日本語教育能力検定試験の結果が発表になり、これからいよいよ日本語を教え始めるという方も多いと思います。また、教える場として日本語学校を選ばれる方も多いと思います。日本語学校に採用してもらいたいと思った場合、採用時に採用側は応募者のどのようなところを見ているのでしょうか。日本語学校大手の一つ、KCP地球市民日本語学校の康京子専務理事をお訪ねしました。(NJ編集部)
写真は左から、高橋副校長、辻先生、菊地先生、康専務理事
面接では相手を知り、学校のことを知ってもらう
編集部:KCP地球市民日本語学校について教えてください。
康:KCPとは、K=Knowledge C=Coexistence P=Peaceの頭文字を取っています。「ともに学び、ともに生きる」をスローガンに掲げ、1983年から東京・新宿で日本語教育を行っている歴史ある学校です。日本語教師養成講座も併設しています。
編集部:KCPでは日本語教師をどのように採用しているのですか。
康:教師を採用する場合、通常の日本語学校では、履歴書→面接→模擬授業→採用/不採用の決定という流れが一般的だと思います。でも、うちはちょっと違っていて、履歴書→面接→採用/不採用の決定となります。そして採用した方に模擬授業をしていただいたり、研修を受けていただいたりします。
編集部:面接で採用/不採用を決めてしまうということですね。それはなぜなんですか。
康:極端に言ってしまえば、教え方・技術的なことは採用後の研修を通して磨いていくことができると思っているからです。逆に言えば、教えた経験が豊富なベテランの先生だからっといって、KCPでは必ずしも採用されるとは限りません。
編集部:面接では主にどんな点を見ているのでしょうか。
康:何より大事なのは学校とその人の相性が合うかどうかですね。それから自ら主体的に学び、自分の頭で考えて行動できる人かどうか。教師自らが自立できていなければ、自立した学習者を育てるのは難しいですから。
編集部:お一人の応募者の面接時間はどのぐらいですか。
康:短くて1時間。場合によっては2時間ぐらい面接することもあります。
編集部:そんなに長いんですか!
康:こちらが応募者の人間性を見させていただくのはもちろんですが、応募者にも学校のことをよく見てもらうようにしています。そのためいろいろと逆に質問をしてもらいます。どちらかと言うと、我々のほうが面接されている感じかもしれませんね(笑)。
編集部:最近の応募者の傾向は何かありますか。
康:「とにかく採用してもらいたい」という意欲は悪くはないと思うのですが、自分が教えたい学校のことを何も調べずに、いろいろな学校を回られる方が多いように思いますね。実際に教えることになったら学校とは長いお付き合いになるわけですから、その学校が自分に本当に合うのかを事前によく調べていただき、面接ではお互いにじっくりと語り合いたいですね。
編集部:応募者の年齢層はいかがですか。
康:学校にはいろいろな能力やキャリアのある日本語教師が必要ですので、年齢層も敢えてばらけるように採用しています。新卒の方もいれば50代で入ってこられる方もいます。今、KCPの最高齢の先生は73歳です。年齢よりも、その先生の姿勢や声の大きさ、そして学習者と一緒に楽しめるかどうかといったことのほうが大切です。
編集部:KCPでは『NAFL日本語教師養成プログラム(以下、NAFL)』を修了された方もたくさん採用していただいています。ありがとうございます。
康:NAFLで勉強されてこられた方は、通信講座で学んで日本語教育能力検定試験に合格されたということで、「自ら主体的に学ぶ姿勢」が身についているように思います。NAFLを修了されて活躍されている先生はたくさんいますが、その中からこちらで教え始めて8年目の辻正子先生をご紹介します。
子育て中にNAFLで学習。2回目のチャレンジで検定合格
編集部:辻先生はもともと日本語教師志望だったのですか。
辻:大学生の時はアナウンサーを目指していました。関西の出身なのですが、関西弁と共通語の違いや、客観的に言葉を見つめることに興味を持っていました。もしそうしたことが仕事にできるならやってみたいとは思っていましたが、大学を卒業して就職したのは一般のメーカーです。
編集部:言葉に対する関心はお持ちだったわけですが、日本語教師にはならなかったわけですね。
辻:はい。その後、結婚して子供ができました。子育て中はなかなか自由には動けないのですが、その期間に近くの図書館へ行って日本語教師の勉強を始めました。ただ独学ではやはり限界があって、日本語教育能力検定試験は残念ながら不合格でした。
編集部:そうでしたか。
