日本語教師養成講座を修了し、日本語教育能力検定試験にも合格して、いよいよ先生として学習者に向かうことになったけれど、現場はまだまだわからないことばかり。そんな新人日本語教師の皆さんの心の支えとなってきた『日本語の教え方ABC』が3月29日に改訂版となって発売されます!執筆者のお一人である三上京子先生にお話を伺いました。
大学で教えたい!海外に行きたい!目標を実現し続けた日本語教師のキャリア
-まずは、先生がどのような日本語教育のキャリアを歩んでいらっしゃったのか、ということからお聞きしたいのですが。
国際基督教大学の日本語学科を卒業後、大学の恩師にお声がけいただいて、朝日カルチャーセンターの日本語科で教えることになったのがスタートです。それからはいくつかの日本語学校を掛け持ちで教えていたんですが、やっぱりどうしても大学で、そして海外でも教えたいと思っていたところ、早稲田大学日本語研究科に修士課程ができると聞いて思い切って受験しました。だから、第一期生なんですよ。川口義一先生のゼミに入って、オノマトペの研究をしたらそれがとてもおもしろくなってきて、そのまま2年後にできた博士課程に入りました。博士課程は日本語教師として働きながらだったので、4年かかかりました。最後の一年は川口先生から「あちこちで教えていたら論文書けないよ」と言われて、一校だけ残してあとはやめ、博士論文に集中しました。
それから、国際交流基金の日本語専門家として単身で海外に出ることになりました。日本語教育でも伝統のあるチェコのカレル大学に派遣されて3年教えて、帰ってきて3年は日本にいたんですが、もう一度海外に出たいと思って、今度はインドネシア教育大学に行きました。それが終わって、家族には「もう海外には行かないよね?」と言われたんですが、やっぱりどうしても英語圏に行きたいと思い、「これが最後」だと言ってまた専門家に応募して、ニュージーランドへの派遣が決まりました。帰国したのは2020年2月で、コロナが広まる直前のタイミングでした。
『日本語の教え方ABC』が果たした役割
-日本に戻られたのは最近のことなんですね。お一人でいろいろな国に飛び込んでいかれて、本当に活動的ですね。では、旧版の『日本語の教え方 ABC』をアルクの「月刊日本語」で連載されていたのは日本にいらっしゃる頃のことでしょうか。
朝日カルチャーセンターで教えていた頃です。「文型別教え方のコツ」を「月刊日本語」で連載しませんかというお話をいただいて、和栗先生、寺田先生、山形先生、私の4人で毎月順番に担当して、2年間連載しました。それをまとめて出版したのが『日本語の教え方ABC』で、1998年のことです。ですから、もう20年以上前のことになるんですね。
-その頃『ABC』の反響はいかがでしたか。
書店の方に伺ったお話では、当時「日本語の教え方」を書いた本は『ABC』ともう一冊しかなかったそうなんです。『みんなの日本語』のように特定の教科書についての教え方の本はあっても、いろいろな教科書に対応できる「日本語の教え方」の本はなかったと。しかも、ちょうどその時期は専門の日本語教育を勉強していない人でも、知り合いの人や地域の日本語教室で日本語を教えるということが増えてきていて、まさに日本語の教え方の本が求められている時期でした。そういう意味で『ABC』は日本語教育の裾野を広げるのに貢献した本だということ言っていただきました。
その後もずっと売れ続けていたそうで、今でも店頭で平積みされていると伺って私も驚いたくらいです。必要なことがコンパクトに書かれているというのがよかったんじゃないかと思っています。実は、今回の改訂版で新しくデジタル教材やオンライン授業について加筆をしてくださった三好裕子先生も、新人の頃は『ABC』を読んでくださっていたそうです。教え方のコツとかアイディアを提供してくれて、学習者を巻き込んでいくクラス活動がとても新鮮で、駆け出しのころは『ABC』のアイディアを時々使っていたと教えてくださいました。
-新人の頃に『ABC』の読者だった三好先生が今度は『改訂版 ABC』の執筆に参加されることになるなんて、歴史を感じますね。現在までの累計で約55,000冊売れたということです。
海外でも『ABC』を書かれた先生なんですね、と言われることがありましたが、寺田先生や山形先生も同じような経験をされているそうです。おかげさまで、ずっと増刷を重ねることになって、この10年ぐらいは増刷のご連絡をいただくたびに「え?本当に?」って思っていました。そんなに古い本がまだ売れているってことが信じられないって感じですね。今回この改訂のお話をいただいて、本当にありがたく思っています。
