9月下旬、文部科学省(以下、文科省)は外国人の子供の就学状況について初めて全国調査の結果を発表しました。その数字は衝撃的なもので、実に1.9万人もの義務教育相当年齢の外国籍児が不就学である可能性があることがわかりました。多くの子供たちが学校にも行かず、日本語や学力が不十分なまま大人になってしまうのは、本人や家族にとってはもちろん、日本社会にとっても不幸なことです。静岡県・浜松市では、5年以上前からこの問題に取り組み、不就学ゼロを実現してきました。全国的な問題解消のために、浜松市の取り組みから学べることを考えます。(編集長)
なぜ今、不就学児がこんなにいることが初めて分かったの?
文科省はこれまで、「学校に受け入れた」子供たちの日本語指導状況については定期的に発表してきました。しかし、「学校に受け入れていない」子供たちが、全国にいったいどれほどの数いるのかは、文科省含め誰も知りませんでした。それはなぜでしょう? 簡単に言えば、文科省にはその数を把握する責務がないからです。その根拠となっているのが、憲法の以下の条文です。
日本国憲法 第26条
- すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
- すべての国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
日本の義務教育の対象は(日本)国民であって外国人ではないということになっています。ただし、外国人は学校に通う義務はないものの、「通いたいというのなら受け入れるよ」というのが国の基本的なスタンスです。しかし、自ら学校に通いたいという意思を示さない限り、外国人は文科省からも教育委員会からも基本、放っておかれることになります。
ところが、今回、文科省はがらりと態度を変え、不就学児童の調査を始めました。それはなぜでしょう? きっかけとなったのは、6月に公布・施行された日本語教育推進法(以下、推進法)です。推進法では、日本語教育の推進に関する施策を策定・実施する責務を国に課し、その施策には幼児・児童・生徒等に対する日本語教育の充実を図るために就学の支援などが含まれるとしています。推進法が行政を少しずつ動かし始めています。
浜松ではどうやって不就学をゼロにしたの?
文科省が不就学児の数を発表するずっと前からこの問題を認識し、解消してきた地方自治体がいくつかあります。静岡県・浜松市、岐阜県・可児市など、日系南米人が集住するいくつかの地域では、既に数々の先駆的な取り組みがなされてきました。ここでは、浜松市の取り組みを、公益財団法人浜松国際交流協会(HICE)/浜松市外国人学習支援センター(U-ToC)主任の内山夕輝さんに聞きました。
浜松市の外国人の子供たちへの取り組みについて教えてください。
浜松市は「相互の理解と尊重のもと、創造と成長を続ける、ともに築く多文化共生都市」という将来像を掲げた多文化共生都市ビジョンの下、浜松市国際課が共生施策の中心的な窓口となっています。公立校に在籍する子供の就学については浜松市教育委員会が中心となって、就学に必要な日本語・教科・母語指導などをNPO団体に業務委託するなどして、各機関が有機的につながって外国人支援に取り組んできました。HICEは国際課より委託を受けて、教育委員会が管轄していない外国人学校とも連携しています。
いつから不就学解消に取り組んでいるのですか?
「外国人の子どもの不就学ゼロ作戦事業」は2011年度から取り組み、2013年に不就学児はゼロになりました。その後も取り組みを継続しています。
なぜ不就学解消に取り組んだのですか?
この取り組みは、1990年の改正入管法の施行により浜松で急増した日系南米人を襲った2008年のリーマンショック*1が契機になっています。親が職を失い、経済的理由から学校に来なくなってしまう子供たちが増え、このままでは大変な問題になるという危機意識がありました。
どうやって不就学をなくしたのですか?
日本人だけではなく、ブラジル総領事などにも入ってもらい実行委員会を作りました。そこで議論し、確立された「浜松モデル」とは、具体的には①転入時の就学案内、②就学状況の継続的な把握(住民基本台帳と学齢簿システムの連動、家庭訪問)、③就学に向けたきめ細かな支援(親との面談、教育相談、就学ガイダンスなど)、④就学後の定着支援(日本語学習支援や母語による初期適応支援、外国人学校へのカウンセラー派遣など)から成っています。
さまざまなことをされてきましたが、取り組みは大変でしたか?
「浜松モデル」と言葉にすれば簡単なように見えますが、庁内の関係課が子供の不就学対策のために、円滑な連携を取らないと成り立ちません。また、家庭訪問一つ取っても、浜松市で平成30年度に行った就学状況の把握のための訪問は実に269回に及びました。昼間は働いている保護者も当然多く、なかなか会えないので夜間に訪問することも少なくありませんでした。そこで、子供が学校に通っていない理由を確認したり、就学への働きかけをしたりしました。実際に保護者に会えたとしても、すぐに就学につなげることのできない家庭の事情が複雑に絡んでいるケースもあります。特に、生活が安定していない状態だと、子供の就学について前向きに考えられないこともあり、まずは生活の再建支援が必要になります。解決に時間がかかることも多いですが、子供の将来のため、ひいては地域社会の将来のためにこつこつと取り組んでいます。
どうすれば不就学を減らせるの?
義務教育相当年齢でありながら学校に行っていない外国人の子供たちが、日本語や学力が不十分なまま大人になってしまった時にどのような問題が起こるのか、決していい結果につながらないことは誰でも容易に想像できます。であれば、積極的に不就学を減らしていく努力が、先駆的な集住地域だけではなく全国の自治体に求められます。
今回、文科省が発表した「外国人の子供の就学状況等調査結果」によれば、実際のところは、①転入等の住民登録手続きの際に就学案内をしている地方公共団体は全体の83.6%、②住民基本台帳と学齢簿システムの連動をしているのは71.6%と比較的実施されているものの、訪問による個別確認や就学勧奨をしているのは17.0%に留まりました。
さらに、教育委員会の規則における「外国人の子供の教育」に関する分掌規程を明示しているのは7.6%、地方公共団体の規則等における外国人の子供に係る就学案内や就学に関する手続き等を規定しているのは3.7%と、極めてわずかな数値でした。規定がなければ施策の実行は担当者任せになってしまいます。まずは、このような規定を全ての自治体で整えることを最優先で進める必要があると思われます。これは、訪問調査に比べれば、比較的手を付けやすいところではないでしょうか。現状では、そのような取り組みには自治体によって大きな差があり、外国人がどこに居住するかで、その後の教育面でのサポートが違ってきます。
さらにもう一歩踏み込めば、外国人であろうが日本人であろうが日本社会を構成する構成員なのであれば、等しく義務教育を受けさせるという積極策も考えられると思います。義務教育になっていないということが、文科省、教育委員会、地域社会、親、そして子供本人など、いろいろな立場の人たちの「逃げ道」になってしまわないよう、子供たちが成人する将来の日本社会のありようを見据えた動きが必要だと思われます。
「外国人の子供の就学状況等調査結果」の詳細はこちら。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/09/1421568.htm
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