検索関連結果

全ての検索結果 (0)
日本語教師プロファイル荻野雅由さん―自分の幸せと、日本語を教える理由を問い続けること

今回の日本語教師プロファイルは、ニュージーランド・カンタベリー大学のマサさんこと、荻野雅由さんです。荻野さんは2018年にカンタベリー大学Outstanding Teaching Practice Awardを受賞され、2019年にはニュージーランドの大学教員のトップ10の一人にも選ばれていらっしゃいます。現在は「Well-being ことばの教育」のパイオニアとして、人とのつながりの中に幸せを埋め込んだことばの教育を目指し、主に日本語教育における教育実践と理論構築を探求中とのこと。ZOOMを通した1時間ほどのインタビューで、私たちの生き方のヒントとなるようなお話をたくさん伺うことができました。

ニュージーランドに移住、高校で日本語を教える。

――ニュージーランドにいらっしゃったきっかけは何でしょうか。

元々公立高校の英語教員をしていたのですが、1994年REXプログラム(外国教育施設日本語指導教員派遣事業)の派遣教師に選ばれてニュージーランドに行くことになりました。東京外国語大学留学生日本語センターでの4か月の事前集中研修を経て、ニュージーランドの中等学校に赴任しました。研修で学んだ知識や実践を活かして教えようとしたのですが、特にクラスマネジメントの部分でうまくいきませんでした。私が日本で教えていた高校は進学校で、受験のための一方通行的な授業でしたが、そのようなスタイルではニュージーランドの生徒たちはまったくついてきてくれなかったんです。それで授業中に声を荒げるようなこともあったほどです。

――今の荻野さんからは想像もできませんね。

日本語に全く関心のない生徒もいる中で、9年生300人に必修科目として教えるという状況は教えることについて再考する機会になりました。日本でいえば中学2年生くらいの生徒たちは、学ぶ意欲のところから刺激を与えないと学んでくれないことを痛感し、クラスマネジメントについても双方向性や学習者主体といったところに視点が移っていきました。

――その後、どのような経緯で移住されることになったのでしょうか。

REXプログラムを終えて元の高校に戻り、こちらで学んだことを日本の教育現場に還元しようしました。しかし、気がついてみると派遣される前と同じように教えていたのです。経験を活かすことができていませんでした。生徒の進路実現という目標を考えると仕方がない面もありますが、そこでまた本当の語学教育とは何か、自分が何をしたいのかということについて考え、移住を決意しました。家族との時間を大切にするこちらのライフスタイルが気に入っていたことも理由の一つです。1999年の3月に高校を退職し、4月半ばにはニュージーランドに渡りました。その時、実は仕事のあてはなかったので、今考えるとリスクの高いことをしたなと思いますが、それでもなんとかなるんじゃないかという雰囲気を感じさせてくれる国でした。そののち、運よく日本語教師の職を得て、ハミルトン女子高校で教えることになりました。

地震後、「つながりと越境」をテーマに

――現在はカンタベリー大学で教えていらっしゃいますね。

はい、高校で日本語を教えながら、応用言語学の博士課程でアウトプットとフィードバックの関係についての研究を続け、2009年に博士号を取りました。2011年からクライストチャーチのカンタベリー大学で教え始めるのですが、2月22日にカンタベリー地震が起きました。その影響で大学の留学生も減り、日本語プログラムの履修者が減ってしまいました。「何かしなければ」と危機感を持ち、トムソン木下千尋先生(オーストラリア、ニューサウスウェールズ大学)の教育観と実践がヒントとなって、「つながりと越境」を中心としたプログラムを考えていくことになりました。これまでの枠組みを超え、コースワークの中、コースと別のコースの間、高校生と大学生の間、などに「つながり」を持ち込みました。

その実践の一つとして、「ダンスビデオプロジェクト」*1があります。1年に一度カンタベリー地方の高校生400人がカンタベリー大学に集まって一緒に学ぶ1日ワークショップを行っていますが、その中にこのプロジェクトは組み込まれています。日本語を学ぶ人達が、高校生も大学生も教師も、年齢や、日本語ができる・できないに関わらず一つになれるプロジェクトです。こちらの高校では学校間の交流が少ないので、このイベントによって生徒だけでなく先生たちもつながることができます。さらに、このイベントが刺激となって、カンタベリー大学のフランス語コースやスペイン語コースでも同様のプロジェクトを行うことになりました。日本語プログラムが何かをすることによって他の言語プログラムを牽引していけることを体感しました。

