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異業種のプロに聞く!『ことばの壁を越える極意(ワザ)』 〜中国人材コーディネーター編〜

「もっと自然な日本語を話せるようになりたい」「限りなくネイティブに近づきたい」。学習者のそんな熱意に応えるべく、異業種のエキスパートから日本語教育でも応用できるワザを伝授してもらう新企画『ことばの壁を越える極意(ワザ)』。今回は、中国人材コーディネーターとして、幅広く実績を積んできた泉本媛子さんです。

日本企業が求める「誠意」や「情熱」を表現するには?!

日本語教師の皆さんの中には、日本での就職をめざす学習者をサポートしている方も大勢いらっしゃると思います。30万人にせまる外国人留学生のうち、日本での就職を希望する人は約64%*1。これからの日本にとって大変貴重な人材です。

日本語能力試験の最高レベルである「N1」保有者も多く活躍が期待されていますが、卒業・修了後の国内就職者数は、わずか32%という厳しい状況です*2。日本企業としても国際的な競争力の強化が求められているはずなのに、なぜ就職に結びつかないのでしょう。

日本語教師の皆さんと、この課題について共有するためにも、まずは、キャリアコンサルタントとして目にしてきた中国人留学生たちの現状について、お伝えしたいと思います。

中国は、私たち日本人の想像をはるかに超えるほど厳格な学歴社会です。中国全土の大学統一試験で高得点を取り、上位大学を出て高い専門性を身につけない限り、中国では、新卒で就職するのは極めて難しいのが現実です。

また、一般的に、親の戸籍区分(都市戸籍か、農民戸籍か)や居住証の有無により、小中学校の段階から、教育の機会に大きな格差があります。いわゆる戸籍格差です。

都市の大学に合格すると、在学中は学内に戸籍が置けます。ただし、大学側の受け入れ人数には戸籍区分によって差があり、都市戸籍保有者に比べると、農村戸籍保有者の合格率は非常に低いです。

卒業後は、都市の企業に正規社員として就職して居住証を得れば、その地域の社会保障を受けられます。中国人学生にとって、大学統一試験は、人生を左右する一大転機と言えるのです。

そのような背景に加えて、2000年以降の高等教育改革もあり、中国では大卒者数が極端に増えました。その結果、就職難が深刻な社会問題となっています。

中国企業の多くは、学歴のみならず外国語能力や社会経験も厳しくチェックします。中国人留学生のうち一定層は、中国企業に就職するための足がかりとして、日本企業で2〜3年のキャリアを積みたいと考えている「海帰(帰国)組」です。

国際情勢によっても変わるため一概には言えませんが、上位大学の学生や、沿岸部・都市部出身の学生に多い傾向です。彼らは「現地で学ぶ以上、ネイティブにしか教われない高度な日本語を習得したい」「日本語能力を今後のキャリア形成に活かしたい」と、かなり切実に考えているはずです。

一方、中堅あるいは農村・地方の大学生、単科大学生、高校生の場合は、日本で就職して、そのまま定住したいと考えている場合が少なくありません。

このように、同じ「中国人留学生」でも背景には様々な違いがありますので、日本語の教育計画を立てる前に、学習者の基礎学力の見極めや、キャリアプランのヒアリングを丁寧に進めていく必要があるかと思います。

私が人材コーディネーターとして接してきた中には、中国語では流暢に話していた内容が、日本語になると、ごそっと抜けてしまったり、中国語でヒアリングをすると、しっかりとした考えやビジョンを持っているのに、履歴書や自己PR書には表現できなかったりする学生が大勢いました。とくに、「N2」保有者と「N1」保有者の差は大きいというのが率直な感想です。

採用の際、日本企業が重視するのは誠意、情熱、忠誠心などです。なぜその企業を選んだのか、そのためにどんな努力を重ねてきたのかというストーリーや、「他の企業では成し遂げられない目標」などを問われます。いわば、ラブレターのような履歴書です。

一方、中国人にとって履歴書は、仕様書(スペック)のようなもの。「私のスキルはご覧の通りです。あなたの会社に必要ですか?必要でなければ、他の会社を当たります」というのが普通の感覚なので、誠意や情熱、忠誠心が伝わるように、日本語で何をどう表現すれば良いのか、理解しにくいのです。

履歴書イメージ

多くの中国語ネイティブが悩む、日本語の「自然な省略」

また、より良い印象を与える自然な日本語の習得をめざすには、教える側が、中国語と日本語の根本的な違いを理解しておく必要があるかと思います。

まず、中国語は、語源が明確です。何百年何千年もの間、ほぼ忠実に、語源どおりの意味合いで漢字を使用してきた歴史があります。高学歴であればあるほど「このシチュエーションで、なぜその漢字を使うのか?」という深い知識を身につけており、「漢字の意味が、時代や社会の変遷によって変わる」という感覚がありません。