時代に合わせてリニューアル『改訂版 日本語の教え方ABC』
-今回の改訂で一番大きく変えられたのはどのあたりでしょうか。
SNSの普及に伴い、日本語教育もデジタル化したということで、三好先生にデジタル教材やオンライン授業について加筆をお願いしました。その点が大きな変化ですね。
それから、今では使われていない「ウォークマン」「カセットテープ」といった言葉や、古い感じのするイラストを変えました。掃除機なども今ではずっとコンパクトになっていますよね。あとは「手紙を書きます」という表現とか、公園の電話ボックスとか、とにかく今の時代に合わないものを修正しましたね。私は活動例の「レストランで隣の人が煙草を吸って困ります」という設定、これだけは真っ先に変えたいと思いました。また、社会的な意識も変わってきたので、差別につながるような言葉、ジェンダーに関わる表現とか「背が高い、低い」というような容姿を描写する言葉にも気を使いましたね。文法面での記述も見直して、さらにわかりやすく正確な記述を心がけました。
それから、授業で使うタスクや活動のシートをまとめた巻末教材も時代に合わせてダウンロード版に変えました。こちらもイラストを新しくしましたし、いくつかの活動はまったく新しく作り直しました。14課では「て形」や、後々ほかの活用形も練習できるような活動も提案したいということで「動詞すごろく」を作りました。
-授業で時間が余ったときにさっとできる活動のアイディアがあると、現場の先生方は助かりますよね。教え方の面では、先生が日本で教えていらっしゃった頃と、今の先生たちで変化を感じますか。
日本語教育のデジタル化というようなことはありますが、やり取りで教えるという基本的な方法はそれほど変わっていないように思います。直接法というと少し古いように思われるかもしれませんが、多国籍の学生が集まる国内の日本語学校などではこれからも用いられていくものだと思います。学習者との日本語でのやり取りそのものが、そのまま自然なコミュニケーションになっていきますよね。それも『ABC』が受け入れられた一つの理由かなと思います。
『ABC』は教科書ではないので、最初から最後まですべてを使っていただくというものではなくて、必要な部分だけを見てヒントを得てもらうというものだと思います。「この教え方は使えるな」とか「この例文いいな」とか、取捨選択して、使えるところがあれば使っていただければうれしいですね。
これからの日本語教師への思い
-新しい先生方、読者の方に先生方からメッセージをお願いいたします。
他の先生方からもメッセージを預かってきました。まず、現在タイの大学で教えていらっしゃる三好先生です。「熱心に日本語に取り組んでいる学習者に教えて思うのは、日本語の文法・語彙をきちんと教えられる教師が求められているということです。ただ「日本語ではこう言います」ではなく、なぜそうなのかを説明できる教師になってほしいです。それから、教科書を教えるだけの教師になってほしくないと思います。教えようとする項目が学習者にとってどのように役に立つのかを考えて、それを伝えることができればと、私自身はいつも思っています。」
寺田先生「はじめて教える人は、ともすれば教案第一で、それをこなすことを目標にしがちですが、とにかく学習者の反応をよく見て、何が必要なのかがその場で臨機応変に判断できる教師になってほしいです。誠意をもって仕事に取り組む姿勢は学習者に必ず伝わるので、自信を持って教えてください。」
山形先生も同じことをおっしゃっています。「目の前の学習者が、何がわかったか、わからなかったか、何を求めているのかが見える力をつけた教師になってほしいです。先入観を持たずに学習者に接することが大事です。」
私は、教師として、カリキュラムや進度、教える内容や方法などを考えるのはもちろん大事ですが、何より学習者との信頼関係を築くことが大切だと思います。それができなければどんな素晴らしい教案も教材も意味がありませんよね。
日本語教育に限らずどんなことでもそうですが、一生勉強は続くものという心構えが大切です。Teaching is Learning と言われるように、教える中で自分も学び、成長していってください。また、経験を積んでベテランと言われるようになっても、謙虚でいられる先生になってほしいと思います。
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