――他にどのようなつながりを作る活動をされているのでしょうか。

ZOOMを使って日本語を教える先生たちをつなぐオンラインワールドカフェ*2実施し、2017年には12か国から48人の方が、2018年には15か国から60人の方が参加しました。ZOOMが今ほど普及する前なので画期的だったのではないかと思います。2017年は神吉宇一さん(武蔵野大学)、2018年は佐藤慎司さん(プリンストン大学)に基調講演をお願いしました。

f:id:takuwakun:20220124165514j:plain

すべてのものの基礎にあるWell-beingという視座

――Well-beingという考えに至ったのは、どのようなことがあったのでしょうか。

先に述べたようなプロジェクトを実施したり、ワールドカフェを企画したりしながら、つながりから生まれるものは何かを常に考えていました。つながりから生まれるものは、更なるつながりであったり、エンパワメントであったりします。この1、2年つながりを生み出すイベントをいくつか行い、実はそこに参加してくれる生徒たち、先生たちの笑顔が素晴らしいことに気づいたんです。笑顔を僕がもらっていたんだと。するとつながりから自分自身が生み出したいものは何かという視点の転換が起きました。生み出したいものは「幸せ」です。その観点からことばの教育を考えていくことはできないかと考えるようになりました。学習者が求めているものは、知識や理解もあるでしょうが、コミュニケーションの先にある「幸せ」なのではないかと。それでことばを学ぶ中に「幸せ」を埋め込んだ語学教育を模索していきたいというのが現在の考えです。

――Well-beingという言葉についてもう少し教えて頂けますでしょうか。

Well-beingというのは、一時的な感情ではなく、「持続的な幸せ」です。僕にとっては、いま、ここにある「いのち」を感じていられることが幸せであり、ネガティブな感情も含め、心が整い、満たされた状態です。SDGsの後の目標たるものであり、2021年はWell-being元年とも言われています。

現在、日本語教育とWell-beingの接点を生み出す活動として「『ウェルビーイング対話』ことばの教育」をテーマに、対話を通してWell-beingを育むワークショップを行ったり、日本語教師を対象としたWell-beingダイアログカードを使ったオンライン対話会を行ったりしています。日本語教育以外の場面でも音声SNSのクラブハウスでWell-beingをテーマとした番組を毎週開催しています。

まず自分のWell-beingを大切に。そして何をしたいのか問い続けて

――これから日本語教師になりたい人や経験の浅い人に伝えたいことはなんでしょうか。

これは日本語教育に出会った当初の自分に伝えたいことでもあるのですが、まず自分のWell-beingを大切にすること。次に日本語教師を通して何をしたいのかを問い続けることです。

自分のWell-beingを大切にするというのはどういうことかというと、幸せや笑顔はうつってくように、自分が幸せな状態で学習者に向き合っていれば、相手にも伝わっていきます。教師の役割が教える人からファシリテーターやコジェネレーター*3に変化している現在、この人と一緒に学びたいと思われる教師が求められると思います。その根底にあるものがWell-beingだと考えています。

次に日本語教師を通して何をしたいのか。すぐに答えが出なくても問い続ける姿勢が大切だと思います。僕もここまで来るのに20年かかりました。悩みや困難は必ず成長につながります。ただ、その時々で、どうも自分と合わないと思ったら一旦辞めてみるのも一つの方法です。もしも日本語教育が本当にその人にとってやりたいものであったとしたら、その時が来たら何かのサインによって、また戻ってくることになるのだと思います。

最後に現在の僕が大切にしていることをお伝えします。

まず「人生における3つの真実」、それは「人は必ず死ぬ」「いつ死ぬかわからない」そして「人生は一度きり」ということ。

もう一つは「人生で巡り合う人すべてに深いご縁がある」ということです。偶然と必然という言葉は対立する概念のように思われるかもしれませんが、そうではなく時制が違うのです。偶然は実は未来からやってくる必然の物語なのだと考えています。ですから今あるすべてのご縁に感謝し、大切にしていきたいと思っています。

