地域日本語教育コーディネーターという仕事をご存知ですか。たとえば最近では、福岡市、兵庫県、愛知県において、地域日本語教育コーディネータ―の募集が行われました。これまで日本語学校などで働いていた日本語教師にも、地域の日本語教育に携わる機会が生まれつつあります。ただ、日本語教師が地域の現場で活動する場合、学習者や教室の目的の違いから戸惑うこともあるようです。日本語教師がその能力を生かしながら、日本語教室の運営に関わるためにはどのような知識が必要でしょうか。今回のコラムでは、日本語学校と日本語教室の役割の違いに着目しながら、日本語教師がどのような視点を持つと地域日本語教育コーディネーターへの道につながるのか考えたいと思います。(深江新太郎:多文化共生プロジェクト)
地域日本語教育コーディネーターとは?
文化庁が2019年3月に公表した「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)改定版」(以下、「在り方」)のp.20では、地域日本語教育コーディネータ―が、「生活者としての外国人」に対する日本語教育に携わり、「行政や地域の関係機関等との連携の下、日本語教育プログラムの編成及び実践に携わる者」と説明されています。
地域の日本語教室には、外国籍住民、日本人住民、行政、企業など、多様な人たちが関わります。地域日本語教育コーディネータ―は、このような多様な関係者間の橋渡しをし、意見の調整を行いながら、その地域の課題解決につながる日本語教育プログラムを企画し、実行する人です。ここで言う日本語教育プログラムとは、教室活動の目的を考えた上でその活動内容を考え、どのような教材を用いて実践するのかについての計画を意味します。地域日本語教育コーディネータ―は、日本語教師のように日本語の授業を行うことが役割ではなく、その地域で暮らす外国籍住民と日本人住民のために関係機関と連携を行いながら日本語教育プログラムをつくり、実践する人と言えます。
地域日本語教育コーディネータ―に求められる知識とは?
では、その地域日本語教育コーディネータ―にはどのような知識が求められるのでしょうか。「在り方」を手がかりに考えてみましょう。「在り方」のp.32には、地域日本語教育コーディネータ―に求められる6項目の知識が記述されています。その中で本コラムが着目するのは、「地方公共団体や所属機関の方針、地域のニーズを把握し、適切な日本語教育プログラムをデザインするために必要な知識を持っている」です。日本語教師が地域日本語教育コーディネーターとなるときの強みは、日本語教育に関する専門的な知見を持っているため、日本語教育プログラムの作成が行えることです。ただ作成する日本語教育プログラムが学校を前提としたものとならないように留意する必要があります。地域の教室は学校ではないため、日本語学校における経験を基に日本語教育プログラムを作成すると、地域の教室が本来持つべき役割を損なう結果にもつながります。したがって、地域日本語教育コーディネータ―として、日本語教育プログラムを作成していくためには、まず学校とは異なる地域の教室の役割を知る必要があります。
地域の日本語教室の役割とは?
日本語学校などで行われる日本語教育は、学校型日本語教育と呼ばれます。学校型日本語教育は、日本語を教える教師と日本語を学ぶ学習者によって構成され、教師から学習者への言語知識の伝授が中心となっています。例えば日本語学校の場合、在学中に日本語能力試験のN2やN1取得をめざす留学生が多いため、日本語教師は合格に必要な語彙や文法を教えます。
一方で、日本語教室はどうでしょうか。日本語教室における日本語教育を地域型日本語教育と呼ぶこともありますが、日本語教室については教育内容以前に、まずその場所の持つ意味合いが大切です。日本語教室は、外国籍住民と日本人住民が同じ地域住民として、関わりを持とうとする端緒の場です。その日本語教室は、外国籍住民、日本人住民の双方にとり、安心でき、満足感を得られるところであり、自分を分かってくれる人がいるという仲間意識が持てるところです。また日本語教室は、決して外国籍住民のためだけでなく、日本人住民にとっても生きがいを持てる場にもなります。
学校型日本語教育に親しんでいると、どうしても日本語教室での授業をどうするかということに視点が傾きがちになります。確かに、教室活動を考えることは日本語教育プログラムを作成する上で重要なポイントです。しかし、教室活動の内容以前に、外国籍住民と日本人住民が関わりを持つ場としてある日本語教室の意味合いを考えなければ、日本語教室に合った教室活動を考えることはできません。このことを明確に考えるために、私は地域の日本語教室を「サードプレイス」としてとらえることを提案しています。「サードプレイス」は、レイ・オルデンバーグが提唱した概念で、家庭でも、職場、学校でもない居心地のよい第3の場を意味します。ヨーロッパのカフェのように、開放的で、身分や属性を問わず、対等な関係性で会話を楽しむ場所です。学校ではない地域の開かれた場所、という意味を持つサードプレイスとして日本語教室をとらえることで、地域の日本語教室を学校と区別して考えやすくなります。
日本語教師が地域日本語教育コーディネーターとして活動する強みは、専門家として日本語教育プログラムの作成が行えることです。その際、地域の日本語教室がどのような役割を持っているか考えることで、日本語教室に合ったプログラムを作成することができます。
次回は、日本語教師が地域日本語教育コーディネーターとして教室活動をデザインするときの留意点について考えます。
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