学習目標の必要性や設定のしかたについて考えていく連載コラムの第4回、最終回です。前回は1対1の個人授業を例にして、2種類の授業案をご紹介しました。目標によって教師の指示の出し方も変わっていましたね。今回はレベル差があるクラスについて考えてみたいと思います。(執筆:望月雅美)
レベル差のあるクラスの場合―1クラス1目標とは限らない
複数の学習者がいるクラスでは、レベル差があることで目標設定が難しい場合があります。そういった場合は、目標を複数設定しても良いのです。
たとえば、読解授業で①漢字が苦手で読むのが遅い学習者と、②読みとるのは上手だけど発音の悪い学習者がいたとします。同じ教材を読むとなると、①の学習者が遅れをとってしまいがちです。その場合は、読むのが不得意な学習者①と得意な学習者②に向けてそれぞれ次のように2つの目標を設定します。
【①の学習目標】
最低限の意味が読みとれるようになる。
【②の学習目標】
意味を読み取りながらネイティブに近いスピードで音読できる。
理解していることばを他の人に説明できる。
そして、範読をする際には次のように2つの指示を出します。
T:私が読みますから聞いてください。 難しいと思う人は、聞いて、分からないことばに〇をつけてください。意味はもう分かるという人は、聞きながらシャドーイングしてください。
前者は①の学習者に対する指示、後者は②に対する指示です。教師が範読する間、①の学習者は分からないことばに〇をするというタスクだけをこなします。一方、②の学習者はシャドーイングを行います。シャドーイングというのは教師の後について同じスピードでブツブツと音読する練習のことで、発音が苦手な学習者には良い練習となります。
範読が終わったら、①の学習者が○をつけたことばについて説明をします。その際、ことばの説明をするは教師ではなく②の学習者にしてもらいます。この流れでいけば、①②それぞれの目標に向かってタスクを進めることができます。
このように、スタートが違うわけですから違うゴールを定めても良いと思います。高すぎる目標に挫折するよりも小さい目標をクリアしていくことは達成感につながりますし、それを積み重ねていくことで、差が縮むことはあっても差が開くことはないはずです。
漢字授業の場合―それぞれの目標達成を目指して
学習者のスタートが違う顕著な例が漢字学習でしょう。
同じ初級レベルでも、漢字圏の学習者と非漢字圏の学習者では漢字に対するそもそもの知識が違います。日本語の読みかたが分からなくても、表意文字に慣れているかどうかという差は大きいものです。漢字圏と非漢字圏と別々の漢字クラスがあればそれに合わせた授業が展開できるのですが、そこまで細かくクラスを分けられない場合もあります。同じクラスで同じ漢字を学習していく場合は、せめて目標を変えてそれぞれのゴールを示して授業を進めていきましょう。
漢字圏の学習者は漢字を書くことはできますし、漢字から意味を推測することもできます。しかし、複数ある日本語としての読みかたは慣れていませんし、送り仮名や漢字かな交じり文に苦手意識を持つ学習者は少なくありません。そんな弱点を克服できるような目標を掲げてみると、同じ単漢字を扱うにしても展開のしかたが変わってくると思います。
【非漢字圏学習者の学習目標】
単漢字の成り立ち、音読みと訓読み、その漢字を使った単語を覚える。
【漢字圏学習者の学習目標】
ひらがなで書かれた文を漢字かな交じり文に書き換えられる。
漢字かな交じり文を正しく読める。
非漢字圏学習者が漢字の成り立ちや書き方を学習している間、それをすでに分かっている漢字圏の学習者はその練習をする代わりに自分の目標に合った練習を行います。たとえばひらがな文を漢字かな交じり文に書き換えたり、漢字かな交じり文を教師の前で音読したりする練習などです。教師が文を読み上げた文を書く聴き取り練習をしても良いと思います。
それぞれの達成感を得ることが次への動機づけとなります。大きな目的に向かってそれぞれに歩みを進められるような目標を作っていきましょう。
同じ教材でも目標次第で授業は変わる
同じ教材を使っても、目標次第で授業が変わります。これは、文型の授業でも漢字の授業でも、もちろんそれ以外の4技能―読解、会話、作文、聴解―いずれの授業でも変わりません。拙著『どう教える?日本語教育「読解・会話・作文・聴解」の授業』(アルク)の中では、1つの教材をもとにして、学習目標に合わせた複数の授業例を紹介しています。教材は同じ、授業の基本的な枠組みもどれも同じ。学習目標に合わせて枠の中に入れる内容を変えるだけでいくらでも学習者に合わせた授業を展開することができるのです。
学習者それぞれに実りある授業を!
全4回にわたって学習目標について考えてきました。大きな「目的」に向かって、学習者のニーズに合わせた「目標」を細かく、具体的に設定する。それぞれの「目標」に合わせて「手段」である教材を有効に使う。同じ教材を使った授業でも設定した目標によって展開のしかたや指示の出し方が変わってくるはずです。「目的」「目標」「手段」を見極めて、学習者1人1人に実りある授業を提供していきましょう。
執筆:望月雅美
さまざまな日本語教育機関でこれまで8~88歳の日本語クラスを担当。現在、埼玉大学日本語教育センター非常勤講師兼諸々。著書に『日本語教師の7つ道具シリーズ1授業の作り方Q&A78編』(大森雅美名義、共著)『どう教える?日本語教育「読解・会話・作文・聴解」の授業』(共にアルク)などがある。音楽と笑いと自然を愛する3児の母。
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