検定試験に合格し日本語教師に。学校法人愛和学園 愛和外語学院 教務長。
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