今回の「日本語教師プロファイル」ではポーランドの首都ワルシャワで日本語を教えている堂野絢子さんをご紹介します。堂野さんは現在、日本語教師の仕事をしながら、ポーランドに避難してきたウクライナの方々に必要な物資を届けるボランティア活動をしています。その活動の状況や活動をするに至った思い、そして日本語教師を目指した理由などについてお話を伺いました。(このインタビューは2022年4月26日にZOOMを使って行われました。)
ワルシャワでのボランティア活動
――まず、ウクライナの方々へのボランティア活動ですが、具体的にどのようなことをされているのでしょうか。
はい、現在は日本の支援者の方々が送ってくれた寄付金を使って、必要な物資、例えば女性の生理用品や子どものミルク、下着などを買い、避難所や物資を集めるポイントに届けるという活動をしています。もともとは戦争が始まった直後にワルシャワ市内でウクライナ国境に届ける物資の募集があり、2月26日に個人で買って持って行ったんです。それを自分のFacebookにあげたところ、日本の友人から寄付をしたいという申し出があって、それ以降はその寄付金を使って、物資を届けています。
――それは、どこかの組織に属してということではなく、堂野さん個人でされているんですよね。
はい、そうです。ただ、現在は金額が大きくなってきたこともあり、日本での受け取り窓口だけは滋賀県にあるNPO法人のCASNさんにお願いしています。
――そのような活動をしようと思ったのはどうしてでしょうか。
一番初めのきっかけは、戦争が自分事に感じられたということです。ここからウクライナのキーウまでの距離*1って日本国内を移動するぐらいの感覚なんです。そこで戦争が起こっちゃったと思うと、すごく怖かったです。それで自分にできることをしたいと思いました。その後、友人、知人からお金を送るから物を届けてほしいという申し出がありました。ポーランドに困っている人(ウクライナ避難者)がいて、日本に助けたい人がいる。それをつなぐのはここに住んでいる私しかできないんじゃないかと思いこの活動をしようと決めました。両者の間に立って、日本の皆さんの思いを届けつつ、ウクライナの方々を助けられるのであれば意義のある活動だと思って頑張っています。
他にもポーランド在住の日本人の方で、自宅に避難者を受け入れたり、日本渡航のためのビザ申請を手伝ったりされている方もいて、できることを何かやらないと!という人が多いのです。
――この活動で気を付けていることはどんなことでしょうか。
初めは物資をインターネットで箱買いして届けようと思っていたんですが、実は必要な物って極端に言えば1時間ごとに変わるんです。靴下が必要!ということで靴下を買おうとしたら、もうそれは足りていて、今はカバンが必要。というように。なので、せっかくの支援が無駄にならないよう、必要な物の情報を事前に集めて、それを薬局やスーパーに買い出しに行き、避難所に届けなければいけないんです。
――きめこまかい支援が必要ということですね。
自分のスキルで、外国の人と触れ合い、海外でも働ける仕事
――堂野さんが日本語教師を目指したきっかけについて教えて頂けますか。
大学で国際関係学を学んだ後、訪日旅行関係のベンチャー企業に就職し、博多にあるホテルのマネージャーをやっていました。大学時代に国際交流基金でインターンシップをしていたことや、ホテルの従業員がみんな外国人だったこともあり、日本語を勉強している外国人と接する機会は多かったです。でも、ホテルの仕事をしていた時、過労で動けなくなってしまい1年間休職したんです。その間に、会社がなくなっても自分のスキルで働ける仕事、外国の方と触れ合うのが好きなので、それができる仕事、そして海外でも働ける仕事って考えた時、この三つを実践できるのは日本語教師だって気づいたんです。それで日本語教師養成講座に通い、日本語教育能力検定試験にも合格しました。
――養成講座の後、すぐにポーランドへ?
