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介護・看護の日本語教育の現状と課題

先日、編集部に1冊の本が送られてきました。書名は『介護と看護のための日本語教育実践:現場の窓から』(ミネルヴァ書房)。350ページを超える大著で、介護・看護分野の日本語教育の全体像が分かりやすくまとまっていました。本書をまとめられた神村初美先生に、最近注目度の高い介護・看護分野の日本語教育の現状と課題についてお話を伺いました。

ツアコンから転身。さまざまな「ご縁」がつながり現在に至る

編集部:神村先生の日本語教師としてのバックグラウンドを教えてください。

神村:もともと私はツアーコンダクターとして7年ほど海外を飛び回っていたのですが、夫の仕事の関係から、転勤で新潟に住むことになりました。丁度その時に新潟県の国際交流協会を通してアルクの『NAFL日本語教師養成プログラム(以下、NAFL)』を受講しました。修了すると協会から補助金が出る制度がありまして、日本語教師の勉強を始めたのはその時からです。

編集部:私が入社したての頃の話で、なつかしいです(笑)。NAFLを修了した後は、どこで教え始めたのですか。

神村:長岡市の日本語教室で教え始めました。その後、山梨県へ引っ越すと、南アルプス市の国際交流協会や地元の日本語学校で教えるようになりました。ただ教えているうちに、日本語教育についてもっと専門的に勉強したくなり、2007年に首都大学東京大学院・人文科学研究科日本語教育学教室に入りました。

編集部:大学院に進学した時から専攻分野は介護・看護の日本語だったんですか。

神村:いえ、大学院の専門はピア・ラーニング*1だったんですが、博士課程在籍中に、介護施設でEPA*2候補者に日本語を教えるようになりました。さらに他の大学院生と一緒にEPA候補者向けの『耳と目でおぼえる介護の漢字』という漢字のテキスト開発にも携わることとなりました。博士課程満期退学直後、指導教官からの働きかけで、そのまま東京都と首都大学東京による「アジアと日本の将来を担う看護・介護人材の育成」事業に主担当教員として関わるようになりました。

編集部:国の政策が大きく動いたタイミングで、積極的にいろいろなことに関わる中で、キャリアの幅を広げていかれたのですね。

神村:特任教員として首都大学東京の南大沢と荒川キャンパスを駆け回り、都庁の会議に参加し、インドネシア教育大学とのEPAによるプレ看護人材育成のための遠隔授業や交流プログラムを行ったり、EPA候補者向けの対面型集合研修や、インターネットによる介護の漢字の授業を企画・運営したり、介護の日本語教育の教材を開発したりと、とても充実した毎日でした。

介護・看護分野における日本語教師の役割

編集部:そのような忙しい毎日の中で、介護・看護の日本語教育に関わって、まず感じたことはどんなことですか。

神村:何もないところからのスタートでしたので、情報や先行研究がほとんどないということですね。フロンティア領域であれば、日々の実践の中から少しずつ知見を積み上げていくしかないということを強く感じました。

編集部:留学生に対する日本語教育のような蓄積がないということですね。そういった中で、日本語教師にはどんな役割が求められるのでしょうか。

神村:日本語教師がハブになって、学習者である外国人材と、学習させたい施設を「つなぐ」ことが求められます。EPAの場合、来日してから国家試験までの3年間の中で若いEPA候補者の気持ちはいろいろと揺れますし、施設に対しては正直、遠慮もあって言えないこともあります。一方、施設側ではそれなりのコストも掛けているので、EPA候補者には国家試験に合格してもらわなければ困るわけです。

編集部:EPA候補者の気持ちも、施設側の事情も理解できるわけですね。そういった時に何か気を付けなければならないことはありますか。

神村:決しておごってはいけないということですね。日本語教育の専門家ではありますが、日本語教育の視点だけで、EPA候補者や施設側に「それは違う」「この日本語のほうがいい」などと押し付けても、介護・看護の現場には「現場の社会」があるので、受け入れられないわけです。現場を尊重する謙虚な気持ちは、EPA候補者にも施設側にも伝わります。

編集部:日本語教師にも介護・看護の専門知識が必要なのでしょうか。

神村:ある程度のことを知っておくことは大事です。ただ、介護・看護の専門家のように詳しい知識を持っている必要はないように思います。。逆に知っていることで謙虚さが失われてしまったり、日本語教育の視点が鈍ってしまったりするリスクもあるのです。介護・看護に関する基本的な輪郭が描けるぐらいの知識は要ります。例えば、日本語を教えていて分からないことが出てきたら自分なりに調べて、正しく理解しておくことは必要だと思います。それから法律の変更など、国の最新の動向にアンテナを張っておくことも大切です。

