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日本語教師経験を経て大学院進学へ-1年の修士課程でわかった「現場の教師が研究をする意味」

日本語教師として働き続けようと思うと、視野に入ってくる「大学院進学」。しかし、2年間で卒業に必要な単位(30単位以上)を取り、修士論文を完成させるのはなかなか簡単ではなさそうです。その通常2年の修士課程を1年間のプログラムで修了し、4月から再び本格的に日本語教師として活躍している渡辺幸子さんにお話を伺いました。(編集部)

――修士課程が終わったときのお気持ちはいかがでしたか。

ほっとしたのと、早く現場に戻りたいという気持ちと半々でした。この一年があまりにも大変過ぎて、うれしいとか、達成感というよりもとにかく「終わった…」という感じでした。もちろん1年で修士を取るということが大変なのは最初からわかっていましたが、予想していた何倍も大変で。4月からは母校となった京都外国語大学も含めて3カ所掛け持ちで教えています。移動もあるので忙しくて時間がなさ過ぎて、「働き方改革」をしないといけないなと思っているところです(笑)。

――渡辺さんはベトナムやミャンマーで教えられていたということですが、大学院に進もうと思った動機はどんなことですか。

ベトナムにはEPAのプログラムと国際交流基金の日本語パートナーズで2回行きました。その後、ミャンマーの日本語学校の立ち上げに主任教師として赴任しましたが、2020年にコロナが蔓延し、さらに翌年にはクーデターが起きて帰国せざるを得なくなりました。いつミャンマーに戻れるのかもわからない状態で、これはこの間に日本語教師としてのスキルアップをするしかないかなと、大学院進学を思い立ちました。

――厳しい状況の中でも前向きだったということですね。日本語教師としてやっていこうと思うと「大学院に行ったほうがいいのかな」と考える人は多いですが、「何を研究したらいいのかわからない」とためらってしまうという話をよく聞きますね。大学院進学を決心したときには具体的な研究テーマをお持ちでしたか。

大学院に進むことはパートナーズの頃からなんとなく意識していて、やっぱり、今まで自分が教えていたベトナムやミャンマーの学生に関わりのあることがいいなと漠然と頭にありました。でも、研究テーマについて考え始めたのは大学院受験の準備を始めた頃です。EPAのプログラムで教えていたベトナムの学生がたくさん日本で働いているので、その人たちにインタビューして、来日前に自分が思っていたことは実際に日本に来て体験したことによって変わったのか、価値観の変化というようなことをまとめようと思っていました。

――ご自身のそれまでのキャリアと密接に関連するテーマを選ばれたということですね。大学院はどんな基準で選びましたか。

自分がしたいことと近いテーマの論文をいくつか読んで、それを書かれた先生にメールを送りました。コロナ禍なのでZoomでお話しして、読むべき論文や研究計画書をどのように準備するかということなど、丁寧にアドバイスをいただきました。京都外国語大学には通常2年かかる修士課程を1年で修了できるプログラムがある(2年以上の日本語教授経験があることが条件)ことも知り、最終的に1校だけ出願しました。

――学費や収入といった金銭的な面や2年間教える機会が限られてしまうことを考えると1年で修了できるプログラムは確かに魅力的ですよね。でも、2年でも大変と聞く修士課程を1年でというとさらにハードな日々になることが予想されますね。

はい、私は9月に院試に合格したので、入学までの半年でできるだけ準備を進めていました。指導教官となる予定の教授とは月に1度のペースでメールのやり取りをし、今月はどこまで進んで、次にどんな文献を読むべきかというような報告や相談もしていました。ところが、入学間近の3月のメールでその教授が定年退職されるということを知らされたんです!

――えっ、それは大変ですね。

私にとっては急なことでとてもびっくりしました。でも、それまでのやりとりから、過去に近いテーマで論文を書いた学生の指導経験がおありだった別の教授を紹介してくださったんです。その教授のゼミに入って、指導教官になっていただきました。

――入学早々波乱万丈でしたね。その後は順調でしたか。

いえ、実はその後の方が大変でした。教授は変わっても元のテーマで論文を書くつもりで準備を進めていたんですが、行き詰ってしまったんです。一通り文献を読んでいよいよ調査に入るという段階の発表で、教授や他のゼミ生からの指摘に反論できなくて…。先生方からはいつも「ほんの少しでもいいから、日本語教育界に資する内容」で研究するように言われていました。それなのに、何のためにそのテーマで研究しようとしているのかわからなくなって限界を感じたというか。結局、テーマを変えざるを得ないとわかったときにはすでに6月半ばで、元々1年しかないのに!と、もうどうしていいのかわからない状態でした。

――お話を聞いていると胃が痛くなりそうです…。そこから新しいテーマを探すことになったわけですね?

はい。でも、それまで準備してきたテーマを失って呆然とした状態で、それでも授業には出席し、毎日研究室に行って論文を読み続ける日々でした。新しいテーマは簡単には見つからなくて悶々とする中で、あるとき「私のやりたいことは本の中では見つからない!」と思ったんです。それで、現場に行こうと思って。

――研究室を出て、日本語教育の現場に行こうと。

今の私にとって現場って何だろうと思って、ベトナムのEPAプログラム時代の教え子たちに会って話を聞くことにしました。みんなN3に合格して来日し、日本で4、5年は働いています。それが、会ってみると「先生、日本語がめっちゃ難しいです!国で習った日本語やJLPTの聴解問題とは全く違う!」と言うんです。「何だ、それは。これはもっと詳しく聞かなくちゃ」と思いました。それが転機になったんです。さらに話を聞いて、日本で働く外国人が直面している日本語のコミュニケーションの問題にテーマをシフトすると決まったときにはすでに7月末になっていました。それでも、教え子たちや元同僚の先生方の協力もあってなんとか無事に論文を提出することができました。

――あきらめずに取り組んだ結果ですね。本当にお疲れ様でした。そんなに忙しいと休みの日もなかったんでしょうか。

論文のほかに取らなければいけない単位もあるので、確かにきつかったですね。平日は授業のあるとき以外はだいたい研究室にいました。夜9時ぐらいまで。土曜日も研究に充てていて研究室にいましたが、日曜日は休みの日と決めていました。そうでないと精神的にもたないので。

――これからのビジョン、将来の夢はありますか。

この大学院での一年は「論文を書く意味」がわかった一年でした。例えば、EPAのプログラムでもカリキュラムを作る先生方と現場の教師の考えていることが違うこともあります。もし現場の教師が研究し、それを論文として発表すれば、それによってカリキュラムも何か変わっていくかもしれません。そこに意味があるのではないかと感じました。通常、修士論文は書いたらそれで終わりになってしまうことがほとんどです。でも、教え子や教授、先輩方をはじめとして本当にたくさんの人にお世話になって書いた論文を少しでも世に出そうと思って、学会で発表するための準備を進めています。

――読まれなければ、「日本語教育に資する」こともできませんものね。今後も渡辺さんのパワフルなご活躍に期待しています!

渡辺幸子(わたなべさちこ)

ワーキングホリデーで訪れたカナダで英語教師の資格を取得、帰国後、日本語教師養成講座を修了し、ベトナム、国内の日本語学校、ミャンマーで日本語教師として働く。今年3月に京都外国語大学大学院の修士課程を修了。母校である京都外国語大学を含め、3校の教育機関で日本語を教えている。

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