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『入門・やさしい日本語』-専門性を生かすのは教室の中だけではない。日本語教師が活躍できる多文化共生社会へ

駅、役所、図書館、病院など住民のための施設では、多言語によるサービスや、漢字にフリガナをつけたり、難しい言葉を分かりやすく言い換えたりする「やさしい日本語」での対応が増えてきました。『入門・やさしい日本語』(アスク出版)の著者であり、早くからやさしい日本語の普及に取り組んできた吉開章さんにお話を伺いました。

「やさしい日本語」の社会認知度

日本語教育に関わる方、外国人住民と接する機会の多い方であれば、「やさしい日本語」という言葉はご存知でしょう。元々は阪神淡路大震災の際に、日本語での理解が十分ではない外国人住民が情報弱者になってしまったという反省からスタートしたものです。外国人住民には英語でも中国語でもなく、簡単な言葉でシンプルに表現する「やさしい日本語」が最も伝わりやすいということが分かり、様々な取り組みによって「やさしい日本語」の活動の輪が少しずつ広がってきました。現在では外国人住民が多い地域の役所では、やさしい日本語を使って外国人に対応できる職員がいることも増えてきました。

それでは、一般の日本人に「やさしい日本語」はどの程度認知されているのでしょうか。「東京都多文化共生ポータルサイト」では令和4年3月に東京都に住む16歳以上の2300名に対して行われたウェブアンケートの結果が掲載されています。それによると、やさしい日本語について、「よく知っている」と答えた人は4.0%、「ある程度知っている」人が20.2%で、「あまり知らないが、見たこと・聞いたことがある」という人を含めても、36.8%にとどまり、6割以上の人が「全く知らない」と答えたそうです。アンケートをする地域や方法によっても結果に違いがあるかもしれませんが、「やさしい日本語」の一般への認知度はまだまだ高いとは言えないようです。

日本語教師とやさしい日本語の関わり

日々外国人に接する日本語教師であれば、やさしい日本語の存在は知っていて、関心を持っている人も少なくないと思われます。しかし、現状ではやさしい日本語が必要とされる地域社会、地域のボランティア日本語教室などで、必ずしも資格を持った日本語教師や日本語教育の専門知識を持つ人が活躍しているとは限らないようです。日本語教師の国家資格化の動きが見えてきた現在、日本語教育とやさしい日本語は今後どのように関わっていくべきなのでしょうか。「やさしい日本語」の普及を目的に早くから様々なネットワークを作って活動を展開してきた吉開さんに伺いました。

-2020年に出版された吉開さんのご著書『入門・やさしい日本語』(アスク出版)では、日本語を母語としない方と話すための「やさしい日本語」の基本中の基本である「ハサミの法則」が紹介されていますね。

はい、この「っきり言う、いごまで言う、じかく言う」という3つの原則なしに、いくら細かい言い換えをしても日本語が母語でない方にはなかなか伝わりません。2019年に政府が外国人受け入れの方向に舵を切ってから、地方自治体の意識は変わってきました。特にコロナ禍で、全員にワクチン接種、そのための情報提供をしなければならないという状況の中で、多言語対応とやさしい日本語の必要性はすでに認識されています。

www.youtube.com

-日本語教師とやさしい日本語の関わりはどうでしょう。「やさしい日本語」は地域のボランティア教室で使われるもの、自分たちの仕事とは少し違うものという意識があるように感じられるのですが。

特に私が「やさしい日本語」に取り組み始めた頃はそうでしたね。「やさしい日本語」を使おうとすると、「学習者に教える範囲を狭めてしまう」とか「外国人が学ぶ日本語はこの程度でいいということなのか」という批判を受けました。

-やさしい日本語の普及とともにその意識を変えていく必要があると、感じられたということですね。

日本語教師の仕事を教室という枠の中だけ、つまりお金を払って学校に日本語の授業を受けに来る人だけを対象にするものだととらえてしまうと、インターネット上で独学をしているような学習者は「日本語教師の仕事の相手ではない」ということになります。しかし、日本語教師が狭い世界にいるのは非常にもったいないことだと思います。元々私が日本語教育能力検定試験に合格した後、FacebookでThe日本語Learning Communityを作ったのは、知識を持った日本語教師とインターネット上で日本語を学びたいという人をつなぎたいという思いがあったからです。

