検索関連結果

全ての検索結果 (0)
日本語教師のためのコーチング入門 第2回どんなときに使う? 傾聴ってなに?

第1回では、コーチングとティーチングについてお話ししましたが、今回は具体的に学習者と日本語教師を対象に、どのようなときにコーチングを行うと効果的なのかについて、そして、コーチングを行う際の最も基本となる傾聴についてお話しします。(伊藤奈津美/早稲田大学 日本語教育研究センター 准教授)

第一回はこちら https://shop.alc.co.jp/blogs/nj-news/entry/20221030-coaching

日本語教師とコーチング

第1回のコラムでもお話ししましたが、コーチは必ずしもその分野の専門家でなくてもよいとされています。しかし、その分野の専門家がコーチングを行うメリットもあります。たとえば、日本語教師は様々な教材に関する知識があり、適切なリソースにアクセスするすべも持っています。さらに、第2言語習得や教授法など言語教育に関する知識もあります。したがって、学習者がある目標を達成するために必要なことを、学習者の話をよく聴き、相手の同意を得たうえで、提案することができます。また、日本語教師ですから、ティーチングが必要な場合は教えることも可能です。では、具体的にどのような場面でのコーチングが考えられるでしょうか。

学習者を対象として

日本語学校に入学したばかりの学習者や日本語の勉強を始めたばかりの学習者が、やる気に満ち溢れている様子をみなさんも見たことがあると思います。しかしながら母国を出て、新しいことに挑戦し続けるのは容易なことではありません。思っていたより学習が進まない、周囲と自分を比較して日本語が上達しないと思い込み、自己肯定感や自己効力感が低下してしまうこともあります。また、自分にとって適切な学習方法がわからないときもあるでしょう。さらに、目標を見失ってしまった学習者もいるかもしれません。このようなときにコーチングを行うと、自発的な行動を促し、学習者の日本語学習に対するモチベーションを高めることができます。そして、学習者が自らの可能性に気づいたり、自分にとって大切な価値観や目標を見出すことを支援できます。

日本語教師を対象として

ご存じのように日本語教師が関わる日本語学習者は、就労者、留学生、生活者、外国につながる子どもなど、多様な属性を持ち、かつ学習者の出身国や第一言語も様々です。また、例えば一口に就労者と言っても、働く場所や環境によって、学習者の事情は異なるでしょう。このように、日本語教師を取り巻く状況は複雑なうえに、教師自身の就労環境も様々です。日本語教師の待遇向上は常に話題に上りますが、なかなか改善されないのが現状です。こうした状況下では、日本語教師になった当初のワクワク感や夢などを思い返すことは難しくなります。これからどうしたらいいのか、何を学んだらいいのか、自分には日本語教師は向いていないのではないか、など一度は思い悩んだことがあるのではないでしょうか。子どもの日本語教育に関わりたい、介護人材の日本語教育に関わりたいなどの目標がある場合は、コーチングを受けることで、今の状況からその目標にどのようにたどり着くのかを明確にすることができます。どうしたいのかわからない、迷ってしまったという場合も、自身の価値観を見つめ、何をしたいのかを明らかにできます。コーチングを身につければ、日本語教師の育成や成長のためだけでなく、自分自身のためにコーチングを行うことも可能です。自分で自分にコーチングを行うことをセルフコーチングといいます。

このように、コーチングは、学習者や日本語教師を対象に多くの場面で力を発揮します。では、コーチングはどのように行うのでしょうか。次に、コーチングを実施する際の基本姿勢である傾聴について見ていきましょう。

傾聴

コーチの基本的な心得として、ロジャーズの中核三原則*1があります。これは、相手の話を聴く際の態度を表したものです。簡単に言うと、相手を受け入れ、共に感じて理解し、自分を偽ることなく必要なら相手に自分の感情や理解したことを伝えることができるということです。とはいえ、これは簡単なことではありません。私たちは、通常自分の認知の枠組みで物事を見ているからです。認知の枠組みは人によって違うのです。アドラーはこれを「認知の眼鏡」と表現しました。

ピンク色のレンズの眼鏡をかけている人は、世界がピンク色だと勘違いをしている。自分が眼鏡をかけていることに気づいていないのだ。」*2

人は見え方の違う眼鏡をかけていて、同じ事象でも異なる反応を見せたり、異なる感情を抱きます。しかし、違う眼鏡をかけていることには気づかないため、相手に対しよい感情を持たなかったり、理解できなかったりします。悪くすれば、敵対心を持つこともあるでしょう。自分の眼鏡を外すことは、なかなか難しいことですが、まずは「私たちは自分の眼鏡をかけている」、このことに気づくことが第一歩です。

では、このような態度で傾聴をすると、どんな効果が現れるのでしょうか。たとえば、「相手から信頼を得て、ラポールが構築できる」「知っているつもりがなくなる」「相手が本当は何を考えていたかがわかる」「相手が話しているうちに、自分で頭を整理する・何かに気がつく」などが挙げられます。コーチングでは、最終的に目標にたどり着くプロセスにおいて、いつ何をするかはクライアント(たとえば学習者)に決定権があります。ですから、コーチはクライアントの話を傾聴し、クライアントが自分で自分の方向性を決める手助けをするのです。

基本的な傾聴スキル

それでは、基本的な傾聴スキルについて見ていきましょう。

1.「うなずき」と「あいづち」

日本語では特に、話を聴いている合図として、「うなずき」や「あいづち」が使われることはよく知られています。聴き手の意識が話し手に向いていることを示し、話しやすくなります。「あいづち」に関しては、「そうなんですね」「確かに」などの肯定を示すものや、「そうなんですか」「なるほど」のような肯定も否定も表さないフラットなものを使うとよいでしょう。

