2022年11月9日の日本経済新聞(日刊)の一面、トップで地域日本語教育について報じられました。報道を通して、外国人労働者が全国で増加している中、日本語を学ぶ機会となる日本語教室が不足している現状が浮き彫りになりました。その地域の日本語教育の現場で、日本語教師はどのような役割を担えるでしょうか。(深江新太郎/NPO多文化共生プロジェクト)
顔の見えない関係性
現在、全国で増加している外国人労働者は、技能実習生です。技能実習生は、2010年時点では11,026人でしたが、2020年時点では約40倍の402,356人となりました。ただ、外国人労働者の増加という現象は、技能実習生以前に一度、起きました。それは1990年以降に起きた南米、主にブラジルから定住者としてのビザを取得した日系人の増加です。中部地方、関東地方を中心に製造業での労働力不足を補うために、南米から日系人を受け入れました。この時に起きた社会課題が、「顔の見えない定住化」(梶田孝道他『顔の見えない定住化』)です。「顔の見えない定住化」とは、雇用された外国人は、企業側の就労の論理が最優先された結果、職場と自宅の往復の日々となり、その地域社会で生活者として住民との関わりを持たない状況を指しています。
そして、この外国人労働者が地域住民との交流がないという状況は、過去のものではありません。2021年に福岡県古賀市が実施した外国人住民向けのアンケート結果において、「あなたは今、住んでいる地域の人と交流がありますか?」という質問に対する技能実習生の回答は、「まったくない・あまりない」が約70%でした。このことは、各地の技能実習生から聞く声です。つまり、労働者として来日した外国人が地域住民と交流を持たない状況は今もあり、それが中部地方、関東地方に限らず、全国に広がっています。
日本の社会は、移住してきた外国人の労働力を抜きに成り立たないのが現状です。冒頭の日本経済新聞の報道は、その問題意識があるがゆえでしょう。だからこそ今、経済活動の論理で受け入れている外国人を一人の人として受け入れ直す取り組みが求められています。地域の日本語教育は、この課題に取り組む分野と言えます。その地域日本語教育というフィールドに立つ一人の実践者として私に見えてきたのは、住民主体の教室と日本語教師の授業の相補的な関係性です。
地域住民が主体となる日本語教室の役割
では、このような状況において、住民が主体となる地域の日本語教室はどのような役割を持つのでしょうか。それが、サードプレイスです。サードプレイスとは、家庭でも、職場、学校でもない居心地のよい地域に開かれた場所(レイ・オルデンバーグ『サードプレイス』)を意味します。
日本語教室とは、日本人住民と外国人住民が対等な関係でゆるくつながり合える地域の開かれた場所で、その活動の一環として、暮らしの日本語を学べる場所と言うことができます。このサードプレイスとしての教室は地域住民だからこそできるものです。
形態としては、日本語教師が教室活動をリードし、地域住民がサポーターとして支援していくものもあります。地方公共団体は、外国籍住民を地域コミュニティの一員として受け入れていくという観点から、サードプレイスとしての日本語教室を施策に位置づけていくことができます。
目標を達成したいというニーズ
住民主体の教室がサードプレイスとして求められると同時に、異なるニーズが、地域の現場にはあります。それは、一定期間にある目標を達成したい、というものです。例えば、日本にいる間にN3レベルの日本語能力を持ちたい、などです。この目標を達成したいというニーズに応えるためには日本語教師の授業が必要となります。
では、この目標達成のための教室は、どのように運営されるのでしょうか。サードプレイスとしての教室は、その地域のコミュニティづくりという点から、地方公共団体の責務ということが明確になります。一方で、この目標達成のための教室は、目標達成させたい人、もしくは目標達成したい人が、その費用を負担する必要が出てきます。
ここで鍵となるのが、技能実習生を雇用している企業です。企業の中には、雇用している外国人の将来を考え、日本にいる間に、一定レベルの日本語能力を身につけさせてあげたいと考えているところもあります。具体的な事例は、福岡県直方市に関する次のコラムをご覧ください。
このように雇用した外国人の将来を大切にすることは、結果として、外国人から選ばれる地域と企業になります。したがって福岡県直方市では、目標を持った教室を開講するために企業が費用負担し、行政が制度づくりを行うという役割分担で企業出資の教室開講を実現しました。
日本語教師の授業の役割
目標達成のための教室を運営するために必要不可欠なのが日本語教師です。先日、ある地方共団体の職員の方から、日本語教師だったら質の高い教育ができるのですか、そもそも質の高い教育とは何ですか、という質問を受けました。私は、質の高い教育とは、評価が可能な良い目標が立てられ、それに向かう効率的な方法があることと返答しました。そして、日本語教師にはこの質の高い教育を求めることができるとも言いました。
目標達成のための教室を開講するためには、まずニーズを反映した目標が評価可能な形で記され、その目標達成のためにどのようなアプローチを踏めばいいか明確にする必要があります。つまり、カリキュラムデザインと授業デザインを地域の日本語教育という観点から行う必要があり、そのためには日本語教師の力が不可欠となります。
地域に、住民主体の教室と日本語教師の授業が共にあることで、外国人を労働力ではなく一人の地域住民として受け入れることができ、その人の将来に向けた自己実現をサポートすることも可能になるのではないかと考えます。
執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)
「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。ほかに福岡県と福岡市が取り組む「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」のアドバイザー、コーディネータ―。文化庁委嘱・地域日本語教育アドバイザーなど。著書に『生活者としての外国人向け 私らしく暮らすための日本語ワークブック』(アルク)がある。
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