取材を終えて

荻野さんは「偶然と必然」の例として二つのエピソードを教えてくださいました。一つは17年前に高校で教えていたヨルダンの女子学生の話。ヨルダンに帰国後、まったく連絡を取っておらず消息がわからなかったのに、2021年に行われたオンラインスピーチコンテストで荻野先生のことを話し、それを審査員として聞いていた国際交流基金の方から連絡をもらって、その学生と連絡を取ることができたとのこと。高校で教えてくれた先生のことを覚え、ずっと日本語の学習を続けていたということも素晴らしいし、ニュージーランドとヨルダンでつながることができたのも奇跡のようなお話ですが、これも必然だったのでしょう。もう一つはニュージーランドのスピーチコンテストで、日本語の先生に教えてもらったアンジェラ・アキさんの歌を心の支えとして日本語学習を頑張っていたというスピーチをした学生の話。荻野さんがそのことをアンジェラ・アキさん本人に伝えたところ、アンジェラさんから学生と荻野さんに直接メッセージが来たそうです。その学生のスピーチが今度はアンジェラさんの心の支えになったということでした。

このインタビューでは私の方が逆に荻野さんからいくつか質問を受けました。なぜ荻野さんを選んだのか、このインタビューで一番伝えたいことは何か。そして「幸せとは何か」についての私自身の考えも。インタビューというより対話のような時間で、自分自身のWell-beingについて考える機会ともなりました。

取材・執筆:仲山淳子

流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。

*1:日本語を学んでいる高校生と大学生400人が参加したダンスビデオプロジェクト

*2:世界の日本語教師が参加したオンラインワールドカフェ

2018  15カ国から60人 基調講演:佐藤慎司氏 http://www.acras.jp/?p=7797

2017 12カ国から48人 基調講演:神吉宇一氏 http://www.acras.jp/?p=6987

・YouTube チャンネル ことばに関わる人の「人生における転機・心の支え・幸せ」

https://www.youtube.com/channel/UCHxnKuHPtqrx-xzo7H_Bp0g

*3:co-generator:生徒・学生たちとともに創造的活動に取り組む一人のメンバーとなり、共に参加する存在としての教師。

関連記事


「日本語教育機関認定法 よくある質問集(令和6年4月18日公開版)」を読む

「日本語教育機関認定法 よくある質問集(令和6年4月18日公開版)」を読む
「日本語教育機関認定法 よくある質問集」は、文化庁によって日本語教育の所管が行われていた時から改定が重ねられてきたものです。今回の改定版によりQA233にも及ぶ、大変充実した「質問集」になりました。この「質問集」の中から、新しく更新された情報を中心にピックアップしてみます。

日本語教師プロファイル京谷麻矢さん―言語マイノリティのサポートを目指して

日本語教師プロファイル京谷麻矢さん―言語マイノリティのサポートを目指して
今回の「日本語教師プロファイル」では京都府にお住いの京谷麻矢さんをご紹介します。京谷さんは現在、大学で留学生に日本語を教える傍ら、中途失聴や難聴の方のための要約筆記者の仕事、そして会話パートナーとして失語症者のサポートをされています。日本語教育での歩みとともに、要約筆記をするに至った経緯や、現在の活動、更には今後の展望までお話を伺いました。

登録日本語教員や日本語教員試験に関するご質問にお答えします 第2回:勉強法について

登録日本語教員や日本語教員試験に関するご質問にお答えします 第2回:勉強法について
 先日、編集部から「登録日本語教員や日本語教員試験に関する質問」を募集したところ、皆様から非常にたくさんのご質問が寄せられました。ここで皆様から寄せられたご質問について、これまで公表されている各種資料を基に、個人的な見解を可能な範囲でお答えしたいと思います。文化庁等には確認をしておりませんのでご注意ください。実際にはケースバイケースの可能性もあると思われますので、あくまで参考意見の一つとして聞いていただければと存じます。

教科書について考えてみませんか-第5回 漢字学習も「できること」重視!

教科書について考えてみませんか-第5回 漢字学習も「できること」重視!
2011年4月から『月刊日本語』(アルク)で「教科書について考えてみませんか」という連載を掲載してから10年。2021年10月に「日本語教育の参照枠」が出て以来、現場では、コミュニケーションを重視した実践への関心が高まり、さまざまな現場で使用教科書の見直しが始まっています。「参照枠」を見ると、言語教育観に関して、「学習者を社会的存在として捉える/「できること」に注目する/多様な日本語使用を尊重する」という3つの柱が掲げられています。これは、2011年4月から『月刊日本語』で連載した中で述べていることに重なります。