2.バックトラック

相手が話したことばをそのまま返します。話し手のことばですから、話し手にとっては、聴いてくれているという確認になります。また、無意識に発したことばでも、そのことばが戻ってきたことによって、話し手にとって意味を持つものとなる場合もあります。最も重要なスキルのひとつです。

バックトラックで返すことばは、話し手にとって大切だと思われるキーワードや関心が高いところです。バックトラックに慣れない間は、文末(10字以内)のことばを返すと良いでしょう。

ただし、話し手の言ったことばを言い換えないでください。似ていることばでもそれは話し手の話した意図とずれることがあります。

3.ペーシング

話すスピードや声の大きさや高さ、うなずき、呼吸などを相手に合わせます。非言語コミュニケーションの一種で、安心感や信頼感を生み出します。話すスピードは相手よりややゆっくり目がよいとされています。相手が話に詰まっていても、むやみに声をかけるのではなく、待つことも大切です。

4.ミラーリング

相手の動作に合わせることです。相手より少し小さめがよいとされています。

5.評価しないこと

私たちは認知の眼鏡をかけているということを述べました。どうしても、自分の価値観や固定観念で相手の話を解釈したり、判断したりしがちです。「それは違うんじゃないの?」「それは変だよ」のように、相手の話をすぐに評価し、批判したり否定したりせず、一旦受け止めることが大切です。

6.Iメッセージを出す

聴き手が自分の感情を表明する際は、Iメッセージを使うとよいとされています。Iメッセージは、「私」を主語にして相手にメッセージを伝えることです。たとえば、「私は~思う」「うれしい」、「すごい」などです。

以上が、傾聴スキルの基本になりますが、さらに相手の話を深く掘り下げるために行うアドバンススキル、インタラクティブリスニングも紹介します。

インタラクティブリスニング

インタラクティブリスニングは、相手の話の流れの中で、まだ言語化されていない内面に向かうように聴くことです。

1.話を深める

まだ語られていないことを具体的に聴いていく質問です。

「〇〇っていうのは?」

「もっと詳しく教えて?」

「どうしてそう思ったのですか?」

2.話を広げる

話したことの周囲に意識を向けることによって、そこに新たな発見や内面にかかわる何かに気づくことがあります。

「他には?」

追加することは?」

3.感情を聴く

感情をたずねることで、ある出来事を振り返り、自分にとってどのような意味があったのかに気づくことができます。

「そのとき、どんな気持ちだったのですか?」

「話してみて、どうです?」

基本的な傾聴スキルと、アドバンススキルであるインタラクティブリスニングをご紹介しました。いかがでしたか。コミュニケーションの手段として、すでにいくつかのスキルを身につけているという方もいらっしゃると思いますが、コーチングはこのようなスキルを使って実施します。

まとめ

今回は学習者と日本語教師を対象にコーチングを行うと効果的な場面、コーチングの基本である傾聴、そして傾聴スキルとさらに深く話を聴くためのインタラクティブリスニングをご紹介しました。次回は、具体的なフレームワークを使ったコーチングの手法をご紹介します。

☆本記事には、一般社団法人日本リーダーコーチ協会(https://leadercoach.or.jp)主催「対話型コミュニケーター・コーチ養成講座」で学んだ内容が含まれます。

執筆:伊藤奈津美 博士(日本語学・日本語教育学)

早稲田大学 日本語教育研究センター 准教授。帝京大学教育学部非常勤講師。株式会社日立製作所勤務のあと、日本語教師となり、本務校では留学生対象の日本語科目、非常勤講師としては、日本語教育副専攻科目を担当している。国家資格キャリアコンサルタント。一般社団法人日本リーダーコーチ協会でコーチングを学び、現在大手ゼネコンに勤務する外国籍社員のメンターを務めている。

*1:ロジャーズの中核三原則について、詳しくは第1回の記事の中で説明しています。https://shop.alc.co.jp/blogs/nj-news/entry/20221030-coaching

*2:アルフレッド・アドラー(著)、岸見一郎(訳)(2021)『人生の意味の心理学<新装版>アドラー・セレクション』アルテ

関連記事


「日本語教育の参照枠」から見直そう!ー文型中心と行動中心はどう違う?

「日本語教育の参照枠」から見直そう!ー文型中心と行動中心はどう違う?
皆さんはもう「日本語教育の参照枠」を見たり、聞いたりしたことがあると思います。でも、イマイチピンと来ないな…と思う方も多いのではないでしょうか。「で、何をどうすればいいの?」など、授業のイメージがつかめないといった声をよく耳にします。それもそのはず、「日本語教育の参照枠」は教育または学習についての考え方、そのあり方を述べたもので、カリキュラムや授業の方法を示したものではないのです。そこで、今回のコラムでは「日本語教育の参照枠」を教室での実践につなげてとらえてみようと思います。(亀田美保/大阪YMCA日本語教育センター センター長)

日本語学校へビジターセッションに伺いました!-『できる日本語』の「できる!」の活動例

日本語学校へビジターセッションに伺いました!-『できる日本語』の「できる!」の活動例
7月某日、『できる日本語』の著者陣が勤務する学校でもあるイーストウエスト日本語学校の授業で、日本語話者を招いてインタビューをするビジターセッションが行われました。今回、アルクのメンバーがビジターとして招かれて授業に参加することになったので、その様子を取材してきました。

募集中! 海外日本語教師派遣プログラム

募集中! 海外日本語教師派遣プログラム
コロナ禍も落ち着き、海外と日本の人の行き来が戻ってきました。日本国内の日本語学習者は順調に増加していますが、来日せずとも海外で日本語を学んでいる学習者は約379万人もいます。そのような海外の日本語教育の現場に入って、現地の日本語教育を支援する日本語教師の派遣プログラムをご紹介します。