日本語教師であれば避けて通れないのが「文法」です。日本語教師が文法をきちんと理解していないと日本語の授業は成り立ちませんし、学習者からの質問にも的確に答えられません。日本語教育における文法の大切さについて、日本語教師にとって必要な文法項目をコンパクトにまとめた『改訂版 書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』を上梓した、山下暁美先生にお話を聞きました。(NJ編集部)
自ら手を動かして主体的に文法を学ぶ
編集部:まず本書を書かれたきっかけを教えてください。
山下:本書の元となる書籍を出した当時は、勤務先の大学で日本語教師養成講座の文法科目を担当していました。ただ、その頃の文法の教材は、知識を一方的に詰め込むようなものが多く、文法が嫌いになってしまうような学生も珍しくありませんでした。どうしたら学生が文法に興味を持ってくれるだろうかと考えたのがきっかけです。
編集部:確かに、文法というと知識中心で、やや堅苦しいイメージがありますね。
山下:そのようなイメージがあるので、せっかく授業で文法を説明しても学生は右から左に話を聞き流してしまい、肝心の知識が身についていないような学生も多かったんです。
編集部:学生に文法を好きになってもらったり、しっかり身につけてもらったりするために、養成講座の授業ではどのような工夫をされたのですか?
山下:授業で毎回、書き込み式の文法プリントを準備したんです。すると、学生は一方的に講義を聞くだけでなく、自分の手を動かして、知っていることを再確認・整理し、新しい知識も習得できるようになりました。授業に主体的に参加し、少しずつ文法も好きになってくれる学生も増えていったんです。
編集部:そのプリントが元になって、今回の教材が出来上がったのですね。改訂版では判型がB5判の大判になったことで、随分と書き込みやすくなりましたね。
山下:はい、ぜひ書き込みながら自分の文法知識を整理していただきたいですね。改訂版では、その文法を日本語の授業で扱うときにどんな問題が出てくるか、どのような点に注意して指導するといいかなど、より実践的な内容も書き加えました。また、文法の教材は堅苦しくなりがちなので、できるだけ本文ではやさしい表現を使い、読者に課題意識を持って問題に取り組んでいただけるよう工夫しています。
国文法と日本語文法――ルートは違ってもゴールは同じ
編集部:私たちは中学校や高校の国語の時間に文法を学びます。日本語教育の文法は、学校で学んだ文法とは違うものなのでしょうか?
山下:学校で学ぶ国文法は一般的に橋本文法*1の影響が強いとされています。これは、既に文法体系が頭の中に無意識に備わっている日本語母語話者を対象にしたものです。子供の発達段階を踏まえて、情緒力、想像力を重点にした段階から論理的思考の段階へと重点を移して子供たちを育てていくのが狙いです。
編集部:一方の、日本語教育文法はと言うと……
山下:日本語教育の文法は、日本語非母語話者が、日本語を一つの言語として客観的、科学的、意図的に学んでいくための文法です。
編集部:同じ日本語でも文法の学び方が違うということになりますか。
山下:はい、日本語母語話者である日本語教師が文法を学ぶ場合は、客観的に学んでこなかった文法体系を意識化し、理解しなければなりません。これは大仕事ですが、日本語教師にとっての文法を学ぶ大切さ、難しさ、面白さはここにあります。本書では、取りかかりやすいように、各項目の国文法と日本語教育文法の関係をはじめにまず説明しています。国文法と日本語教育文法は学ぶ人は違っても、もちろん同じ日本語ですし、文法を学ぶことで他者とのよりよい人間関係構築を目指すというゴールは同じです。
外国ルーツの子供たちが急増する学校現場でも活用してほしい
編集部:文法の大切さや面白さを知ってもらうためにも、本書は、これから日本語教師として教壇に初めて立とうとしている方、これから日本語をどう教えたらいいか分からないという方に使っていただけるといいですね。
山下:今や日本語を教える現場は日本語教育機関だけに留まりません。日本に住む外国人は、2019年6月末現在で282万人となっており、現在も増加傾向にあります。学校にも外国ルーツの子供たちが急増していますが、言葉や文化の壁もあります。そのような子供たちと接する「国語」の先生方にもぜひ読んでいただきたいと思います。また、既に日本語は話せるけれどもう一度見直してみたいという学習者にもお薦めです。
編集部:これから子供たちの日本語サポートはますます重要になっていきますね。
山下:共生という視点から申しますと、防災や身の安全のための日本語や公共用語がもっとやさしくならなければならないと思っています。日本語教育に直接携わっている人たちだけではなく、もっと社会全体が共生への意識を高めていくようにしなければなりません。
編集部:そのような、日本語教育の考え方が広く理解されることで、普段使っている言語や文化を客観的に見つめ直せるようになるといいですね。実際、この教材を大学の養成講座で使ってみた反応はいかがですか。
山下:大学の養成講座でこの教材を使っていると、学期が終わる頃には、かなりの量の書き込みやアンダーラインで、ページがぎっしり埋まります。これはつまり、その教材が「学生の物になった」と言えます。そのぐらいになると、学生には文法の知識もしっかりと身についていますね。
編集部:一方的に「聞く」「読む」ということだけではなく、「書く」という行為を通して、それぞれの学生オリジナルの文法書を創造するわけですね。
山下:大学を卒業して日本語教師をしている卒業生から年賀状をもらったのですが、そこには「(日本語を教えていて)立ち戻るのは、いつもこの一冊です」と書いてあり、とてもうれしく思いました。
編集部: 本日はありがとうございました。
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