辻:試験に合格するためにはコツやポイントがあることが分かりました。それでNAFLに申し込んで勉強し直し、日本語教育能力検定試験には2回目で合格しました。
編集部:おめでとうございます。NAFLが役に立って我々もうれしいです。
辻:NAFLは検定対策としてももちろん役に立ったのですが、それだけでなく、実は自分の子供の成長過程を見ていて、「第二言語習得研究」のテキストに書いてあったことが、まさに目の前で起きていることに気づき、驚きました。当時はしばらく海外に住んでいたのですが、子育ての方向性や学校を決めるのにも参考にしたほどです。
編集部:それから帰国されて、すぐにKCPで教え始めたのですか。
辻:検定試験には合格したのですが、すぐに教壇に立つのは若干不安がありました。それでいろいろと調べたところ、KCP日本語教師養成講座の中に「模擬授業実践ラボ」というものがあることが分かりました。
編集部:それはどのようなものですか。
辻:日本語教育能力検定試験合格者など、既に日本語教育の基礎知識がある人を対象にして、初級・中級・上級の各レベルの指導法(教案作成・模擬授業を交えた演習)を学ぶことができるコースです。そこからさらに教壇実習(実際の外国人に日本語を教える)を経て、KCPに採用されました。
編集部:教え始めた8年前というと、東日本大震災で学習者が大量に帰国した時期ですね。
康:はい。どの日本語学校も大変な時期でした。先生方に授業もあまり多くは担当してもらえなかったのですが、その分来日して日本語を学んでくれる学習者のために、辻先生にはお昼休みにロビーで学習者と触れ合ってもらいました。辻先生は学習者の話をよく聞き、質問されてわからないことがあると、自ら調べてよく対応してくれました。この先生なら間違いないと思いましたね。
編集部:今は、辻先生は何を担当されているのですか。
辻:中級のクラスのほかに、菊地さんと一緒に日本語教師養成講座のコーディネーターをやっています。
菊地:私はこれまでは教務中心に仕事をしてきたのですが、対象を外国人学習者から日本人へ変えて、新しい自分の可能性を見出したいと思っています。コーディネーターというのは先生ではないので、受講生の皆さんから何でも気軽に相談してもらえればと思っています。
養成講座では学習者との信頼関係を築く力を養ってほしい
編集部:日本語教師養成講座も数が増えてきましたが、そんな中でKCPの養成講座の特色は何でしょうか。
康:それは養成講座責任者の高橋副校長から答えてもらいましょう。
高橋:多くの養成講座では「即戦力」育成を打ち出していますが、その中でも「KCPの実践プログラムは質の高さで抜きんでたい」という思いがあります。
編集部:「即戦力」というと、やはり教育実習になるのでしょうか。
高橋:実は、採用面接にいらした皆さんに伺うと、「養成講座での模擬授業は初級しかしたことがない」「中級は知識としては習ったが模擬授業はしなかった」と多くの方がおっしゃいます。
編集部:新人の教師は初級を教えるのが一般的なのでしょうか。
高橋:そんなことはないと思います。初級のクラスしかない日本語学校というのもありませんし、先生によって初級・中級・上級それぞれの向き/不向きもあります。KCPでは初級・中級・上級の教え方を網羅し、各レベルでしっかり教案作成・模擬授業をしていただきます。
編集部:「教壇実習」はどのように行うのでしょうか。
高橋:KCPの大きな特徴は、日本語学校の中に設置されているということです。つまり実習のために作った模擬的なクラスではなく、本物のクラスで授業をしてもらいます。受講生は本物の学習者の反応に触れ、真剣なやりとりの中で多くのことを学び、そして教師として最も大切な学習者への向き合い方を身につけます。
編集部:まさにプロ教師としての洗礼を受ける瞬間ですね。
高橋:ベテランの先生の授業を見学するという経験も貴重です。「模擬授業実践ラボ」「教壇実習」ではプロ教師の技術レベルの高さに圧倒されます。一人一人の学習者へ投げかける問いには繊細な心配りがあり、その背景に学習者との信頼関係が構築されていることを知るはずです。
編集部:そのような一連の過程を通して、日本語教師が育っていくんですね。
康:KCPには図書室やラウンジなど、学習者と日常的にコミュニケーションし、信頼関係を築ける環境があります。来日している学習者の思いを日々肌で感じ、学習者のことを理解できるということは、テクニック以上に大切なことだと思っています。
編集部:よくわかりました。本日はありがとうございました。
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