教室の外へ、日本語教師の活躍の場を広げる

-それは、日本語教師の活躍の場を広げていくことにつながりますね。

そういうことです。現在日本語を学習するのは日本語学校や専門学校、大学で学ぶ人たちだけではありません。その気になれば今やインターネットで何でも学べる。趣味で日本語を勉強して、日本に旅行したい、日本を見てみたいという人がたくさんいます。そうやって日本語を勉強して来日した人たちがいざ日本語で話そうとすると、英語で返事をされたり、あるいはどうやって話したらいいかわからないからと逃げられてしまったりします。そうした日本人、日本社会の現状を変えるために必要なのが、やさしい日本語です。そして、やさしい日本語を社会に浸透させていくためのリーダーとなれるのは、やはり専門的な知識を備えた日本語教師なんです。

-実際、日本語学校の初級クラスで、日本語教師が使う日本語は「やさしい日本語」とかなり近いものがありますね。

外国人とのコミュニケーションの取り方を一番よく知っているのは日本語教師です。日本語教師というのはひとつの職業であるので、自己投資をして一通りの知識と教える技術を得ることは当然だと私は考えます。私自身もアルクの通信講座を受講し、日本語教育能力検定試験に合格して、日本語教師としての専門知識を身に付けました。その日本語教師の専門性はもっとこれからの社会に貢献できるはずです。先日入管庁で「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」5年計画が発表されました。この中で特に注目されているのが「公認日本語教師の創設」です。日本語教育の推進によって多文化共生社会を作るという、私が思い描いていたビジョンがようやくスタート地点に立ったと思います。

-専門性が認められるということは、長年の課題でもある日本語教師の待遇問題の改善にもつながるでしょうか。

なかなか簡単に変えられることではないと思いますが、私は今回の入管庁のロードマップが大きなステップになると考えています。地方自治体、役所などで働く職員の方にはやさしい日本語の必要性はかなり認識されました。次のステップでは企業の雇用者、人事担当者の意識の変化が最も重要となってくると思います。外国人社員を雇用するに当たって、多言語対応、あるいはやさしい日本語を使うことを前提とした職場づくりはこれからの多文化共生社会には欠かせないものですし、私自身もそこに注力していきたいと考えています。

日本語教師の専門性が役立つ社会を

-やさしい日本語の使用を踏まえた職場を作るとなると、必要とされるのが日本語教育の専門的知識ということですね。

その通りです。それが認められれば、大学で日本語教育を専攻、副専攻することが就職に有利になってきます。法学部で学ぶ学生が全て判事や弁護士になるわけではなく、企業でその専門性であるリーガルマインドを生かす人もたくさんいます。同じように、日本語教育専攻がイコール多文化共生の即戦力となり、外国人社員が増えてきた企業でその専門性を発揮できる人材であると認識されることが就職の機会を作ることにつながってきます。そのキーワードとなるのが「やさしい日本語」です。

今後は特にどのような活動に力を入れていきたいですか。

現在は若い世代に日本語教育、やさしい日本語に興味を持ってもらうために、大学生、時には高校生向けに講演を行っています。日本語教育のことを知っていると将来の役に立つ、多文化共生社会ってかっこいいというイメージを持ってもらうための活動です。もう一つはろう者の方とやさしい日本語の関わりです。実はやさしい日本語というのは、外国人だけの問題ではありません。ろう者の方と接する機会があり、「ろう者は日本語母語話者ではない」と知って衝撃を受けました。その経験をもとに『ろうと手話』(筑摩書房)を執筆したのですが、やさしい日本語は外国人だけでなく、ろう者や様々なハンディキャップを持つ人たちとのコミュニケーションにも有効であり、そうした相手への思いやりを持ったコミュニケーションの原点を広めていくのが私の役目だと考えています。

-理想的な多文化共生社会の実現にはまだ長い時間がかかりそうですね。

『入門・やさしい日本語』のコンセプトに共感してくれた先生たちを対象に「『入門・やさしい日本語』認定講師」という講座をやっています。すでに3回実施して、全国188名の方に参加していただきました。現在今年10月に開校する第4回プレエントリーを開始しています。私自身は現在大学生向けの講演を中心に活動していますが、そうした仲間たちに全国で活躍してもらい、さらにネットワークを広げていくつもりです。やさしい日本語の問題は言葉、言語学の問題だけではなく、態度、思いやりの問題です。その思いを胸に次のステージに進みたいと思います。

-長い時間をかけて作ってきたネットワークが形になり、新たに動き出そうとしているのを感じます。現役の日本語教師がやさしい日本語、多文化共生に関心を持ち、参加していくということも重要になっていきますね。

<吉開章(よしかいあきら)プロフィール>

40代に入ってから日本語教育の世界に魅了され、2010年日本語教育能力検定試験に合格。ボランティア教室での活動に取り組む中で2015年頃から「やさしい日本語」に関心を持ち、その普及とネットワークづくりに力を尽くしている。

電通ダイバーシティ・ラボ やさしい日本語プロデューサー

やさしい日本語ツーリズム研究会 代表

柳川観光大使

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