一方、日本で使われている漢字も、もともとは中国から伝わったものですが、意味や使い方は、もともとの語源とは遠くかけ離れているものも少なくありません。そのため、同じ漢字を目にしても、想起するニュアンスに食い違いが生じてしまうのです。

また、中国語では、WHO(誰)やWHY(なぜ)、HOW(どのように)を省略しません。漢字一つ一つに意味があるので、短い文でも細かい描写が可能です。

例えば、日本では手紙を書くとき、

①「お元気ですか? 先日はお会いできて嬉しかったです」

と表現しますね。同じニュアンスを中国語で表現するとしたら、

「你好吗?前几天在东京能和你见面,当时我感到很开心」

となるのですが、中国語で表現されている意味をすべて日本語に変換すると、

「あなたはお元気ですか?数日前に東京であなたと約束して会うことができて、その時、私はとても嬉しく感じました」

という具合に、回りくどくて硬い日本語になってしまいます。

そのため、中国語を日本語に翻訳するときは、まず直訳(②→③)してから、どこを省略するかを考えます(③→①)。

逆に、日本語を中国語に翻訳するときは、とにかく描写を細かくしないと(①→③→②)、中国語としては穴だらけのような文章になってしまうことが多いです。

文法よりも教養に時間を費やす学習者は抜きん出ている!

そして、もう一つ。語学カリキュラムのあり方も、日本とは違います。

中国では、外国語の初級は中国人に教わるのが一般的です。基礎文法は、誤解が生じないよう、学習者の母語でしっかりと教わるのです。

中国人教師は、両言語の特徴をはじめ、歴史や文化など、その国に関する知識を幅広く持ち、通訳の訓練も受けています。中国人教師に日本語を学んできた学習者は、基礎がしっかりしていて、応用力が非常に高いと感じます。

基本的な文法は効率良く学び、あとは、ひたすら語彙を増やしながら、臨機応変に使い分けられるよう、膨大な量のシチュエーションをケーススタディする。これが、多くの中国人にとって、馴染みある学習方法なのではないでしょうか。

では、膨大な量のシチュエーションを、どのようにケーススタディしていけば良いのでしょう。

私が知る限り、日本企業に採用される中国人材の多くは、圧倒されるほど多くの日本文学を読んでいます。中国語の翻訳を読んでから、日本語の原典も読んでいる。私が出会った日本語力の高い中国人の方々は、もれなく映画やアニメ、ファッション、音楽、コスメ、歴史など日本の文化に強い興味を持っていて、日本人の私でも恐れ入るほどです。

文学作品を読むと、時代や地域、人物などの詳しい設定に基づいて、一つ一つの言葉が綴られていますから、「このシチュエーションで、なぜその言葉を使うのか?」が納得できます。

そのような語学スタイルが定着しているからなのか、村上春樹さんなど、日本文学の中国語版を読むと、日本特有の精神性がきめ細やかに再現されていて驚嘆します。

このような質の高い語学力を目指すには、マインドもバイリンガルにならなければなりません。中国語を使うときは、中国文化に根ざしたマインドで、日本語を話すときは日本文化に根ざしたマインドで。人格ごと切り替えるスイッチが作れれば、国際人として理想的ではないでしょうか。

日本文化に根ざした精神を養うには、小説、俳句、短歌、歌舞伎、能狂言、茶道、華道など、学習者の興味や関心に応じて、それぞれの魅力を存分に伝えながら、そこで使われている日本語の背景を解説できる教師との出会いが大切だと思います。中国人学習者の多くは「日本で生まれ、日本で育まれてきた日本語」を学びたくて、来日していると思うのです。

就職に当てはめるなら、日本企業がなぜ誠意や熱意、忠誠心を重視するのか。日本人が理想とする美しい言葉づかいとは。日本独特の企業文化や価値観を説明できるような文学作品を、何冊かひも解いて解説できるような日本語教師の方と出会えたら、日本での就職をめざす学生にとっては幸運と言えるでしょう。

泉本さんプロフィール

泉本媛子(いずみもと・えいこ)

早稲田大学院修士(国際関係学)。ソフトウェア、大手総合商社の中国担当を経て、駐在家族として上海に滞在。大学講師、通訳翻訳、中国語講師、日系企業向け中国人材コーディネーターなどの経験を積む。帰国後はインバウンド実地調査コンサルティング、コピーライティング、言語コーディネーター、言語監修、中国人材キャリアコンサルティングなど幅広く活動している。

*1:「平成27年度私費外国人留学生生活実態調査」(JASSO)

*2:「平成29年度外国人留学生進路状況・学位授与状況調査結果」(JASSO)

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