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それでも日本語を学ぶ理由 ー日韓の高校生が高め合う学習意欲ー

約56万人の日本語学習者のうち、中学生と高校生が8割を占める韓国*1。日本での就職をめざす理工系の学生や、生活・教養科目として日本語を学ぶ学生が増えています。近年は、外交関係の悪化や日本経済の低迷、英語教育・中国語教育に対する関心の高まりといった影響もあり、全体としては学習者数が大幅に減少していますが、漫画やアニメ、音楽などをきっかけに日本文化や日本語に関心をもつ中高生は多く、日韓の学校間交流も広がっています。韓国における日本語教育の変遷と、今後の可能性を見つめました。(安藤陽子)

葛藤を抱えながらも受け継がれてきた韓国の日本語教育

韓国では1961年、戦後初の公的な日本語教育機関として、韓国外国語大学校に日本語科が設置されました。しかし、その直後に軍事クーデターが勃発し、国内は厳しい統制下に。また、日本が日本語を「国語」として強制的に学ばせてきた36年間におよぶ植民地時代の経験から、市民の間でも反発や警戒は強く、日本語教育は息を潜めるように行われてきました。

高校や大学で日本語教育が盛んに行われるようになったのは、政権が交代した1972年以降のことです。1970年代は、日韓の経済関係が深まるとともに、実用的な目的で日本語を学ぶ人が増加。1973年には、朴正煕大統領(当時)の指示により、高校の第2外国語の一つとして日本語が導入されました。しかし、日本語教育を推進することに対する韓国社会の目は依然として厳しく、様々な議論が巻き起こったようです。

1980年代に入ると、国際社会への進出に向けて、日本語を含む外国語教育の重要性が語られるように。1987年の民主化宣言以降は、市民間交流も活発になり、広く日本語が学ばれるようになりました。

1998年には、金大中大統領(当時)が、それまで流入を制限してきた日本の大衆文化を開放すると表明。以来、文化・芸術・スポーツなど様々な分野で日韓交流が行われ、同年の日本語学習者数は約95万人に。2009年まで世界一の座をキープしてきました。*2

このように、韓国における日本語教育は、外国語教育の枠を超えたところで様々な葛藤を抱えながらも、着実に進展してきたのです。

国士舘大学の河先俊子(かわさき・としこ)教授は、1970年代に日本語を学び始め、日本留学を経て、韓国の高等教育機関で教鞭をとる韓国人日本語教師を対象に、ライフストーリー・インタビューを実施。韓国人日本語教師たちが、日本語に関わる自分について、どのような認識を持ち、行動してきたのか。その変容プロセスを分析しています。

論稿では、当初は自分の意思と関係なく、「たまたま」「なんとなく」日本語学習を始めた場合でも、継続的に日本語と関わる中で主体性が芽生え、さらに長期的に日本語を学び、留学などを通して多様な人々と交流した経験から、「知日韓国人」としての認識を持つようになったという教師たちの自己変革のプロセスが解き明かされています。

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<日本語に関わる自己の変容プロセス(作図:河先教授)>

今日の韓国における日本語教育は、社会からの冷たい視線を浴びながらも、日本と関わり続け、「韓国人が日本語教育を推進する意義」を模索してきた、黎明期の韓国人日本語教師たちによる努力の上に成り立っているのです。

日韓の高校生の心をつなぐ ー海を越えた教師たちの協働ー

「なぜ日本語を学ぶのか」という問いは、学校という狭い枠組みから言語教育を解き放つために重要です。

宮城学院女子大学の澤邉裕子教授が、日本または韓国の高校で隣国の言語を教えている(いた)教師を対象に実施した調査によると、教師たちは、みずからが蓄積した複言語・複文化経験、人的ネットワーク、自己研修を通して自己変革し、教師になってからは、複言語・複文化の経験の場を教室・学校・社会のレベルで創出するとともに、「そのような場への参加が、言語習得にとどまらない学びにつながる」という教育観を形成していることが明らかになりました。

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<教師の変容プロセスにおける変革のベクトル (作図:澤邉教授)>

澤邉教授は論稿で、「複言語・複文化主義において外国語学習は、学校教育にとどまるものではなく、生涯にわたって自律的に進められていくべきもの」とした上で、「教師たちも、生徒たちが高校を卒業したその先の人生に、隣国の言語文化の学習経験が力を与えるものになり、自律的に学び続ける素地となるように願いながら日々の教育実践を行なっていた」と述べています。

これは「個人間における交流や相互理解が、日本語学習の重要な目的として広く認識される方向にある」という河先教授の視点とも一致します。

交流を通した日本語学習 ー「隣国語教育」の可能性

個人間の交流や相互理解に力点をおいた日本語教育のあり方として、今後の広がりが期待されるのが、現在、中等教育(高校)を中心に行われている日韓交流学習です。

日韓交流学習とは、実際に人と触れ合う中で言葉や文化を学ぶ学習方法です。韓国の日本語教師と日本の韓国語教師が連携してシラバスを決め、オフラインやオンラインで生徒たちをつなぎます。例えば、最初は自己紹介から始まり、好きな食べ物、学校のかばんの中身紹介、夏休みの生活、将来の夢など、各回テーマを決めて交流。お互いにフォローし合いながら相手の言語を学びます。

<写真提供:澤邉裕子教授>

なお、日本に韓国語の学習指導要領は存在せず、検定教科書もありませんが、全国約300の高校で約1.1万人の学生が韓国語を学んでいます。一方韓国では、日本語のシラバスと検定教科書が公的に作成されており、現在約35万人の高校生が日本語を学んでいます。(2015年調査)

そして、「高等学校韓国朝鮮語教育ネットワーク」や「韓国日本語教育研究会」など教師会のネットワークを通じて、学校間の交流が広がっているようです。

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日韓交流学習事例集サイトでは、トピック別実践事例集や、実際に参加した生徒たちからの声が紹介されています。

日本ではあまり韓国に関心を持っていないと聞いているが,韓国人について知ろうとしているのがすごい(韓国)

韓国のお友達も一生懸命頑張って日本語の勉強をしているのだから,「絶対に私も負けずに韓国語の勉強をしなければ」と勇気づけられ,とても励まされた(日本)

受験や就職のみを動機とする学習意欲は、景気や外交などの波に左右されやすいですが、言語や文化そのものへの興味関心、友好を目的とした学習は、生涯にわたって楽しめるものです。

他国の人たちに日本語を教えるだけではなく、日本で相手国の言語を学んでいる人たちとの交流機会を創出する。そうした学び合いの場づくりも、日本語教師の醍醐味の一つと言えそうです。

参考図書
『韓国における日本語教育必要論の史的展開』(河先俊子著/ひつじ書房)
『隣国の言語を学び、教えるということ:日韓の高校で教える言語教師のライフストーリー』(澤邉裕子著/ひつじ書房)

引用論文
『Asia Japan Journal』掲載 「韓国人日本語教師のライフストーリー『日本語に関わる自己』の変容を中心として」(2013,河先)
『日本と韓国の中等教育機関における隣国語教育の意味と課題に関する研究』(2015〜2017,澤邉)

執筆/安藤陽子

地域情報紙記者として約10年間、教育、文化芸術、医療、福祉など様々な分野の取材経験を積んだのち、フリーランスに転身。2児の母としての視点を活かし、子育て・教育分野を中心に取材執筆に励んでいる。

*1:2015年度日本語教育機関調査結果(国際交流基金)

*2:海外日本語教育機関調査(国際交流基金)による。学習者数は1974年〜2009年まで世界第一位。

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