はい、養成講座を修了した日にポーランドの日本語学校の内定をもらい、その日のうちに渡航を決めました。
――ポーランドの日本語学校はどうやって探したんですか。
実はTwitterなんです。私は小学生の頃からホロコーストに関心を持っていて、ポーランドのアウシュビッツに行ってみたいと思っていました。人種で迫害され殺されるというのが全く理解できず、そういったことは絶対に起こしてはいけないと感じていました。たまたま日本人で唯一アウシュビッツのガイドをされている方の記事を読んだので、Twitterでシェアしたんです。そうしたら、そのツイートを見た方(全然知らない方です)が、今日、ポーランドの日本語学校でこんな求人が出ていたよと教えてくださって、それで情報を知ったというわけです。
――ずいぶんイマドキの探し方ですね(笑い)。不安はありませんでしたか。
オンラインでの面接の中でちゃんと先方の先生方とコミュニケーションが取れたので、あまり不安はありませんでした。オンラインで模擬授業もしましたし。それより、海外に行きたい気持ちが強く、最後のチャンスかもしれないと思って飛び込んでみようと思いました。
ワルシャワの日本語学校で日本語を教える
――働いている日本語学校について教えてください。
ワルシャワでは民間の日本語学校で教えています。生徒数は250人ほどで教師は全員日本人です。市内に日本語学校が10校ぐらいありますね。ポーランドはヨーロッパの中では日本語学習熱が高いと聞いています。生徒さんは10歳から60歳ぐらい。学習目的は日本に旅行したいとか、日本語を使って仕事をしたい等で、意外と漫画、アニメが好きという人は少ないです。それより面白かったのは、日本語はエキゾチックな言語だから勉強してみたいという人がいることです。授業はグループレッスンで、私は主に初級を担当しています。テキストは国際交流基金の「まるごと」を使っています。
――日本で教えた経験がなく、いきなり海外で教えるというのは大変ではありませんでしたか。
大変でした(笑い)。ただ、この学校は研修のシステムがちゃんとしていて、先輩の先生からアドバイスや授業のフィードバックが受けられるので助かっています。いつも建設的なフィードバックをしていただき、納得して取り組めています。また同世代の同期の先生もいて相談することもできます。
――ポーランドの生活はいかがですか。
私は気に入っています。あ、冬、天気がずっと悪くて、暗く、寒いということ以外は。今は4月ですが、日中以外はコート無しでは辛いです。
言葉の面では、ポーランドは英語も通じるのですが、私はポーランド語ができないので、やはり細かいことは伝えられず自分でできないことも多いです。先日もiPhoneが壊れたんですが、ポーランド語ができる日本人の方に手伝ってもらいました。今、ポーランド語を勉強中なんですが、なかなか進まず…。
将来はいろいろな国で働いてみたい
――これから日本語教師としてやっていきたいことはありますか。
自分の中でもっとちゃんと知識をつけたいです。今、日本語教師として2年目ですが、まだまだ足りないなぁと思います。生徒さんに教えていて、初めて知ることも多く、まずそこをしっかりやらないと、と思っています。
そして将来的には、いろんな国で働いてみたいです。日本語教師という仕事をしながら2年、3年ごとに世界を転々とできたら楽しいだろうなぁと思っています。
――これから海外で日本語を教えたいと思っている人にアドバイスがあればお願いします。
就職先はしっかりと調べたほうがいいと思います。私が今教えている学校は待遇面でも問題なく、よかったのですが、そうでない学校、「やりがい搾取」のような学校もあると聞きます。例えば現地にいる方にSNSで聞いてみるなどするといいかもしれません。
それから語学ができるに越したことはないなぁと思います。もし好きな国があって、そこで教えてみたいと思っているなら、日本にいる間にその言語を勉強しておくといいと思います。
取材を終えて
堂野さんのお話を伺って感じたのはSNSの力でした。ポーランドでウクライナの方々への支援が広がったのもSNSを通してだったそうです。堂野さんの現在の活動もご自身のFacebookの投稿が元になっていますし、私が堂野さんにインタビューできたのも、以前この「日本語教師プロファイル」でご紹介したあひるせんせーのFacebookの投稿からでした。一人一人の力は小さくてもSNSでつながることにより、大きな力になるのではないか、そんなことを感じさせてくれたインタビューでした。それにしても就職先もSNSで見つける時代なのですね。
堂野絢子さんのSNS:https://www.facebook.com/ayako.dono.5
(寄付のお申し出等は、こちらに直接コンタクトを取ってください。)
取材・執筆:仲山淳子
流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。6年前よりフリーランス教師として活動。
関連記事
2024年 11月 14日
今後の日本語教育を見据えたカリキュラムのつくり方②ーコースフレームワークとモジュールボックス
今後の日本語教育を見据えたカリキュラムのつくり方②ーコースフレームワークとモジュールボックス
2024年 11月 14日
今後の日本語教育を見据えたカリキュラムのつくり方①-「日本語教育の参照枠」を手がかりに
今後の日本語教育を見据えたカリキュラムのつくり方①-「日本語教育の参照枠」を手がかりに
2024年 10月 31日
日本語教師プロファイル田中くみさんー自分の強みを活かして自分に合った働き方を
日本語教師プロファイル田中くみさんー自分の強みを活かして自分に合った働き方を
2024年 10月 27日
ベトナムにルーツを持つ子どもたちが気づかせてくれたこと―多様な言語・文化的背景を持つ子どもたちとともに学ぶ、これからの学校(2)
日本語も日本文化もわからないまま、家庭の事情等で来日し、日本の学校に通う子どもたち。その学習にはさまざまな支援が必要です。子どもたちの気持ちに寄り添い、試行錯誤を続ける近藤美佳さんの記事、後編です。
2024年 10月 15日