編集部:留学生に対する日本語教育とは随分と違うところもあるのですね。

神村:日本語教育の中身自体が大切なことに違いはありませんが、留学生が「日本語などを学ぶ」ために来日していることと比べ、EPA候補者の優先順位はあくまで「仕事」です。ですので、EPA候補者の置かれている状況・環境や気持ちに細心の注意を払う一方、施設側の意向や期待されるゴールイメージなどをよく理解して、カリキュラムをカスタマイズすることが大切だと思います。

編集部:学習者やクライアントのニーズをよく聞くという点で、ビジネス日本語やサービス業に近いですか。

神村:EPA候補者は決められた期間の中で国家試験に合格しないと帰国しなければならないというタイムリミットがあります。与えられた時間の中で目標を決め、EPA候補者のモチベーションを維持しながら、最終的にはビジネスの契約を成立させるような気持ちが必要ですね。振り返ってみると、私にとっては7年間のツアコンの経験、特にいろいろなアクシデントを乗り越えてきた経験が生きているように思います。

国家試験を乗り越えるために

編集部:2018年度の第31回介護福祉士国家試験の日本人を含めた合格率は73.7%、EPA候補者の合格率は46%(ただし、ベトナム人に限れば88.5%)でした。

神村:首都大学東京の秋葉原キャンパスで2012年から5年間、EPA候補者向けに講座を行いましたが、当初はもっと合格率も低くて、講座の参加者もとても少なかったですね。ただ、口コミで徐々に参加者が増え、5年後には100名以上の参加者が集まるまでになりました。

編集部:限られた期間内に働きながら国家試験に合格するのは大変なことですね。

神村:国家試験に合格するには、基礎的な日本語力の上に、専門知識や国家試験に必要な漢字、語彙、読解力をつけ、日本の介護・看護文化や習慣を理解し、さらに試験への対応力を身につけなければなりません。日本語教師はその橋渡しをします。

編集部:国家試験には一般の日本人も知らないような語彙が出てきますね。

神村:同じものを指していても異なる語彙が使われます。例えば、褥瘡(じょくそう)と床ずれ、含嗽(がんそう)とうがい、でも認知症の方と話す時に実際に使うのは「くちゅくちゅぺー」。これらの言葉を別々に暗記させるのではなく、学習者の頭の中で背景知識を中心に「つなげる」ことが大切です。「うがいをする」という概念をきちんと押さえた上で、生活、介護・看護、国家試験で使う語彙とをネットワークのように結びつけます。

編集部:国家試験対策として専門語彙を覚えるとかということではないわけですね。

神村:就労のための能力と日本語力が、国家試験に合格する能力に内包されるような構造にできると理想的ですね。

編集部:ところで、介護人材受け入れにはEPA、在留資格介護、技能実習、特定技能1号と4つのルートがありますが、しくみが複雑すぎないでしょうか。

神村:新築、改築、増築だと捉えたらいいんじゃないでしょうか。その場合、最初にあるのはEPAです。このような制度や法律についても、日本語教師はよく理解しておくことが必要です。こういう基本的なことを知っているかいないかで、施設側の日本語教師を見る目も違ってきますから。

編集部:これから介護・看護の日本語教育に関わりたい、もっと勉強してみたいと思った人や教師仲間を見つけたい人は、どうしたらいいでしょうか。

神村:「看護と介護の日本語教育研究会」という会があります。現在、会員は250人ほどいますので、もし介護・看護の日本語教育に関心のある方はぜひご連絡いただければと思います。私も副代表幹事を務めています。

編集部:今回のインタビューはもともと、『介護と看護のための日本語教育実践:現場の窓から』(ミネルヴァ書房)をお送りいただいたことで設定しました。介護・看護分野の日本語教育の全体像がよく分かる本ですので、「日本語ジャーナル」の読者の皆様にもお勧めしたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

介護と看護のための日本語教育実践:現場の窓から

介護と看護のための日本語教育実践:現場の窓から

  • 作者:神村初美
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2020/01/14
  • メディア: 単行本

*1:ピア(peer:仲間)と学ぶ(learn)こと。学習者同士が対話を通しながら協力して学ぶ学習方法。

*2:Economic Partnership Agreement(経済連携協定)の略。この協定に基づき、インドネシア、フィリピン、ベトナムから看護師・介護福祉士候補者を受け入れている。

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