学習目標の必要性や設定のしかたについて考えていく連載コラムの第3回。前回は学習目標を意識しなかったが故のほろ苦い失敗談でした。ここまでで目標を立てることが大切だとわかったとしても、「では、どうすれば……?」と戸惑う人もいるのではないでしょうか。第3・4回は学習目標の設定方法について、事例とともにいくつか紹介します。(執筆:望月雅美)
その日に持ち帰るお土産は?
「手ぶらで帰らせるわけにはいかない。」少し前に流行語になった言葉です。授業も「学習者を手ぶらで帰らせるわけにはいかない!」という心意気で臨みたいものです。
どんな学習者にも「今日はこれを学んだ!」と言えるような日本語のお土産を持ち帰ってもらいましょう。それがその授業の目標になります。皆さんの学習者にとって、適度な量で適度な内容のお土産とはどんなものでしょうか。重すぎては持ち帰れませんし、好み(ニーズ)に合わないものでは負担になるばかりです。
なかなか進まない個人授業の例―目標は小刻みに、具体的に
以前、週1回のプライベートレッスンを担当している教師から「1週間経つと学習者がすっかり忘れている。次に進めず、同じ項目を詰め込んでは忘れ……を繰り返している」という相談を受けたことがあります。同じ項目から抜け出せないことに教師も学習者も疲れている様子でした。
この場合、「その日に学んだ(詰め込んだ)内容をすべて覚えておく」という目標は、量的にも質的にもハードルが高かったのかもしれません。何をどこまでできるようになったらゴールとしましょうか。もう少し目標を具体的に絞ってみましょう。
「~させる」という使役文の授業を例に考えてみましょう。新出語・使役形の意味・活用のルール・文の組み立て方・使い方・助詞・正しい発音・表記・他の文型や状況に合わせた応用練習……など使役文1つの授業でも盛りだくさんの学習内容が考えられます。
個人授業を受ける学習者の中には、1つ1つの学習項目をきちんと積み上げていきたいという人もいれば、理論よりも発話重視でとにかくアウトプットしながら覚えていきたいという学習者もいるでしょう。
ここでは、前者のような学習者に向けて「基本→応用」という段階ごとに目標設定する例(授業案A)と、後者のような学習者に向けて発話重視の目標を掲げた例(授業案B)を紹介します。
【授業案Aの目標】
(1回目)文型の意味や使い方、活用のルールなどの基本をおさえる
(2回目)1回目の内容を使って自分のことが話せるようになる
【授業案Bの目標】
「もし自分が親だったら子どもにさせたいこと」について話せるようになる
学習者にとって使えそうな使役文を1つ覚える
授業案A-基本と応用と2回に分けて目標を掲げる
授業案Aは、1つ1つの学習項目をきちんと積み上げていきたい学習者に向けて、授業をあらかじめ2回に分けた例です。1回目は文型の意味や使い方、活用のルールなどの基本をおさえる、2回目は1回目の内容を使って自分のことが話せるようになる、と別々の目標を立てて行います。この場合、1回目は次のような声かけをし、動詞の活用ルールと短文作りまでを目標とします。
【1回目:授業のはじめに】
T:今日は使役形を勉強します。今週は新しい動詞の形と文の作り方を覚えてください。
語彙が負担になりそうなら、これだけは覚えてほしいという最低限の動詞に絞り、それだけは覚えておくように指示を出します(下記)。「最低限の動詞」というのは、活用のルールを覚えるための基本動詞を数個と、2回目の授業で自分のことを話すために使えそうな動詞です。
【1回目:授業の終わりに】
T:来週この形を使ってたくさん話しましょう。(必要なら動詞を指示して)来週使うので、この動詞の形と使い方を覚えておいてくださいね。
そして、2回目は1回目に指示した動詞の復習から入り、それらを使って応用練習の導入をしていきます。1回目は形をしっかり覚えることに徹し、2回目はそれを使って自由に発話してもらうわけです。
授業案B-学習者に合わせた最低限のお土産だけ渡す
一方、授業案Bの場合は、理論よりも発話重視でとにかくアウトプットしながら覚えていきたい学習者向けに、まず自分事に置き換えて話す満足感を味わってもらうことを目標とします。1回の授業で基本から応用まで行い、その後の授業で少しずつ復習を組み込んでいくという流れで行います。
【授業の終盤の応用練習で】
T:Lさんがもし親だったら子どもに何をさせたいですか。
L:私が親だったら、子どもにスポーツをさせたいです。
T:でも、危険なスポーツもありますね?よくケガをします。それでもさせたいですか。
L:はい、私は学生のとき、チアリーディング部でした。とてもあぶなかったし、こわかったです。でも、チームのスポーツはいろいろ学ぶことができます。
T:いいですね!来週それについてもっと話したいです。じゃあ、今日はその文を覚えて終わりにしましょう。私が言う文を書いてください。「もし私が親だったら、子どもにスポーツをさせたいです。いろいろ学ぶことができますから。」
このように、学習者の発言を利用して最後にディクテーション(書き取り)を行い、その文を覚えることを最終目標とします。活用のルールや文型はうろ覚えでも「子どもにスポーツをさせたい」という1文だけはその授業内に言えるようにしていきます。1文だけですが、印象的で自分が言いたいフレーズを言えたことは達成感に繋がり記憶にも残りやすくなります。ただ、1文だけなのでその後の授業で使役形が使えそうな場面があればその都度使用を促し、復習を組み込んでいくことが教師の課題となります。
目標が変わると授業の流れが変わる
このように、目標が変わると、授業の前後の指示の出し方や授業の展開が変わります。
さあ、皆さんはどんな日本語のお土産をどんな方法で学習者に渡しますか。お土産は笑顔で受け取ってもらえれば嬉しいですし、後になって役に立ったと喜ばれるのもまた良いものです。
今回は1対1の個人授業の例でした。授業案Bのように、その学習者にとって役に立つキーフレーズを1つだけ覚えて帰るという目標でも良いのです。学習者の学習目的に合わせて1コマごとの目標を具体的に設定していきたいものです。
一方、複数の学習者がいるクラス授業では、レベル差があって目標設定が難しいということがあります。次回はそんなレベル差のあるクラス授業について考えていきます。
執筆:望月雅美
さまざまな日本語教育機関でこれまで8~88歳の日本語クラスを担当。現在埼玉大学日本語教育センター非常勤講師兼諸々。著書に『日本語教師の7つ道具シリーズ1授業の作り方Q&A78編』(大森雅美名義、共著)『どう教える?日本語教育「読解・会話・作文・聴解」の授業』(共にアルク)などがある。音楽と笑いと自然を愛する3児の母。
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